第80話 想定外

 エピメテウス。


 プロメテウスさんの双子の弟で、知性派のお兄さんと違い肉体派。

 座右の銘は「熟考より行動」

 お兄さんは行動を起こす前にあらゆるパターンを想定し、準備してから臨む人だけど。

 彼は充分に考える前に行動を起こし、まず現場に立つ人間なんだ。


 そのせいで、彼がまず仕事に取り掛かり、その準備不足で苦戦し始めて。

 そこに充分準備をしてきたお兄さんが駆けつけて、最終的に2人で仕事を終わらせる。


 このパターンが多いらしい。

 そういう兄弟の片割れだ。


 黒装束の彼は黙々と身体を鍛えている。


 彼は忍者だからね。

 忍者は鎧も着ないで戦士以上の働きをする戦闘のプロ。

 身ひとつで戦場で縦横無尽の活躍をする職業なんだ。


 だからまあ、倒立した状態で腕立てなんて真似を普通にしてても、僕は別に驚かない。


 そんな彼に、僕は言った。


「……あなたにヒュドラ氏の暗殺計画主犯の疑惑があります」


 そう。

 マーズさんに次ぐ後継者候補であるプロメテウスさんじゃない。

 彼こそが、今回の件の主犯だと僕は思ったんだ。


 何故って、マーズさん失脚における受益者なんて、真っ先に疑われるじゃないか。

 だったらありえないよ。

 そんな杜撰な計画を立てる無能は盗賊ギルドでは生き残れないし、ましてや現行で重要ポストなんてあり得ない。


 その観点で、3人の受益者周囲の人間を吟味し、最終的に選び出したのが彼だ。

 彼ならプロメテウスさんと顔は一緒だし、お兄さんのフリをしたらマーズさんの隙を突くのも可能なはず。


 僕の言葉に一切答えないエピメテウスさん。

 追い詰められているから、最後の抵抗なのか。


「疑惑を晴らすために、少し魔法で取り調べを致しますので、協力していただけますね?」


 普通の警察機関ならこうはいかないよね。

 疑惑があるからと、こういう風に安易に魔法を使うのは責任問題になる。


 盗賊ギルドならではだよ。


 見逃した場合の結果が重大なら、こういう乱暴な取り調べも許される。


「……」


 エピメテウスさんの逆立ち腕立て伏せが止まった。


 ……彼が暴れ出すのは当然考慮しているから、僕が旦那にお願いして集めて貰った戦闘部隊が緊張する。


 忍者の武器は忍者刀、手裏剣、鉤爪、短刀、金属糸、そして素手……


 まあ、どんな状態でも戦うことができる。

 それが彼らの職業の強みなんだけど……


 武器ありの状態に挑むより、素手のときの方が攻略は楽なはず。


 そういう目論見。


 いくらなんでも、素手でも戦えるなんて言っても、限度があるだろ。

 所謂格闘士グラップラーと大差ないはずだ。


 けれど、問題はある。


 僕が頭の片隅で考えている可能性の話。

 それは成り代わられている場合だ。


 ……魔人グレイオールドに。


 この可能性は大いにあるというか……


 本音を言えば、これに備えてエゼルバードたちに連絡をとって、戦闘部隊に彼らを交えて挑みたいけど。

 すぐには彼らに連絡を取れないからね。


 かといって、ゆっくりしてる時間が無いから……

 それでまあ、搔き集めて来たんだよ。

 戦える人を。


 ……僕と旦那入れて10人。

 足りるよね?


 倒立したまま停止しているエピメテウスさん。


「エピメテウスさん」


 もう一度、呼び掛ける。

 戦闘部隊の男性たちが、それぞれナイフや剣を抜く構えをとった。


 ……次の瞬間。

 僕は目を疑った。


 ……その姿が消えたんだ。


「SYAAAOOOOO!」


 妙な声がした。


 見上げる。


 そこには両手を広げ、宙を舞い、まるで猛禽類のように急降下してくるエピメテウスさんの姿があった。


 ……倒立した姿勢から、腕の筋力だけであそこまで跳躍したのか。


 ありえない……!


 彼は急降下する。

 当然攻撃するために。


 ……僕目掛けて。


 速い!


 避けないといけない。

 だけど、僕の身体が動かない……!


 2つの手刀が閃く。

 僕目掛けて。


 その一撃が僕の首を捉えようとしたとき。


 グイ、と引かれた。


 旦那が僕を寸前で引っ張ったんだ。

 ものすごく荒っぽかったけど、お陰で救われた。


 空振りしたエピメテウス。

 着地後の追撃が来る。

 そこに、戦闘員の男性が2名、立ち塞がるように向かって行くんだけど……


 再跳躍。

 くるくると綺麗な弧を描き、宙返りしつつ2人を飛び越す。


 同時に


「ぐあああああっ!」


 その2名の肩がざっくり斬られて血が噴き出す。


 ……ここまでで、分かったことがある。


 この彼は、グレイオールドの成り代わりじゃない。

 変身ではここまではできないはず。


 そしてもうひとつは


 ……僕が熟練の忍者の恐ろしさを甘く見ていたことだった。

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