日本へようこそエルフさん。(WEB版)
まきしま鈴木@アニメ化決定
エルフの章
第1話 こんにちは、エルフさん
ちゅん、ちゅんっ……。
窓の外からはスズメの鳴き声がひびいていた。
いつものように快適な目覚めであり、僕はのんびりとした朝のひとときを楽しんで……などいない。
どっく、どっく、と心臓は激しく鳴り、とめどなく汗を流しているところだ。
――どういうことだ……いったい何があった……!?
一人用にしてはやや広いベッドの中、僕のすぐ隣には少女がいた。
この時点でもう心臓バクバクなのだが、くうくうと気持ちよさそうな寝息を響かせる彼女からは長い耳が生えている。
まつげは長く、布団からはさらりと光沢のある銀髪。そして視線を下ろすと何も身に着けていない素肌があり、思わず喉を鳴らすほどに肩、そして胸元は魅力的である。
わずかなふくらみから女の子特有の甘い香りが漂い、胸のバクバクをさらに高めてしまう。
と、昨夜のことをじっくりと思い返している中、エルフの娘は瞳を開かせた。
ゆっくりと開かれるその瞳は、まるで花が咲く瞬間を見るようだ。薄紫の品ある色彩はあざやかで、つい吸い込まれそうになる。
昨夜、いったい何があったのだろう。
ゆっくりと僕の思考は
そう、あのとき僕は…………。
§
人には不思議なところが一つはある。
クラスで一番の大食いだったり、算数は満点でも国語が駄目だったり、はたまた不細工なのに異性からモテたり……などなど。そのような不思議なことが僕にもたった一つだけある。
僕の趣味といえば、やはり中世などの幻想的な世界を夢見ることだ。
子供のころからそのような世界が好きで、剣や盾で戦い合うのを想像し、胸を高鳴らせていたものだ。図書館で借りた本を、何度も何度も擦り切れるまで読み続けたこともある。
――あ、僕の趣味ではなく、不思議なことについての説明だったね。
そのような趣味が高じてか、毎回のように夢を見るのだ。剣と魔法の世界だったり、はたまた戦争の真っ最中だったり、巨大な迷宮へと足を踏み入れたりもする。
そのせいで子供のころから眠るのを毎回楽しみにしており、今年で25になった今でもそれは変わりない。
残念なのはリアル過ぎたことだろうか。
とにかく弱い。弱すぎた。夢の世界で僕はとことん雑魚であり、スライムっぽい奴には何度溶かされたか分からない。
言葉も分からない現地人には毎度のように身包みを剥がされたものだ。だがそれもリアルなゲームのようだと楽しめていた。
夢であれば怪我をしても平気だし、巨大なドラゴンに特攻しても「ああ、面白い夢だった」と目覚めるのだ。山のような存在へと特攻するなんて、現代では味わえるはずも無いからね。
さきほど言ったように僕はもう25だ。真面目に働いているし、趣味は「夢を見ること」なので出費は極端に少ない。だから多少は睡眠時間が長くても許されている。
この生活も小学生のころから続いているから相当な累計時間になっているだろう。
いつものように枕元にはペットボトルを置き、そして冷めても美味しいお弁当を一つ。別に儀式という訳ではないが、こうしておくと後で……っと、実際に始めたほうが早いか。
時計を見れば夜の7時。目覚めるのは朝の7時。同年代と比べると、恐ろしく長い睡眠時間をしているだろう。
だが大人はこれでも許される。自分ひとりの面倒を見れれば、後はもう五月蝿く言われない。素晴らしく楽な世界だ。
「じゃあ、おやすみなさい」
ぺこりと頭を下げ、そうして僕は布団へと潜り込む。
ぐう、といびきをかき、いつものように、いつもの異なる世界へと僕は足を踏み入れる。
§
ぴちち、ぴちちちっ。
