第7話 魔導竜にはカツ丼を②
マリーのことを考えてフォークも持ってきていたのは正解だった。ちなみにフォークやお箸などは、目覚めると枕元に戻っているのもまた不思議だが……それはまた後で調べるとしよう。
竜はカツをもぐりと口に放り込むと、だんっだんっと尻尾で地面を叩き、そして「んんんーーっ!!」と悶えだす。
「あ、よければお水もどうぞ。味は問題ありませんか?」
「ふ、ふむ、悪くは無い。及第点といったところだ。……時に、このような馳走を、人はみな食べておるのか?」
「あ、いいえ。僕の手作りですし、味つけも普通は出回っていないと思います」
まあ日本で作っている料理だから、普及しているわけが無い。
そう伝えると、綺麗な形をした眉をしょんぼりと落とし、「ふう、人里を支配してやろうかと思ったが……」などと物騒なことを口走る。
あ、危ないな! うっかり人里を滅ぼしかねないところだったよ、僕!
がつっ! ぐあつっ! ふぐっふぐっ……!
などという美女とはかけ離れた食事風景に、僕とマリーはぽかんと見てしまう。
「気に入ってくれたのかしら? でもカズヒホの料理は美味しいから、きっと堪らないでしょうね。それで、さっきは何を竜人と相談していたのかしら?」
「うん、お礼に鱗をくれるって。マリーが欲しがっていたから良いかなって」
その一言で、ぎょっとマリーは目を見開き「お弁当一つで
「……すごい価値よ。そうね、魔術師が出せる限りの価値と言ったほうが良いでしょうね。魔力量の上限そのものを高めることができるし、相手は伝説級(レジェンド)の魔導竜よ。たとえ鱗一枚であろうとも、きっと払える額の上限まで高騰するわ」
「う、うん、そう言われてもぜんぜん分からないね」
ふわっとした金額を言われても、人里に興味がない僕にとっては理解が難しい。せっかくのファンタジー世界なのだし、人に気を使わずに遊んで回りたい、などと考えていたツケが今にしてやってきたか。
――からんっ!
妙に悲しい音に気がついて顔を向けると、竜人が空っぽのお弁当箱を見て泣きそうな顔をしていた。ああ、この竜は人型になると表情が分かりやす過ぎるな。見ているだけでこちらまで悲しくなってしまう。
「なくなってしもうた……」
「あ、もう一つならありますが」
ぎゅんっと美女はこちらを向き、そして勢いよく手を伸ばす。そして何かに気がついたのか、片眉を上げると近くに落ちていた石をひょいと手づかみにした。
「ああ、もちろん対価は支払おう。この石などではどうじゃ? 人というのはこれが好きらしいのだが価値がまったく分からぬ」
「ええと、マリー。この石と交換しても大丈夫?」
残りのお弁当はマリーの物の予定だったので、彼女の意見を聞かなくては。
竜人から受け取った青い石を見せてやると、マリーは興味深そうに覗きこんできた。
「なにかしら、この青い石……変色している? ううん、何かが染みこんで凝固しているの? カズヒホ、これが何か聞いてくれるかしら?」
「うん――あの、この石は何ですか?」
「わしの血が染み込んだ石である。ほれ、卵を産んだだろう。そのときに傷がつき、石に染み込んだのだ」
はあ、竜の血は青いのかー、などと感心してしまう。
固まった血とカツ丼、どちらが価値があるのかまるで分からない。なのでやはりマリーに尋ねてみると、今度は無表情になりビシリと固まった。
「え、あれ、マリー? どうしたの?」
「…………て」
「はい?」
「お、お弁当と、その石を替えてあげて。早く……」
あれ、マリーさん? 目が少し光っていて怖いですよ?
