第73話 倫理観の贅肉

 実験動物飼育区画。

 主に、鉄格子の檻の中でフレッシュゴーレムの素材になる生き物を飼育している区画だ。


 主に、野生動物。


 猛獣が多い。

 熊だとか、虎だとか。


 魔物もいる。

 スキュラだとか……ケンタウロスだとか……


 で、奥に。


「やあ、ハリティ。ご飯を食べて貰わないと困るんだけど」


 牢屋があって、中に一見ヒュームに見える女が繋がれている。

 違うのは、2本の角が生えていることと、手の爪が鋭いこと。

 あと、犬歯が異常に発達していることだった。


「……マギ。ここから出せ。殺してやる」


 憎々し気に僕を見る雌オーガ。

 見た目はわりと可憐な感じに見えなくも無いんだけど……顔はね。


 鋭い爪と、牙と、あとあまりにも引き締まった身体。

 あとその表情で損してるね。


 ……ホント筋肉質だよ。

 身体は引き締まってるの、丸わかり。

 卵子を取るのに邪魔なので、服をほとんど着させて無いからそれが良く分かる。


 で。


「そんなことするわけないでしょ」


 そう言いながら、僕は笑顔でそう返す。


 雌オーガ……ハリティは、両手足を鎖で壁に拘束され、自由に動けない様にされていた。

 理由はまあ、説明しなくても良いよね。


「この屈辱、絶対に忘れはしない……! 来る日も来る日も、不味い野犬の肉を喰わされ、腹に針を突き刺され続ける毎日……!」


 僕を睨み付けつつの呪詛。


 ……しょうがないじゃん。

 人間の女を使うのは許されないんだから。


 近縁種の食人鬼・オーガを使うしか無いんだよ。


 だから


「針が嫌なら、ケンタウロスに直接犯される方が好みかい? キミは変態さんなんだね」


 笑顔でそう言ってあげると、ハリティは射殺さんばかりに僕を睨んで来たね。


 別に何も思わないけど。

 怖くないし。


「我らの餌の分際で、この誇り高きオーガ族である我にこの仕打ち……きっと後悔させてやるぞ……!」


「ハイハイ。僕らはキミらの餌じゃないから。まあ、そう思うのは勝手だけどね……代わりに、こっちはキミらを存分に利用させて貰うだけだよ」


 こいつらは犬の肉でも生きていけるんだよね。

 現にここでこいつらには人肉なんて与えていないし。

 でも別にこいつら、体調を崩してない。


 単にこいつらにとっては


 人間の肉は最高に美味い肉。


 これだけの話なんだよね。


 許せないよ。

 僕は人間だからね。


 自分の言ってることが全く響いていないのが気に入らないのか。

 ハリティが発狂して騒ぎ出す。


「拘束を解けええええ! そうせぬと犬肉を喰わぬぞおおおお!」


 鎖をジャラジャラしつつ、暴れる。


 しょうがないなぁ。


「……食べたくないなら別にいいよ。記録ではオーガは飲まず食わずで半年持ったらしいから、4カ月くらいは大丈夫だと思うよ」


 そう教えてあげてから


「4カ月後にまだ同じことを言えていたら、そのときまた考えてあげるよ」


 それじゃ。


「限界まで飢えてから、また話そうか」


 そう言って立ち去ろうとすると。


 傍についていた年若い男の研究員が、真っ青な顔で僕にドン引きした視線を送って来る。

 ……あのねぇ。


 さすがに放置できないので、僕は彼に顔を近づけて


「人間を餌にしてる種族に妙な慈悲を掛けるのはやめなさい。……でないと付け込まれるよ」


 言ってやった。


 ……この子、なんか目がぐるぐるしているね。


 これで分からないって言うならさ


「贅肉の多い倫理観だね。フレッシュゴーレムの研究に向いてないって言って良いかな?」


 研究所辞めるか?


 と目で言うと


「すみませんでした……」


 僕に頭を下げて、謝罪。

 全く……。


 この道に入ったなら覚悟は決めなさい。


 そして僕が今度こそ、この実験動物飼育区画を立ち去ろうとしたとき。

 区画の外からまた誰かやって来た。


「マギさん、本店から使者の方が」


 ……本店。

 盗賊ギルドのことだね。

 何だろう……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る