ぱちぱち瞳を瞬かせると、すぐ目の前に小鳥がいた。
こいつはそれほど人を怖がらないナズルという鳥で、好奇心が非常に強い。名前の由来は、近くにある遺跡の名から来ている。春になればこのように外へと餌を求めてやってくるが、冬には遺跡の中へこもって過ごす鳥だ。
「ふああー……、んーよく寝た。って向こうでは寝たばかりなんだけどさ」
胸ポケットにあるパンくずを差し出すと、鳥は「きゅい」とお礼のように一声鳴き、クチバシに挟んで持ち去ってゆく。
あくびを噛み殺し、辺りを見回すと日はまだ昇り始めたばかりで、マントは夜露に濡れていた。
どうやら見晴らしのよい草原の、数本の木が群生しているところを寝床に選んだらしい。遠くには川が流れ、飲み水にも苦労しなそうだ。
「ええと、あったあった。水筒があれば十分なんだけど、甘いジュースも飲みたくなるんだ」
枕にしていたカバンの隣へ、一本のペットボトルとお弁当が置かれている。
これが先ほど寝る前に用意したもので、不思議なことに食すと腹はふくれるし、目覚めれば空っぽになっている。とはいえこの世界で食料調達するのは面倒なので助かるよ。
というかね、どこの料理も基本的に不味いんだ。僕の味覚が違うのかとも思ったが、実際は調味料などが足りておらず、ズボラな人が多いせいだった。
さて、それらをカバンへと放り込むと欠伸混じりに川へと向かい、そして顔を洗う。春を迎えたばかりの水はやはり冷たく、頭の芯から眠気は綺麗に吹き飛んでくれる。
さて、水面に映る僕の顔は、現実の世界とはまるで異なる年齢をしている。つるりとした若々しい肌、そして眠そうな瞳を……ああ、もちろん目は覚めているんだけど、この眠そうな顔つきは僕の特徴なんだ。
ええと、外見だけ見ると小学生よりも少し上ってところかな。
「こっちも多少は年を取っているけれど、夢の世界は成長が遅いや。まあいいか。ええと、ここはナズルナズル遺跡のそばだね」
目覚めるときは場所が大きく変わっていたりもするのだが、今回は昨日からの続きらしい。
少々頭を悩ませるのは、せっかくなので遺跡に行くべきか、あるいは違うところへ遊びに行くか、ということだ。
腕輪を撫でると、ぶんと青白くステータス画面が浮かび上がる。そこにはレベル72と書かれており、このあたりの推奨レベルを大きく上回っていることが分かる。
20年以上遊んでいる世界なのだから、レベルの上がりが早いか遅いかというとかなり微妙だろう。真面目にレベル上げをする時期もあれば、釣りなどを1週間かけてすることもある。なのでそういった遊びスキルも無駄に高くなっている。
ああそうそう、弱くて弱くて仕方のない僕だったけど、真面目にコツコツやっていたおかげでそれなりのレベルにまで成長しているのだ。
まあ、倒すべき魔王などの敵はいないので、まったりと遊んでいるだけなんだけどね。レベルが上がれば行けるところも増えるので、新しい遊び場を得るために頑張っている所も大きい。
「……うん?」
顔を洗っているそのとき、誰かの視線を感じた。
敵から不意打ちされないよう鍛えた直感スキルのおかげで気づけたが、今回は別に襲われるわけでは無いようだ。
ひょこりと木陰から少女が身を現し、そしてだいぶ長い耳を揺らして近づいてくる。
「あらおはよう、カズヒホ。相変わらずこんな原始的な野宿をしているのね。あなたのほうこそエルフみたいに思えるわ」
「うん、おはようマリー。今日も良い天気で助かるよ。たまに豪雨の中で目覚めると、すごく疲れるからね。精神的に」
理解が出来ないわ、とマリーは小首を傾げてきた。
彼女はエルフという種族で、本名はマリアーベル、通称マリーという子で……といっても百歳以上だから僕よりもずっと年上らしい。
