第50話 研究所にて

 最先端の技術に口出しするには、そこに至るまでの知識を学ばないと駄目なんだよね。

 当たり前だけど。


「ヒュウマさん、ちょっと良いですか?」


 研究所にて。

 ヒュウマさんはフラスコを握り、自分の実験台で、魔術的な防腐薬の調合作業をしていたのだけど。

 その作業が終わった様なので声を掛ける。


 ……僕の質問はチームの総合力を上げるための行為。

 なので、僕が彼女に質問するのは組織のためだから、批判される謂れは無いのだが。


 彼女も仕事の実験をやってるわけだしね。


 彼女の実験を邪魔してはいけないんだ。

 研究員はこういうのも要求される能力なんだよ。


 他の研究員の邪魔をしないで、助力を仰ぐ。

 知識と頭脳だけで、協調性の無い奴は要らないんだ。


 ……よっぽど優秀なら別だけどね。

 それこそ伝説になるぐらいの。


「なんやマギさん? ウチに答えられたらええんやけど、その範囲なら何でも聞き」


 フラスコの中身を薬瓶に移し替え、栓をして。

 部屋の隅にトコトコ歩いて、ヒュウマさんはかめから水を汲んで来た。


 丸椅子に座って、コップの水を飲みつつ。

 聞く体勢。


「フレッシュゴーレムを作る上で、素材の腐敗をどう防ぐかが重要項目なのは理解できるんですけど」


「ふんふん」


 そう。

 フレッシュゴーレムの作成って、1回の魔法で作成完了!

 こういうのじゃ無いんだよね。


 数回段階を踏むんだわ。

 まあ、僕もこの研究所に入って知識を得て、初めて知ったんだけど。


 ボーンゴーレムだと、素材になる骨を魔法陣の中に収めて魔法語詠唱をするだけで良いんだけどね。

 フレッシュゴーレムはそうじゃない。


 先に魔術的な生命を吹き込む肉体を、作り上げておかないといけないんだよね。


「……脳と生殖器を残しておかないと、命令不能になったり、露骨にゴーレムのスピードが落ちるってどういうことなんですかね?」


 そう……

 フレッシュゴーレムは、脳を攻撃されても行動可能なんだけど。

 ……言い方悪いな。

 脳を攻撃されても脳震盪を起こさないんだけど。


 何故か、作成段階ではフレッシュゴーレムには脳みそが必須なのよね。


 無い状態でフレッシュゴーレムにしても、何故か命令不能のフレッシュゴーレムになるのよ。

 つまりフレッシュゴーレムとして機能しない。


 あと。


 生殖器は必須なんだよね。

 精巣か卵巣を残しておかないと、動きが悪くなる。

 フレッシュゴーレムの特徴である滑らかで素早い動きが失われる。

 その様はまるでゾンビのよう。


 ……これも、作成段階の話で。

 一度起動させたら関係ないんだけどさ。

 作成後だったら金的入れて全キン潰しを叩き込んでも、ダメージにはならんのだけど。


 そこが良く分からない。

 謎だ。


 するとヒュウマさんは


「……ウチの見解でええか?」


 水を飲む手を止めて、僕の話を聞いての返答。

 僕は頷いた。


「ウチがその点に関して考えていることは……」


 ヒュウマさんの話はこうだった。


 フレッシュゴーレムは生物が素材であるがゆえ、魔術的な意味合いでそのスタート段階での肉体がどうなっているかが重要になるのでは? という話。


 考える力を担う臓器である「脳が無い」のであれば、命令を聞く能力を備えないという意味合いが最初から付与された状態でフレッシュゴーレムになる。

 だからフレッシュゴーレムとして機能しない。

 ……そして生殖器だけど。

 生殖器は生物の象徴だ。


 取ってしまうと、生物らしさを同時に取り除いてしまったという扱いになるんじゃないのか?

 だから動くスピードがゾンビ並みに落ちるのかもしれない。


 ……なるほど。


 僕はヒュウマさんの話をメモする。

 興味深い見解だ。


 そんな僕を見つめ、ヒュウマさんは


「マギさんよ」


 水を飲み干し、一言。


 それに、何ですか? と僕が目を向けると。


「……実は異類接着剤のストックが切れてきてるんよね」


 ニヤ、と微笑みつつ。

 あ……これは。


 僕はここで、続く言葉について予想できてしまった。


「業者に頼んでもええんやけど……ウチらで取りに行った方が早いんよ。……ドレワール湖におる、スキュラを狩りに行ってくれへん?」


 やっぱり。

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