第82話 ココロの強制

 エピメテウスは魔人グレイオールドの成り代わりでは無かった。


 でも、何かしらある。

 こうしてその圧倒的な暴の力で僕らに対抗している以上。


 それは何だと考えたんだ。


 そして出た結論は、彼は魔人に忠誠心を持つことを強制されている。

 このことだった。


 だったらワンチャン、これでしょ。


 変身の魔法を使い、グレイオールドに化ける。


 これならきっと通じる。


 変身魔法は僕の得意魔法。

 僕なら出来る。

 1回遭遇しただけのあの卑しい魔人に変身することが。


 あの、銀の長髪の逞しい姿、そんな見目が良いだけの野獣の男に。


 忠誠心の強制。

 ……僕のそんなエピメテウスへの予想。

 そこに確信はあった。


 グレイオールドのような寄生虫に、ここの盗賊ギルドの重鎮になるレベルの人間が忠誠を誓うわけが無いんだ。

 そんなことをまともに強制されれば、おそらく自ら死を選ぶはず。


 なのに忠誠を誓っているのであれば、それは魔法的な理由以外あり得ない。


 いくら悪人でもね、持つべき誇りや通すべき仁義があるんだよ。

 そういうものが無い奴が、この規模の組織で上には行けない。


 少なくとも、このドレワールの盗賊ギルドはそうだ。


「マギ……?」


 モロスが変身した僕を見て、戸惑ってる。

 まあ、嫁がいきなり男体化して戸惑うのは分かるよ。


 僕は身長が40センチは伸び、胸板も分厚くなり。

 そして着ているローブが少しパツパツになっている。


 完全に男性。

 いつもの女の姿とは似ても似つかない。


 僕だって本当はこういうことしたくないさ。

 彼、僕と違って本当は同性愛者じゃないからね。


 できることならずっと女の姿でいてあげたい。


 けれど……


 この変身は避けられないし


 そして旦那の呼びかけに反応するわけにもいかないんだ。


 だから無視した。


「エピメテウス。投降して抵抗を一切するな」


 忠誠心が魔法由来で、強制されている。

 これがポイントだ。

 普通に忠誠を誓われていた場合はこれはできない。


 何故って、状況的に僕が本物のグレイオールドでない可能性の方が高いでしょ。


 そんなものの言うことなんて無視されるに決まってる。


 でも、彼は無理矢理忠誠心を持たされているから。

 こういう歪な状況が成立するんだね。


 ただ、主人に姿がそっくりなだけの変身体に、それだけの理由でかしずく。

 だって、万が一本物だったら主人に背くことになるから。

 それは絶対に避けないといけないから。


 そして同時に、僕はグレイオールドに成り切る必要がある。

 旦那がいくら僕の本当の名前を呼んでも、それに答えちゃいけないんだ。


 強制力が無くなってしまうかもしれないから。


 ……そして。


 まだ動ける戦闘員たちが、基本装備のロープでエピメテウスを縛り上げていく。

 あれほど忍者の殺人技で、僕らを圧倒した戦闘機械の男性は、一切抵抗しないでそれを受け入れた。




「禁忌の魔法を解呪して、尋問をしてみたんだが……どこで魔法を掛けられたのか分からないらしい」


 盗賊ギルドの本部がある、マジックアイテムの大商人のお屋敷待合室で。

 僕は旦那から今回の件の結果を聞いた。


 ……盗賊ギルドのギルドマスターは、このお屋敷の主人で。

 その通り名は「盗賊王九尾キュウビ

 その本人には会ったことは無いんだけど、一応僕はこのお屋敷の待合室くらいまでなら、名前を出せば通して貰えるくらいには地位が高い。


「そっか……まあ、エピメテウスが落ちたら即正体バレするようなお粗末なやり方はしてないよね。さすがに」


 そんなマヌケなら、100年持たずに討伐されているに決まってるし。

 生き残って来たんだから、それくらいの知恵は働くさ。


「どうやったんだろうな……?」


「おそらく、彼の意識が無いときに呪いを掛けて、グレイオールドという人物に忠誠心を持たないことを禁忌にされたんだと思う」


 そうすれば、正体を現した状態で名乗って、姿と名前を紐づけすれば、決して自分に逆らわない奴隷家臣の完成だ。


 そう説明すると彼は


「……魔法って怖いな。賢いヤツが使うとそんなことが出来るのか」


 そう言って顔を顰める。

 僕は


「そうだよ。魔法は素晴らしいけど、同時にとても怖いんだ」


 そう応え。


 座っていた席から立ち上がり。


「……今回は悪かったね」


 そう、彼に詫びる。


 すると彼は


「……何が?」


 そう、分からないという顔でそう問い返して来るけど。


 僕は


「キミの前で、男の姿に変身してしまった。……嫌だったでしょ?」


 だってキミ、本当は同性愛者じゃないもんね。

 そう言った。


 ……今はもちろん再度変身して、いつもの女の姿に戻ってる。

 けれど……


 あんな真似をすれば、彼が今後僕を抱くときに、嫌なイメージがついて辛いかもしれない。

 それが申し訳ないと思ったから詫びたんだ。


 けれど彼は


 一瞬、驚いた顔をして


 笑った。


 そして


「オレはお前の魂に惚れたんだ。別にお前が男だろうと女だろうとそこはどうでもいいさ」


 なんなら、変身を説いた状態で1回してみるか?


 そんなことを言うんだよ。


 ……まあ、僕だって馬鹿じゃない。

 彼のこの言葉を額面通り受け取ったりはしないから


「気持ちだけ受け取っておくよ」


 そう言って微笑み返し。


 僕は彼の首を抱いて、彼に口づけをした。

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