知らぬ森。出会うのは…
「───ッあ?」
意識を取り戻した式隆は、痛む頭を抱えて起き上がり、周囲を見回して呆気にとられた。
手をついた地面には草が茂り、周りを木々に囲まれている。
どこからどう見ても森の中だった。おまけに暖かい。着こんでいるためもはや暑いといえるレベルである。
木漏れ日に目を細め、コートと上着を脱ぎながら式隆はつぶやく。
「えぇ…ここどこぉ…?」
(日の高さからして夕方、まさか丸一日近く眠ってた? まったく見覚えのない場所だ。落ちるような感覚…あれに見舞われたあそこはただの歩道だった…。まさか誘拐? 何らかの手段で意識を奪われてここに連れてこられた …恨まれるような事とかしたっけ? それにあれは麻酔や睡眠薬のような意識が遠のく感覚では断じてなかった。いやそもそも…)
間抜けな言葉がこぼれる口とは裏腹に、頭は急速に回転して現状を把握しようとする。そうしてしばらく考え込んでいたが、「そーゆーのは後でもできるな」と思い立ち、腰を上げてスマホを見る。
「電波ねぇし…」
でも電源切るのもなー。いつ繋がるかも分からんしなー。そんなことを考えながらポケットにしまう。
「そろそろ暗くなるよな。どこか身を落ち着けられる…民家とかはないにしても、せめて雨風しのげるような──」
と、そこで視界の端に捉えた違和感に気付く。
明らかに他よりも大きく育った巨木。その、根元に。
とんでもなく大きな、爪痕があった。
「───」
クマさんかな? いやでかすぎんだろ。なにこれ。こんなサイズ知らん。
そんな考えが頭をよぎる。直後、
アオォォォォォーーーーーーーーー────ン……
「ヤバそう」
直感でしかなかったが、同時にものすごく的を射ているような言葉が漏れる。
そしてそう感じるや否や、式隆は全力で走り始めた。
すっかり暗くなってしまった森の中を走る。走り始めてから気づいたが、どうやらここは山らしい。だいぶ前に傾斜が出てきてから、ずっと緩やかな斜面を下っている。
そしておそらく現在進行形で、何か獣のようなものに追われている。一定の距離を保っているようだが、なんとなく感じる気配から察するに──クソでかい。さっき見た爪痕の持ち主だろう。見たくない。
(体躯でこっちが勝てるワケねーことくらいわかりそうなもんだけど、なんで襲ってこない?)
ルートを誘導されて追い込まれているような感覚もない。そして、不思議なのはそれだけではない。
おそらくかれこれ1時間ほど走っているが、あまり疲れがないのである。
(まさかランナーズハイってやつか!? 新感覚ゥ!)
変わらない状況に油断をしてしまったのだろう。思考にも余裕が出てきた結果か、どうでもいいことを考えてしまう。そして、少し開けた場所に出た瞬間だった。
ズンッ
背後で大きな、重い何かが落ちた音───
否、着地音。
唐突に訪れた無視できぬ状況の変化。気づかぬふりなどできない気配の出現に、振り向いた。振り向き、見てしまった。
黒々とした毛に覆われた、体高5メートル近い見上げるほどの体躯。
吊り上がった口端から覗く鋭い牙。
月あかりを受けてぎらつく獰猛な目。
そして、人間など一振りでバラバラにできるであろう──巨大な爪。
狼に似た、されど式隆が知るそれとはあまりに隔絶した怪物が、そこにいた。
「う”わ”ぁぁぁぁぁぁ明らかに生態系が違うぅぅぅぅ!」
若干的外れなことを叫ぶ式隆に、その怪物は爪を振り下ろし──
瞬間、この世界における指折りの強者たちが、何かを感じ顔を上げた。
ある者は眉を顰め。
ある者は口端を吊り上げ。
ある者は目を輝かせ。
ある者は首を傾げ───
「随分早いな」
何が起こった?
式隆は目を瞬しばたたかせる。
「死んだ」と思った直後、何やら空を切るような音と共に視界が一瞬明滅し───
怪物が上下に両断されていた。
周囲には血やら肉やらが飛び散って散乱し、ひどい有様になっている。
状況を飲みこめずに数秒立ち尽くし──ようやく違和感に気付く。
正面に広がっている凄惨な光景。自分は
「お?」
思考が続いたのはそこまでだった。唐突に体から力が抜け──あっという間に意識が闇に沈んでいった。
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