第一章エピローグ:二人で


「準備できた?」


「はい」


「よし、ちょっち急ごう。列車の時間には余裕持ちたいし」




 式隆が退院してから四日。いよいよダステールへの出発の日である。


 退院後は情報集めと荷造り、お世話になった人々への挨拶回りに奔走し、かなり忙しく過ごした。

 本当はもう少しこの街に滞在するつもりだったのだが、長く居座るほど腰が重くなると考え、出発を早めたのである。



「はぁ、ふぅ、ひぃ、ふぅ」


「…やっぱり私ももう少し持ちましょうか?」


「い、いや、だいじょうぶ……」



 服等の生活必需品はもちろん、料理道具や野営用の道具、そのほかにも色々とあり、荷物は相応の量となっている。


 息を切らせながらもどうにか駅に到着し、切符を二人分購入していると、列車の時間を伝えていた人々が見送りに来てくれた。


 ダヴィドにウーノ、式隆に身体強化を指南したランデに、ノルトにいる間に世話になった人々、レナートとリト含む彼の部下たちまでやって来ている。



「あんたらココ来て大丈夫なの?」


「いや? この後謹慎待ったなし」


「えぇ……」



 平然とそう告げるレナートに式隆はドン引くが、せっかく会えたなら、と思考を切り替える。



「ありがとう。あんた達には言葉にできないくらい助けられた」


「──それはこちらのセリフさ。君が来なければ、僕はずっと自己嫌悪に苛まれながら、死んだように生きていくことを続けていただろうから」


「うわっ、話重そう聞きたくない」


「はっは。と、そうだ。渡すものがあったんだった」


「……なんだそれ、手紙か?」


「僕の知り得る情報を、中に簡潔にまとめてある。

 ──今回の一件の、真の黒幕とでも呼べる者のことも」


「真の……」



 式隆は渡された封筒を受け取り、大事にしまい込んだ。



「最後までサンキュな。しっかり読み込んどく」


「あぁ。そうしてくれ」



 レナートは他の人々と話す日奈美に目をやり、微笑む。



「では僕たちは戻るよ。君たちの旅路に、幸多からんことを」


「そっちも。んじゃ、またな」



 レナートは式隆の返答に目を丸くし、クックッと押し殺したように笑って、「…あぁ、またな」と返して、去っていった。



「あれ、レナートたちは?」


「帰ったよ。この後謹慎だってさ」


「うむむ。お礼を言い損ねました」


「……そういえば、レナートだけは断固呼び捨てだよな」


「助けてくれたことに感謝はしてますけど、嫌いなものは嫌いですから」


「……まぁ君がレナートと直接会話をしたのって、宿屋に不法侵入された時くらいだものね」



 レナートは、おそらくその後も意図的に、日奈美と話す機会を作らなかったように思う。

 変なところで気をまわすんだなと式隆は呆れた。


 と、そこでダヴィドとウーノが声をかけてきた。



「よーすお二人さん。忘れ物はないか?」


「多分だいじょぶ。見送りサンキュ」


「おう。……と、そうだウーノ、ヒナミちゃんに渡すものあんだろ?」


「はい。───ヒナミちゃん、こっち」


「え? はい」



 そうして二人が少し離れると、式隆は声量を落としてダヴィドに聞く。



「分かった? 日奈美が狙われた理由」


「いや。頑として口を割らん。ひょっとするとのかもしれん」


「なんかそーゆー魔法ってこと?」


「というより呪いだな。これが事実だとしたら、裏にいる奴は相当の外道だ」


「……なるほどね」



 式隆は、先ほどレナートにもらった封筒を思い出す。退院直後に面会した時は、知り得ることはすべて話したと言っていた。それでもダヴィドが知らないとなると───



(……それ相応の権力者ってわけか)



 早い段階で、情報を上から握りつぶせるだけの力を持っている、ということになる。

 呪いというのがどういうものかは分からないが、ダヴィドがここまで言うとなれば、どれだけひどい輩なのかは想像に難くない。


 十中八九、レナートたちを消そうともするだろう。

 そして本人らも、それを確実に察しているはずだ。



「どうした?」


「いや。……レナートたちを気にかけてやってほしい」


「……なるほど。分かった。承ろう」


「けど、頼んどいてなんだけど、あんま首突っ込まない方が良いかも」


「ま、その辺もどうするかはこれから決めるさ」



 そこまで話して、日奈美とウーノが戻ってくる。



「見てください式隆さん! これ!」


「ん? ……杖か?」


「はい! ありがとうございますウーノさん!」



 杖。それは魔法の行使を助ける媒体である。

 杖と呼ばれてはいるが、その形は様々であり、それこそ剣や槍などにその機能を組み込んだものもある。


 日奈美の貰ったそれは、ニュートラルな、それこそ杖という風貌のものだった。

 長さは30センチほどだろうか。装飾等は一切ない、非常にシンプルな外見をしている。



「いーなー。俺にもなんかねーかなーー」


「……こっち見んな。『体表強化装甲エクソアルマ』くれてやったろ」


「あのグローブ型のやつがいーいー」


「うっせぇ! あれはすげぇ値打ちモンだぞ!? 貸してやっただけでありがたいと思え!」


「だって貰ったヤツ重いしかさばるんだもん」


「『もん』じゃねぇよ気色悪い…!」


「んだとー」



 ぶーぶー文句をたれる式隆とぎゃーぎゃー騒ぐダヴィドを見て、集まった人々はみな一様に笑った。














「……さて、時間だ。行こうか」


「────はい」


「それじゃあ皆さん! お世話になりました!!」


「なりました!!」



 式隆と日奈美が頭を下げると、「行ってらっしゃーい」「頑張れよー」「また来てねー」と、人々は口々に言った。


 列車に乗り込み、中から手を振る。


 すぐに見送りの人々の姿は見えなくなり、二人は手を振るのを止め、これからのことを話す。




 いよいよ、元の世界に帰る方法を探す、異邦人二人の旅が始まったのだった。


















「───あ! 駅弁買ってねぇ!!」


「途中に停車駅とかありましたっけ?」



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