第10話 スプーン一杯

「御機嫌よう」


 昼下がり。詰所のドアを開けるのは人ではない、投げ込まれた人間の首だった。

 遅れて銀髪のミディアムボブを揺らす少女が我が物顔で立ち入る。前任者から特徴を訊かされていた担当者の兵士は、すぐにその少女が迷子の女の子では無い事を察した。


「貴女が……あの薔薇様ですか?」

「そう言うアンタは? 新人かしら」


 兵士は立ち上がり、薔薇に対して敬礼する。

 焦げ茶色の短髪と濃い眉。ユークとは随分毛色が違い、真面目そうな雰囲気がある。


「は。自分、デュークと申します。今日からここの配属になりました」

「……奇しくも音が似てるわね。敬礼なんていいわよ、私別に軍じゃないし。仕事をしてくれればいいわ。私が何をしに来たかは分かる?」

「懸賞金ですね?」

「正解。早く持って行きなさい」


 首を拾い集め、懸賞金の入った袋をもって現れたデュークに、薔薇は思っていたことを口にする。


「そう言えば、ここの前任は?」

「あぁ、なんか飛んだそうですよ? 一昨日から急にいなくなったって。昨日除隊扱いになったそうです」

「へぇ、そう」


 行方不明から除隊までの動きが通常では有り得ない程速い。恐らくは、何者かが手を回しているのだろう。

 ユークが消えて嬉しい人間で思い付くのはやはり王国側の人間だろう。むしろ、向こうは早急に消したいと思う筈だ。それか、情報漏洩のリスクを見て帝国側の人間が彼を消しにかかったか。

 どちらにせよ、薔薇には関係無い。彼女はそれ以上の推測を止めた。

 昨日大騒ぎして呑んでいた人間が、今日にはいなくなっているのが薔薇と巨像が住む社会だ。関わった人間に一人一人情が移っていては、このような仕事などやっていけない。


「ありがとう」

「いえ、こちらこそ。治安の維持にご協力いただき感謝します」


 懸賞金を受け取り、振り向かずに手を振ることで詰所を後にする。

 例の如く門で待機していた巨像の手に乗り、次の賞金首の情報を得ようと酒場に向かっているところであった。


「あ、あの!」


 何者かに呼び止められ、巨像は振り返る。必然的に、その掌に乗っている薔薇も。

 見れば、小さな男女が緊張を露わに立っていた。

 まだ齢は十にもなっていないだろう。声を掛けたのは男の子だ。何の変哲も無い服装に身を包み、様子を窺うように巨像と薔薇を交互に見据えている。

 対する女の子の方は巨像に怖がっているのか、男の子の服の裾を握り締めながら、彼の斜め後ろに立っていた。

 薔薇と巨像の二人が目を見合わせる。


「どうしたの? かわいい坊やたち」


 巨像の手から降りた薔薇が、子供たちの視線に合わせて少し屈んでから微笑みと共に声を掛ける。


「お、お前ら……薔薇と巨像ローゼ・マンスだろ? つ、捕まえて欲しい奴がいるんだ」

「よく知ってるわね坊や。ええそうよ、私が薔薇。で? 誰?」


 緊張をほぐすように、優しい口調で聞き取りを始める。

 曰く、この二人はここの近所に住む幼馴染で、女の子の方を虐めている一団がいるらしい。それらを、捕まえて懲らしめて欲しい。とのことだった。

 言いにくそうにしながら、薔薇が立ち上がり巨像に顔を近付ける。


「どうする?」

「……任せる」

「アンタねぇ……」


 当然、彼女等の仕事は賞金稼ぎ。賞金首を狩ることだ。

 何でも屋のような仕事を受け付けているつもりは無い。だが、虐められてると聞いた以上見過ごすのも少しばかり酷だ。

 とは言え彼らの依頼を受けるという前例を作ってしまえば、他の者から依頼が来ても断る理由を一つ失う事になる訳であり。


「うーん……」


 悩んでいる薔薇を見て、男の子は薔薇が報酬を欲していると考えたらしい。焦った様子でポケットをまさぐり始め、握り締めた拳を薔薇に差し出す。


「少ないけどこれ、報酬」

「え?」


 銅貨一枚。この国の相場では、果物一つの値段の約十分の一だ。


「わ、私も……」


 女の子の方からも同じ金額を差し出され、報酬金は果物の五分の一になった。それでも悩んでいる薔薇は、報酬が足りないと考えていると思ったらしい。


「足りないなら、もっと母さんの手伝いをしてお金貰ってくる! だからお願いだ! あいつらを懲らしめてくれ!」

「そう言う問題じゃ……あぁーもう!!」


 頭を掻き毟り、薔薇は腰に手を当て胸を張る。


「いいわねクソガキ。受けてあげるわ!」

「じゃ、じゃあ……――――」

「でも駄目よ、報酬は全然足りないの」


 男の子の眼から、自信の色がさっと引く。


「……どれくらいあればいいんだ?」

「私たちは普段、悪者を捕まえてこれくらいは貰ってるの」


 巨像に預けていた袋を持ち上げ、口を縛っていた紐を緩め中身を見せてみる。

 中身は全てが金貨。その価値としては、この子供たちが差し出した銅貨の千倍程はある。それが、薔薇の顔程の大きさまで隙間無く詰められている。

 子供二人の表情が蒼褪める。

 当然だ。彼らにとっては大金だった銅貨一枚を差し出しても、これからどれだけ家事を手伝って小遣いを貰おうとも、どう足掻いても一生届かない量の金貨が、目の前にあるのだから。


「だからね、お金には困ってないの。少なくとも同じくらいの値段じゃないと、依頼は受け付けないわ」

「え……」

「だからね、アンタたちには別の物を用意してもらいたいの。いいかしら?」


 キョトンとした男の子に薔薇が耳打ちすると、彼の表情がみるみるうちに朱に染まる。


「じゃ、憶えたわね? 行くわよ木偶! 今回の得物は虐めっ子よ!」


 賞金稼ぎになるには、大きく分けて三つの条件がある。

 一つは強さ。

 賞金首には莫大な懸賞金が掛けられている。当然それを狙うのは、本職の賞金稼ぎだけではない。一発逆転を狙う農夫や、借金に追われる市民等もその競争に入ってくるのだ。

 当然今の今まで生きている賞金首は、そう言った者達を全て逆に葬り去って来た者たちだ。それを日常的に狩る必要のある賞金稼ぎは、彼らを容易く圧倒できる程の卓越した戦闘力が必要となる。

 二つ目は情報。

 自前の情報網でも、信頼できる情報屋でもいい。世界は広い。闇雲に探し回っても、狙い通り賞金首を見つけられる保証は無い。無論歩いているだけで賞金首に出会うような不運幸運な人間もいるが、それは例外だ。

 潜伏している位置、敵の素性、戦い方、背後に付いている何者か。それらを推測し、事前に危険を察知するためには、正確な情報は必要不可欠だ。

 そして最後の一つは――――。


「……何を言ったんだ?」

「秘密よ秘密! ほら、さっさと昼食後の運動と洒落込むわよ!」


 泣きついてきた子供の願いをほぼ無償で聞いて上げられるようなスプーン一杯の優しさ。

 それが、賞金稼ぎバウンティ・ハンターになる為の条件だ。

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