連戦(3):End
式隆は手にあるものを見て、わずかに目を見開く。
(…これか。ジールの言っていた剣ってのは)
刀身は黒色で両刃。
持ち手部分には、簡素だが美しい装飾が施されている。
炎に包まれた直後、『人殺し』に襲われたときにも起こった視界が明滅するような感覚に襲われ、身体が勝手に動いた。そして、気付けば地に立っていた。
剣を目の前にかざし、まじまじと見つめる。
(やっぱり見覚えとかは一切ない。持ってみても、何かを思い出すような感覚もない。けれど──)
式隆は、剣をクルリとまわして軽く振る。
(怖いくらいに手に馴染む。扱い方とか全く分からないのに、持っていても重心や自然体が崩れない)
妙な感覚はまだある。
未だワズガルが前にいるのに、何故だか焦りや不安を感じない。何より──
(身体が、自然と動くような気がする。これを使いこなせるような──)
そんなことを考えていると、本当に自然と身体が動いた。
飛んできた二発の魔力弾を、流れるような動きで切ったのである。
切り裂かれ、圧縮された魔力が間近で爆ぜる。が、何ともない。
(身体強化……、魔力による防御も勝手にやってるみたいな感覚だな)
知らなければならない。
この剣のことも。自分が何なのか、そして何ができるのかということも。
(委ねるんだ。だが集中しろ。
身体も、魔力も、剣も……。その扱い方を、今この瞬間で全てものにするくらいの気概で臨め!)
(一体何なんだコイツは!?)
火球を、そして魔力弾を容易く切り裂いた目の前の男に、ワズガルは言いようのない恐怖を覚える。
クルトとの戦いで出し惜しみをしているようには見えなかった。
つい先ほどまで、余裕なんて一切ない逃げ回り方をしていたはずだ。
だというのに───
(なぜ突然そんな穏やかな気配になる…!?)
あの剣だ。
あれを手にした瞬間から、雰囲気ががらりと変わった。
自分の魔法攻撃を容易く切り裂いたことから、おそらく魔法剣だろう。
どんな効果を有するかも分からないし、デザインに見覚えもない。
必死に分析しようとしていると、式隆がこちらに向かってゆっくりと歩き始める。
ここで、ワズガルは方針を完全に切り替えた。
それは、最優先事項の変更。すなわち──
(この男は、ここで絶対に殺す)
見えない実力に手札。伸びしろも不明。
────底知れぬ、未知の体現だ。
そんな相手が、自分に敵意を向けている。
決して、生かしておいてはならない。
「───うおおおおおおおっ!!」
ワズガルは、自身に取れる最大の攻撃を一切の迷いなく選択し、ぶつけた。
自分に扱える魔法を後先考えずに並行して行使し、相手を囲むように展開させて、全方位から撃ち込み続ける。
圧倒的物量に物を言わせた、驚異の魔法弾幕である。
一気に魔力を消費したことによる眩暈に襲われつつ、霞む視界でどうにか式隆を捉える。
式隆は、その弾幕の中で、舞っていた。
否、違う。
そう見えてしまうほどの流麗な動きで、自身を襲う魔法攻撃の数々を───
躱し。いなし。切り裂き。時にはぶつけ合って相殺させ。
一切の焦燥を感じさせず、容易くさばいて見せていた。
──口元に、笑みすら浮かべて。
「ば、け……モン、がァああああ!!!」
先ほど式隆を追い込むに至った地面経由の魔法攻撃も、最小の動きで躱されてしまう。
と、そこでワズガルは、言いようのない怖気を感じて咄嗟に魔力障壁を展開した。
瞬間、式隆が振るった剣から放たれた斬撃が、障壁を破って首元を掠めた。
「───ッああああああああ!!!」
式隆を覆っていた弾幕が、ぎゅるりと形を変えて頭上で一つになる。
ワズガルは杖を振り下ろし、その塊を式隆目掛けて落とした。
ドカァァァァァァァァァァァァン!!!
その爆発は地を揺らし、膨大な魔力が吹き荒れる。
しかし────
びゅおんッッ!!
式隆の、剣の一振りで。
風を切る音と共に、その魔力は吹き散らされた。
「な…んなんだよ、お前………」
目の前で起こったことが信じられず、ワズガルは弱々しく声をこぼした。
が、ここで式隆に異変が起こる。
突如全身から力が抜け、その怪我に見合う激痛に襲われたのである。
「───ガハッ! ぐぅ…!」
膝を付き、吐血する。
(…時間制限……いや、もう身体が限界なのか…!)
握る剣も、その重さを薄れさせ消えてしまった。
(くそ…! あと少しだってのに!!)
既にワズガルからは、今までの膨大な魔力は感じない。先ほどの攻撃でほとんど使い切ったのだろう。
一方の式隆も、魔力の有無に関しては自分ですらどうにもはっきりしないが、身体の方が限界だ。
互いがその事実を認識し、気付く。
先に一撃入れた方が、勝つ。
ワズガルは、残り少ない魔力を振り絞り。
式隆は、ガタガタの身体に鞭打って。
「「おおおおおおおおおお!!」」
最後の一騎打ちが、幕を開ける。
式隆は、全力の身体強化でワズガルの元へ駆ける。
(スピード勝負だ…! 一気にキメろ!!)
一方のワズガルも、冷静さを取り戻して対応する。
(一撃入れれば充分…、ならば!!)
ワズガルの周囲に、いくつもの魔力の塊が出現して式隆に襲い掛かる。
それは無暗な弾幕ではなく、着実に式隆の躱せるルートを潰す軌道を取る。
(───ッ!! 視ろ、視ろ、視ろ!!)
左右の斜め上方から迫る、タイミングを僅かにずらした二つの魔力弾を、薄くジグザグ動くことで躱す。
足の着地点を正確に狙った攻撃は、着地寸前に膝を曲げることで被弾を避ける。
着地タイミングを無理やり変えた結果バランスを崩し、その瞬間を狙って無数の攻撃が迫るが、地面に両手を着いて身体を跳ね上げ、躱す。
ワズガルの正面に迫る。
(あと三歩────!)
右腕に魔力を込める。
と、そこでワズガルが突然、杖を持たない左腕を持ち上げた。
「────ッ!?」
左腕の後ろ。
ワズガルは、正面の式隆からは見えない位置に、極小の魔力弾を作り出していた。
急速に魔力が集まり、その魔力弾は瞬く間に巨大化する。
ワズガルは嗤い、極限の状況下、圧縮された時間の中で、告げる。
「私の、勝ちだ────」
パンッ
突如、どことなく間抜けな音が、ワズガルの頭上で響いた。
瞬間、魔力弾が形を保てなくなり、霧散した。
ワズガルは驚愕し、そして視界の端で捉える。
こちらに何かを投げつけたかのような姿勢を取る、あの男は────
「レナァァァトォォォォ────!!!」
怨嗟に支配され、吠えた瞬間。
式隆の右拳が、ワズガルの腹に突き刺さり。
「────っだぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
轟音とともに、吹き飛ばした。
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