そして何故か僕の名前は「カズヒホ」だ。
どうして最後の一文字を間違えてしまったのだろうと、子供のころの僕を恨むしかない。本名は、北瀬
「珍しいね、マリーがここまで来るなんて。良かったらそこの遺跡にでも遊びに行く?」
「えっ、う、うーん、そうまで言うならついて行こうかしら。勘違いされては困るけど、私もそう暇では無いのよ? ただ……」
そう何かを言いかけ、僕のカバンをちらっと見る。小さなカバンなので、お弁当が入っていることは丸分かりだろう。彼女は食というものに敏感らしく、分けてあげて以来こうして期待されることが増えてきた。
とはいえ彼女はエルフの森からなかなか離れないので、滅多に会うことは無い。思えば小学生の頃から顔を合わせている人なので、この世界では一番の友達かもしれない。まあ、もちろんずっと年上なんだけどね。
「あ、それがマリーの杖なの? すごいね、見せて見せて」
「ふふん、いいわよ。これは本体にヒイラギを使っていてね、見て頂戴、ユニコーンのたてがみを使っているのよ」
「へえ、それは凄いね。マリーはエルフなのに魔法まで使えて凄いなぁ。じゃあ歩きながら見せてもらおうか」
にっこりとマリーは笑う。
彼女と最初会ったとき、僕は殺された。人間嫌いで有名な彼女は、出会ってすぐに杖を振り、そして粉みじんにされたのだ。今思うととんでもない殺人鬼だけど、この数年でようやく落ち着いてくれたよ。
「誤解しないで頂戴。あれはね、あなたがすぐに復活してくるから、お化けか何かだとずっと思っていたの。なのに毎回ニコニコ話しかけてくるから、怖くて眠れなかったほどよ」
「ええー、どっちにしろ殺人じゃない。それにニコニコとはしていないと思うけど……。ただマリーは美人だから、会うと嬉しい気になるかな」
良く言われるわ、と涼しげに髪をかきあげてマリーはおすまし顔をする。その表情は「もっと言いなさいよ」と思っているらしく、ちらちらとこちらを見てくる。
僕の身体はまだ子供だが、現実は大人なので可愛い子をエスコートするのも苦ではない。むしろ見ているだけで幸せになれるほど整っている目鼻立ちなので、生意気な姿もご褒美にあたる。
髪はさらりとした綿毛色をしており、白髪と呼ぶには光沢がありすぎる。絹のような髪と言えば良いのだろうか。
瞳は薄い紫色で、アメシストのようだからまさしく「宝石のよう」という表現がぴったりだと思わせる。背丈こそさほど変わらないものの、長く生きているおかげか知性に関して僕は足元にも及ばない。
川沿いを進んでゆくと、すぐに遺跡は現れた。
ナズルナズル遺跡の入口には苔むした岩が並んでおり、ぽっかりと洞窟じみた穴が開いている。歴史としては相当長く、確か千年前に滅びた地下都市だという噂だ。その原因が何だったかはいまだ謎に包まれている。
「では行こうか、マリー」
「ええカズヒホ、今日もよろしくね」
洞穴へと乗り上げて、それから華奢な手を引いて持ち上げる。
ナズルの鳥のように軽く、そのせいで勢い余って胸の中へ飛び込んでしまうと、彼女の真ん丸で大きな瞳がアップになる。
「……もう、その眠そうな目はどうにかならないのかしら?」
「これはね、生まれつきなんだ。僕にはどうにも出来ないよ」
くすりと彼女は微笑むと、ヒイラギの杖を振るう。
その杖から生まれた光の精霊は、僕と彼女の周囲を漂って辺りの光景をぼんやりと照らし出す。
準備も整ったらしく、こくりとマリーが頷いたのを見てナズルナズル遺跡の探索は始まった。
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