今日の気分で書き散らし。
なごみ游
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第17話 篝火の先、彼方。
辺りは暗闇である。
鼻を抓まれてもわからぬような闇である。
深い深い闇の底を歩いているのは、おそらく自分というものである。
おそらく、としか言えない。
なぜなら「自分」というものほど曖昧模糊として訳のわからないものは他にないからだ。いつも手探りで「自分」を探してはみるものの、それはまるで食べたこともない異国の料理を人から感覚だけを聞かされるように、或いは、何重にも手袋をはめたままで触ったものを言い当てるかのように、これだと腑に落ちることもなく不安を常に秘めたまま、結局何ひとつ理解もできず謎が深まるばかりなのである。
なぜそう思うのか、なぜそう感じたのか、五感の大元になっている「何か」を探ろうとする度にそれらはサっと霧の奥へと隠れ、薄ぼんやりしたものへと変わってしまう。
深く暗い夜の底を、何の明かりも携えず歩き続けているような。
思えばずっと、そんな何とも言えない諦めと不安を抱えたままで生きていたように思う。明確なものはひとつだけ。
私が真に望むものは、決して手に入らないのだ―――という、ただそれだけが世界の真理として深く深く刻まれていた。
闇は、夜明け前が最も濃く深い。
夜更けよりも濃い闇の中で、歩くことを放棄して、ただぼんやりとしていた。
この夜がいつ明けるのかを知る術が、明かりひとつ持たない私にはないからだ。ただ闇が続く夜の底に居るのだと、それだけがはっきりしている。だから、おそらく、途方に暮れていたのだろう。
自分探しは辛い。
思い出すだけで激しく拒絶し、誰にも話せない、話すことができない自分のトラウマを直視し、解きほぐし、もつれ絡まりきった無数の糸をひとつずつ丁寧に外していくような、そんな苦行を自分ひとりでできる訳がない。
鳴り響く鐘の音がすべてを終わらせてくれれば良いと、どこかでそんな風に感じていたのかもしれない。
すべての世界を拒み、独り、暗くて昏い夜の底でぼんやりと何かの時を待って居たのかもしれない。
誰かが世界を終わらせてくれるのか、あるいは誰かがここから救いだしてくれるのか、そのどちらかを。
そうして見上げた夜空に、ひとつキラキラと輝く星があった。
まるで吸い寄せられるように星を追いかけ、歩いた先に、小さく揺れる篝火が見えた。波打ち際に置かれた篝火に近寄ると、仄かに暖かかった。パチパチと火のはぜる音が耳に心地よく、夜の底を柔らかに照らす篝火に守られて、そうして初めて自分の体が随分と冷え切っていることに気が付いた。
手も足も冷たく凍っていた。そのことに自分で気付けぬ程に疲弊していた。
暖かく安全な篝火の傍で過ごすうち、体温が戻り、負った傷は癒えた。この暖かな場所をどうしても失いたくないのだと願い、火が消えかける度に神に祈るようにして縋った。
僅かに残った篝火で充分に暖を取り、消えかけて小さくなった火の欠片をそっとランプに仕舞い込む。
そうして、弱弱しく明滅を繰り返すそれを、とても大事に抱えて立ち上がった。
辺りは暗闇である。
鼻を抓まれてもわからぬような闇である。
深い深い闇の底に立って、小さなランプを腰から下げた私は「さてどっちへ歩いていこうか?」と周囲を見渡した。
先など見えず、あちこち寄り道をして歩くことになるのだろう。まっすぐに伸びた一本道は見つからなくても、横に逸れたり、引き返したり、迷子になったりしながら探索するのも楽しいものだと、そう思う。
そうやって自由気ままに歩いていても、辺りは暗くて昏い夜の底、腰から下げた小さなランプはきっと遠くからでも目立つだろう。私がどこで何をしていても、見つけようと思えば、いつでも見つけることができるに違いない。
どんなに遠くからでも。
どんな暗闇の中でも。
この篝火が見えるのは、私と、それを置いた一人だけ。
決して交わることのない道を歩くとしても、この火が彼方まで二人を繋ぐ。
それは、この世界に刻まれた新たなる真理。
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