第10話 結婚

「お料理は和洋中、どんなリクエストにも応えられるようにしてきました……! お掃除も好きだから、家事全般なんでも任せてください……! 何かの時に役に立つかもしれないので、DIYの知識も一通りあります。そっ、それから、あ! 虫が出た時もがんばってどうにかします! 蜘蛛はちょっと苦手だけど…でも湊人くんを守るためなら、戦えます……っ。メンタルケアと、リンパマッサージと、護身術と、栄養学と、漢方養生と、キャンドルマイスターは通信講座で習得済みです! 他にも必要なものがあったら、しっかり学ぶので!! ……だから……、お願いです……。湊人くん……どうか私と結婚してください……!」

「…………………………とりあえず」

「は、はいっ!」

「…………キャンドルマイスターってなに?」


 いけない。

 あまりのことに思考がついていかず、つい妙なところに食いついてしまった。

 聞くべきことはもっと他にあるだろう、俺。

 しっかりしてくれ……。


「キャンドルマイスターはいいとして、ちょっと待って……。えっ、け、結婚……?」


 問い返した声が情けなく裏返る。


「俺と花江さんが……?」

「うん……」


 くそ。

 恥じらうように俯く仕草が可愛すぎて、全部どうでもいいから「よろしくお願いしますっ」と言って手を差し出したくなる。

 可愛さという無敵の武器を持っている花江りこが、だんだん恐ろしくなってきた。


 とりあえず咳払いをして、なんとか冷静さを取り戻そうと努力する。

 あんまり上手くいかないな……。


「結婚ってどこから出てきたの?」

「新山くんの家に居候させてもらえないかと思って」

「うん、そこまではわかる」

「一緒に住まわせてもらうなら結婚しないと……!」

「うん、そこから理解できない」


 俺が首を傾げて腕を組むと、それを拒絶の現れだと受け取ったのか、花江りこは追いすがるように俺の服の裾をキュッと掴んできた。


「ま、待って。順番を追って説明するから……っ。つ、つまり、障壁として立ちはだかるのが私の父なの。私が結婚したいってことは関係なくて、あ、ち、違う……! 今のは失敗だから、聞き流してね……!? それで、ええっと、父を突破するためには、結婚一択なの……っ」


 よし、困った。


 全く順番を追えていないどころか、さっきより余計ややこしくなっている。

 花江りこは多分、慌てると混乱する癖があるのだろう。

 昇降口で俺がふらついた時も、取り乱して膝枕をしようとしたくらいだし……。


「花江さん、ちゃんと聞くから落ち着いて。いちから話せる?」


 できるだけ彼女の気持ちが鎮まるように、穏やかな口調で諭すと、花江りこは真面目な顔でコクコクと頷いた。


「まず深呼吸しようか」

「は、はいっ。すうーはぁー。すうーはぁー」

「よし。それで、どうして一緒に住むには結婚しないとならないの?」

「それはえっと、うちの父が昔から事あるごとに『同棲は無責任だ!』って言ってるから、絶対許可してもらえないと思ったの」

「……同棲に反対するほど固い人なら、学生結婚なんてもっと無理なんじゃない……?」

「説得するのが簡単なわけじゃないけど、うちの父が好きな言葉は『本気』と『責任』なんだ……」


 俺は彼女のわかりやすい説明から、花江りこの父親の人間像を察して引きつり笑いを返すことしかできなかった。

 恐らく俺とは真逆のタイプの熱血漢なのだろう。


 想像しただけで、ぶるっと寒気がした。

 娘はこんなにおっとりしてるのにな…….。


 ……って、それよりまず最初に突っ込むべきポイントが今あったよな……?


「同棲っておかしくない? 同居だよね?」


 男女とはいえ恋愛関係にない間柄なら一緒に住んだとしてもそれはあくまで同居であって、同棲ではない。

 俺がそのことを指摘すると、花江りこは指先をもじもじとすり合わせた。


「たしかに今の時点では同居になると思うけど……同居が途中から同棲になることもありえるでしょう? そうなっちゃった瞬間、一緒に暮らせなくなっちゃうってことで……それは……やだな……」


 今なんて言った、花江りこ!?

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