仁藤 日奈美(1)


(──なんでこんなことになってるんだろう)



 もう何度目か分からない思考を反芻する。


 スポットライトが眩しくてよく見えない。


 けれど正面が客席で、座る人々がひどく盛り上がっていることは分かる。


 彼らは非合法のオークションを楽しんでいるのだ。


 そして、たった今舞台上にある商品は──




 ──私だ。
















 私の名前は仁藤にふじ日奈美ひなみ

 何の変哲もない人間だ。


 高校時代までは良い大学に行って欲しいという両親の願いに応えて勉強漬けだった。


 別に苦ではなかった。世に言う毒親というわけでもなかったと思う。

 日頃から「多くなくてもいいから毎日コツコツやるんだよ」と言われていた程度だ。

 ただ、両親二人とも学歴関連で嫌な思いをした経験があったようで、時々その話を聞かされはした。


 そして勉強を頑張った結果、全国トップレベルの地方大学に進学することができた。




 大学に進学してからは、今までやらなかったことをいろいろやろうと漠然と考えていた。

 試しに化粧を学んで実践してみたところ、自分は意外と良い素材だったことを知った。


 男女問わず多くの人に話しかけられ、友達もたくさんできた。

 なかにはやたらと執着を見せてくる苦手な人もいた。

 人間関係に苦痛を感じることもあった。


 けれど、総じて充実はしていたと思う。







 その日も、特筆すべきことは何もない普通の日だった。

 年末に帰る実家用のお土産を買った帰り道。


 突如浮遊感に襲われ、何もかもが曖昧になるような感覚に見舞われた。



 そして──



 気付いた時には知らない路地裏に座り込んでいた。


 何が起きたか理解できず茫然としていると、突然数人の半裸の男たちが現れた。

 彼らは私を見るや何事か騒ぎはじめ、逃げる間もなく捕らえられてしまった。


 彼らの話している言葉は全く聞いたことのないものだったが、何故だか意味は理解できた。曰く「見たことのない恰好だ。これは金になるに違いない」


 必死に抵抗したが、所詮は非力な女一人。

 勝てるはずもなく目隠しをされて猿轡をかまされ、頭に強い衝撃を受けて気を失った。






 目を覚ますと知らない部屋にいた。持っていた荷物は当然見当たらない。

 目の前には身なりの良い痩せた男が座っており、こちらをじっと見つめていた。


 いくつか質問をされたが、私は一切答えず俯き続ける。

 黙っているとひどい目に合わされるのではとも思ったが、結局何をされることもなく、別の男に部屋から連れ出された。

 長い時間ではなかったが、痩せた男の目が何かに興奮しているかのように血走っていたのが恐ろしくて、体の震えが止まらなかった。


 その後は牢屋のような場所に閉じ込められた。

 トイレは備え付けがあったが当然水洗ではなく、ゴワゴワの布団にくるまって涙を流すことしかできなかった。







 捕まってからどれほど経っただろう。私はすっかり消耗し、疲れ果てていた。


 食事が運ばれてくるときに、持ってくる担当の者が声をかけてくるが、私は一言しか返さない。その言葉とは「日本」だ。


 言葉も知らないし、ここがどこかも分からない。

 だから「日本」という言葉のみを発し続けて、リアクションで情報を得ようという試みだった。

 相手は私が言葉の意味は理解できることに気付いていないだろう。


 だが反応は芳しくなかった。皆「日本」という言葉には全く聞き覚えが無いようだったからだ。


 代わりに知ったのは、私が「商品」であること。

 近いうちにあるオークションにて売られるらしい。


 売られて「奴隷」になるのだと。


 もはや私にはどうすることもできない。


 ただひたすらに、これが夢であってほしいと願うことしか出来なかった。




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