こくっこくっと僕は頷き、そして竜人へと了承の旨を伝えると、ぱああーと輝くような笑みを返された。
「うむっ、うむっ! やはりおぬしらは人として見どころがあるのう! 交渉成立であるな!」
お弁当を受け取ると、竜人は恋人からのプレゼントを受け取ったように豊満な胸へと抱き、ぶちゅっと口付けていた。
その後にはやはり「がふっ! がつっ! ぐあつっ!」という男勝りな食し方であり、外見とのギャップが激しい。
竜の食事光景って初めてみるけど迫力あるなー、などとぼんやりしていると、ぶつぶつとマリーの声が響いてきた。
「竜……、竜の血……、お弁当と交換で竜の血……」
呆然とした顔で、受け取ったばかりの石を見つめている様子だった。
ああ、うん、こっちはこっちで妙な迫力があるな、などと僕は思ったものだ。
§
「人の子らよ、また来るが良い。そして今度はオベントウを3つ……いや、4つ持って来るのだ」
閉ざされていた鉄格子を開け放ち、魔導竜はそのようなことを言ってきた。知性を感じさせる瞳と言動がまるで合っていないのは気にしないでおこう。うん。
そういうわけで竜との邂逅はつつがなく終わったのだが、遺跡からの帰り道、どこかマリーの足はフラフラとして危なっかしい。
「どうしたの、お腹が空いたの? ほら、心配だから手を握っていて」
「うん、ありがとう……」
普通に手をぎゅっと握られて、まるで恋人同士みたいだなと嬉しい気持ちにさせられる。
向こうでは僕が見下ろす形だけど、こちらではほぼ同じ背丈なのが少し残念かなぁ、などとのんびり考えているとマリーはボソボソと話し始める。
「竜の血ってね、万病に効くと言われているの。貰った鱗もそうだけど、あまりに価値がありすぎて困っているわ」
「そ、そうなんだ……。じゃあ売ってしまうか病気の人に分けてあげればいいかもね」
ううん、とマリーは首を振る。
「……そこが問題なの。どちらも高値には間違いないけれど、どうしても出所を聞かれてしまうわ。それほど貴重なものだから、黙っていることは無理よ」
「ああ、なるほど。そうしたら魔道竜の寝床が知られてしまうのか」
こくりとマリーは頷いた。
確か魔道竜が現れるのは千年に一度だと言っていた。ならばチャンスは今しか無い、と力がある者たちは襲いかかるかもしれない。
「ああ、そうか、そういうことか。ようやく分かったよ、この遺跡が滅んだ理由が」
「……?」
彼女の知性を刺激したのか、きらりと光るような瞳がこちらを向いた。
「千年に一度、魔導竜は産卵を行う。きっとそのとき、この遺跡の人たちは手を出したんだ」
「住民は滅び、竜の巣となった……ということね。本当ならゾッとする話だけど、あなたの話を聞いていると本当のことのように思えてしまうわ」
僕の言葉に何かを得たのか、マリーはやっといつもの表情を取り戻し、そして手に持っていた鱗と竜の血をどうするか決めたらしい。なぜか僕のカバンをめくり、ゴソゴソとしまい出す様子に不思議な思いをしてしまう。
「だったら決まっているわ。このアイテムのことを考えるのは、魔道竜が巣立ったあと。それに持ち主がカズヒホのほうが絶対に安全よ」
「ええ、失くしちゃったらどうしよう……」
くすくすとマリーは笑い、そして腕に抱きついてきた。ただし、現代日本の頃よりも胸の位置はずっと上にあるものだ。
「そのときはその時。大丈夫、私は怒ったりなんてしないもの。いつか酒場でこう言うの。『俺たちは魔導竜と出会ったぜ』ってね」
「うーん、実際はカツ丼を食べる姿を見ただけなのに……。まあ、少なくとも子供たちには自慢できそうだね」
にっこりとした彼女の笑みはその一言で凍りつき、ぼっと頬は赤く染まりゆく。マリーがどうしてそんな反応をしたのか結局僕にはわからなかったが、ただとても魅力的な表情だとは思う。
腕を組んだまま外へ出ると、もう陽が傾きかけているころだ。そして二人のお腹は「ぐう」と元気な音を立て、今日はまだ何も食べていないことに気づかされる。
「ではシスルにでも行きましょう。あそこはね、味の薄さには定評があるの。いくら食べてもお腹が一杯にならないくらい」
「ああ、たまにはそれくらいが良いかもね。そうだ、夜の宿はどうしようか。僕は日本に帰るからどこでも良いけど、マリーは困るだろう?」
町に向けて歩きつつ、彼女の顔を覗き込む。
「ええ、私も気にしないわ。だって、あなたの国に私も行くもの。そして最初に約束した通り、言語を教えてもらうのよ。ただし日本語の、ね」
ええっ、などと驚きの顔を浮かべつつも、やっぱりなと思うところもある。
何故だろうか、これからずっと彼女と一緒にいる気がするのだ。
例えばそう、仕事から家に帰ると可愛いエルフがお弁当を作って待っている。そして一緒に異世界へと遊びに行く、という光景はどうだろう。
にまにまと笑みを浮かべてしまい、不思議そうな顔をするマリーから質問責めにされながら、僕らはシスルの町へとひた歩く。
ただもちろん、僕らの旅はここからが本番なんだけどね。
―― エルフの章 END ――
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