仁藤 日奈美(2): Encounter


 その日は突然やってきた。


 牢から出され、何人かの女性に体を洗われたと思ったら、下着とドレスのようなデザインの薄いキャミソールのようなものを着せられる。遂に売られるのか、とぼんやり思った。


 控室のような部屋に連れられると、そこには糸目の胡散臭そうな男がいた。その男が手を振ると、私を連れてきた女性たちが部屋から出ていく。男はそれを確認すると、おもむろに話し始めた。



「さて。僕は君がどんな事情を持つのかは知らないし、今こうして話している内容が理解できているのかも分からない。ただ一つ言えることは、君が面倒な連中に目をつけられているということだ。

 僕は彼らが好かん。というか嫌いだ。なのでささやかな嫌がらせとして、オークションを早めて君を出品することにした。誰に買われるかは分からないが、十中八九連中よりかはマシだろう。

 僕は僕、商品、顧客の三者が利益を得るのが理想っていうポリシーを持ってる。だから聞こう。何か望むものはあるかな?」



 何を言っているんだろうコイツは、というのが率直な感想だった。そんな言葉信じられるわけないだろう、と怒りすら湧いてくる。


 ただ、ここで反応したり会話が成立するような言葉を返してはダメだ。ここまでのごまかしに意味があるのかは正直分からないが、突き通してみよう。


 だから私はここでも、ただただ無表情で「日本」とだけ返した。


 男は僅かに眉を上げると、「ふむ」とこぼして部屋に女性を呼び戻し、入れ替わるように部屋から出ていった。















「さーぁさ皆さん次は上玉!見目麗しい濡れ羽色の黒髪を持つこちらの少女!名は『二ホン』!


 ──1万からスタートです!!」



 名前にされちゃったよ、と他人事のように考える。


 レートは「2万!」「4万!」「4万5千!」とどんどん吊り上がっていく。

 単位は分からないが高いのだろうか。


 せめてひどい扱いをされるのだけは避けたい。まともそうな人に競り落としてほしい。そんなことを心の中で願う。レートは既に15万にまで上がって──



「100まァん!!」



 突然桁の違う金額が叫ばれ、会場がにわかに騒がしくなる。

 どんな人か確かめたかったが、客席は暗くてよく見えない。



「えーー100万、100万が出ましたぁ! これ以上はございませんか? ございませんかぁ!? では決定です!! 落札額100万!!!」




















「ブヒッ、ブフヒッ、これからはボクがキミのご主人様だよォ~!」



 最悪だ。


 私を購入したのは、紺色のローブに身を包む150センチ程の太った小男だった。

 どこからどう見てもボンボンの息子という風体。

 というかローブが長すぎて引きずっている。



「すぐにお持ち帰りなさいますか?」


「ブホヒッ!いやぁ? ちょお~っと味見させてもらおうかなぁ~」


「…ッ」


「…かしこまりました。お部屋を用意いたします」



 唇を嚙む。この場合の「味見」とはきっとそういうことだ。


 散々だ。いったい私が何をしたというのだろう。



「こちらの部屋をお使いください」


「ブヒッ、覗いちゃダメだよぉ~」


「もちろんでございます。それではごゆっくり」



 案内役らしき人が出ていき、部屋に小男と二人きりになる。

 どうにかならないかと部屋を見回すが、簡素なベッドがあるだけで窓もない。



(身長だけなら勝ってる。どうにか気絶させて──)



 と、そこで気付く。


 小男がこぼしていた「ぶふーっ、ぶふーっ」というような呼吸音が聞こえない。

 振り返って見てみると、小男は地面にへばり付いていた。


 ──いや、地面に耳を当てていた。



「よーしよし、行ったな」



 先ほどまでのネットリした話し方でもなくなっており、雰囲気も違う。


 小男は立ち上がり、ばさりとローブを脱いだ。すると──


 瞬時に、姿が変わった。




 体格は細身、身長は180センチ弱か。

 くすんだ金髪は、少し色素の抜けた黒髪に。

 顔立ちは、歩くたびに弾んでいた肉が根こそぎなくなり、精悍に。


 その男は、歯を見せて笑った。




「よぉ同郷。会えて嬉しいぜ」




 これが、私の──



 三上みかみ式隆しきたかとの、出会いだった




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