第30話 1人目の債務者
モロス君は、仕事の依頼だけ出して、帰って行った。
今回はお目付け役無しか。
……これは、僕が高く買われているってことかね?
「とりあえず3人か」
僕はモロス君と話して手帳にメモした、3人の人間の名前を確認する。
ウィルソー
リーター
シゲコ
ウィルソーとリーターが男性。
シゲコが女性。
ちなみに全員ヒューム。
さて、どうするべきかね。
返済の目途が立たないなら、それぞれの家に若い子がいるから、その子を貰ってこいとは言われているけど……
「先生」
そこに。
ネコが話し掛けて来た。
何? と振り向くと。
……心配そうな顔で僕を見ている。
だから僕は言ったよ。
「クソ人間の犠牲になって、罪も無い人間が地獄を見る展開はなるべく避けたいね」
最初の債務者のウィルソーは、王城の役所の職員らしい。
家は役所の社宅だったけど……
「アケミちゃんを身請けするのには、50万ゴルド必要なんですよ。あと10万ゴルド必要なんです。ですから、お願いですからあと10万ゴルド貸してください」
ウィルソーは眼鏡を掛けた、一見真面目で神経質そうなヒュームの中年男性だけど。
結婚して10才になる子供も居るのに、売春宿の娼婦を身請けして愛人にしようと画策しているクズ人間だった。
そのどうしても身請けしたい娼婦の名前がアケミ。
少し影があり、肉付きがエロスな娼婦だそうだ。
そしてその身請け料金が……50万ゴルド。
……嫁の実家の遺産を売り払い、30万ゴルドを確保
10万ゴルドを借金して。
残り10万ゴルドをどう手に入れていくのか。
そこで悩んでいる。
そんなことを、真顔で主張して来た。
自分の家のリビングで。
……救いようがねぇな。
でも、一応言っておく。
「……最初の10万ゴルド、あなた自分の娘を担保に借りてますよね? さらに10万。あなたは何で借りるつもりですか?」
「嫁じゃダメですか? 前も言いましたけど」
うむ。
これはもう、最悪だな。
「……何で娼婦を身請けしようと思ったんですか?」
あまり期待しないでこの質問。
どうせ、ろくな返答が返ってこないと予感しつつ。
そしたら
「アケミちゃんと僕は、運命の赤い糸で繋がっているんです」
うっとりと、男。
そして……こうも言った。
今の嫁は昔の上司の娘で、言わば政略結婚だった。
愛の無い結婚。
これは正しくない。
結婚は、互いに運命の相手とするべきだ。
って……。
自分がこの決断に踏み込んだのは、その元上司が先日心不全で死亡したから。
その命日がアケミちゃんの誕生日なのが運命的だった。
嬉しそうに語る
「……先生」
「マギさん……」
一緒に聞いてたネコとガイザーさんがビキビキしてる。
うむ。気持ちは分かる。
僕もイラついているから。
で。
「分割で払うというやり方は取れなかったんでしょうか?」
残り10万ゴルドを分割で。
そういう交渉はしたのかと。
すると
「いや、得にはしてないですね。それに、一括で払った方がかっこいいじゃないですか」
アハハ、と笑いながら。
……アハハじゃねーよ。
よし。
慈悲は無い。
僕はこう言った。
「分かりました。では信用度を高めるために魔術刻印を刻んで良いですか?」
にこやかに。
するとウィルソー氏は
「ええっ? ……入れ墨ですか?」
入れ墨は嫌ですよ。
消えないから。
そう、困ったような顔で言う。
他じゃダメですか?
そうも言った。
「……入れ墨じゃないですよ。ただの魔法語を墨で書くだけですし」
にこやかに
そしてこう続ける。
「……ハッキリ言ってね、アンタのくたびれた嫁じゃ、10万ゴルドの価値なんて欠片も無いんだよ。その差額分を魔術刻印で埋めてやろうって言ってんの。……その程度の不利益も許容できずによく愛を語れるな?」
そう、喉だけ男に戻してドスの効いた声で言ってやった。
耳元で囁くように。
ギョッとした顔でウィルソー氏。
僕を見る。
僕はにこやかに声を女に戻して
「……で、どうします?」
訊き直す。
すると
「やります」
そう、ウィルソー氏は答えた。
僕は墨を持ってこさせて、ウィルソー氏の腕に文字を書く。
書く文字は、魔法語。
こう書いた。
……ジンラ(消滅) ディセルヴォ(契約)。
「エアイー ギフエンス ヴァージ ターブ トブリス」
そして僕はその後。
魔力魔法第6位階「禁忌」の魔法を発動させる。
対象者の身体に書き込んだ魔法語文字の内容を、無意識に避けてしまう禁忌の項目として深層心理に書き込む魔法だ。
ただしそれは、命に別条のない項目に限られる。
なので「食事」「呼吸」などは無理。
僕が書いたのは「契約を破ること」
無事発動し、僕の書いた文字はウィルソー氏の身体に溶け込むようにして消えた。
よっしゃ。
魔法が発動したので
「まず、お嫁さんの実家の遺産を処分して手にした30万ゴルドを持って来て下さいませんか? そこから10万ゴルドを返してもらいたいので」
「……分かりました」
僕の言葉に、ウィルソー氏の顔色は一瞬渋くなったが、ここで拒否すると嫁との約束を破ることになるし、僕らへの借金返済という約束も破ることになる。
だから彼はすぐに30万ゴルドが入った金貨の袋を2つ、持って来たんだ。
嫁との約束……? 普通さ、男なら「キミを幸せにする」類の発言はしてるよね。
特に、この男の嫁さんが、元上司の娘なら特に。
だからまあ、この男は今、嫁に不利益な借金は一切出来ないんだよ。
で、10万ゴルドとその利子の分を全部いただいて。
新しい借金については、嫁との契約を持ち出して諦めさせ。
僕はウィルソー氏の家を後にした。
「……先生。お見事です」
家を出てしばらくしてから。
ネコが僕に、そんな言葉を掛けて来た。
……ちょっとこそばゆいな。そういうの。
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