第9話 祓魔の銃

「復活?」

「あぁ。再誕、復興、蘇生。損傷した肉体の治療と、失われた魂を再度宿らせる。それがこの契約の内容だ」


 姿はデルガーのまま悪魔がそう告げると、次の瞬間からまるで水が押し寄せるように。みるみる内に眉間の傷が癒えていく。

 そして、数秒後には何事も無かったかのように、傷一つ無いデルガーが立っていた。


「そんなこと、ベラベラ私たちに喋ってもいいのかしら」

「契約内容の秘匿は含まれていない。だが、このまま此奴を目覚めさせても結果は同じと見た」


 デルガーの肉体が隆起する。

 筋肉は風船のように膨張し、血管の脈動が目に見えるようになる。頭部の皮膚を突き破り山羊のような角が巻き始めた。服の背を貫通し、蝙蝠の如き翼が何度か羽ばたく練習をする。

 悪魔憑きと呼ばれる者達がいる。

 悪魔により肉体を乗っ取られることで、周囲に対し無差別に暴力的な言動を引き起こすようになる状態の事だ。

 ただそれが引き起こるのは、宿主の人間が悪魔に抵抗しているからこそだ。だからこそ、悪魔祓いの儀式により悪魔を追い出すことが出来る。

 ではもし、宿主が悪魔を完全に受け入れたら。


「ふむ、現世は久しい。こんなものか」

「絵に描いたみたいにお手本の悪魔ね。オリジナリティが無いわ」

「それは正しい。薔薇と言ったか? 我々の種族の個としての境界は曖昧だ。故に全ての悪魔が我々であり、全ての悪魔が我々でないのだ」

「……皮肉だったのに、なんだか小難しい話になって来たわね」


 面倒そうに吐き捨てた薔薇が、両手の銃を一斉に放つ。

 ただ、効果は薄い。

 全ての銃弾は確かにデルガーだった悪魔の眉間に収束した。だが、先程のように風穴を空けた直後から、肉体が再生を始めるのだ。

 宿

 混乱を避ける為、表社会では知られていない事だ。

 強靭な魂を持つ悪魔が人間と言う肉の器に完全に定着することにより、強靭な魂を持ちながらも物質界に存在できる、怪物が完成する。

 金属が打ち合わせられる音が鳴り、薔薇は装填していた銃弾を全て地面に落とした。そして、両手でシリンダーを振り出した銃をガンプレイ――――トリガーガードに入れた指を支点に銃をクルクルとハンドスピナーのように回す行為――――させながら、ピンと指で弾いた弾丸を器用に装填していく。

 そして再び、銃口を悪魔に向ける。


「無駄、無理、無謀だと知ってまだ戦うか、愚かな」

「あら、無駄かどうかは……まだ確かめてないでしょうッ!?」


 二丁同時の発砲。今度のそれは悪魔の肉体を貫かない。着弾と同時に破裂し、内包されていた液体が身体に付着する。

 肉が溶ける異音と、悪臭。悪魔が目を見開いた。


「これは……」


 触れた部分の皮膚が焼け爛れ、白煙を生じさせている。

 肉体への定着の際に赤黒く変色していた皮膚がでろんと捲れ、隠されていたピンク色の肉が顔を出した。

 。答えは一つしか無い。


「聖水か」

「チッ、精度が。やっぱ通常弾には劣るわね……」


 当たったのは一発だけ。もう一発は、悪魔の頬を掠めただけだった。

 問題は精度だけではない。

 聖水弾は薄い金属の中に聖水を注入し、火薬のスペースを削いでいる。その為通常の弾丸と比べ、推進力にも難がある。


「やはり目障りだな。契約に無関係な人間の不殺は含まれていない」


 悪魔がその一歩を踏み出すと同時に、巨像が小瓶を投げつける。内包された液体に、悪魔は本能的な危険を感じ取った。

 地鳴りがするほどの重く、深い踏み込みと同時に巨像が大きく剣を薙ぐ。軌道上にあった小瓶を割り、内包されていた聖水を纏った刃で。

 だが遅い。悪魔は大きく飛び退くことでそれを回避し、巨像が刃を返す前に間合いを詰めた。

 同時に、同じような深く重い踏み込み。振り抜かれる拳に内包されたエネルギーは、大砲の榴弾を優に凌ぐ。


「ウッ……ッ!」

「木偶!」


 まともに拳を喰らった巨像が大きく吹き飛び、屋敷の壁に打ち付けられた。巨大な亀裂が迸り、バウンドした巨像が地面に落ちる。

 薔薇がすかさず聖水弾を放つが、大した足止めにはならない。腕を構えて銃弾が急所には当たらないようにしつつ、ゆっくりと歩みで距離を詰めていく。

 聖水弾は威力にも問題がある。同じ銃で撃てるように、弾丸は彼女が持つリボルバーキャバルリィに対応している大きさで作られている。

 当然、注入できる聖水の量もほんの少ししか無いのだ。

 ただ、時間稼ぎとしては十分だった。

 立ち上がった巨像が再び刃を振るう。聖水の飛沫を恐れ、悪魔は再び背後に跳ぼうとしたが、それを阻止するのが薔薇の投げたナイフだ。

 それらは地面と水平に悪魔へと飛来し、悪魔の胸へ深く刺さる。


「フンッ、これが何の――――」

「戻っておいで?」


 薔薇が手元を大きく引き寄せる。ナイフの柄の先端に括りつけられた細い糸が、同時に悪魔の上半身を大きく前傾させた。

 聖水を纏った剣が、悪魔の腹を浅く斬り付ける。


「何のォォッ!!」


 巨像が刃を返す前に、力任せに後ろに下がろうと悪魔は身体を反らせる。

 薔薇の身体がぐんと引き寄せられる。しかし完全に移動する前に、薔薇は再び銃声を鳴らした。


「これは……――――」


 今度は、聖水を装填した方ではない。

 銃を上に投げ、それが落ちるまでの間に太腿のもう一丁を抜き取ってすぐに、銃弾を撃ち放ったのだ。

 弾丸は悪魔の膝を貫通し、大きな穴を開ける。

 聖水弾ではない。しかし、


「グゥ……ッ!」


 そのまま、返す刃が悪魔の首を捉える。

 小気味いい肉の断たれる音と共に、悪魔の視界が急激に回転し始めた。

 当然だ。切断された首が、回転しながら宙を舞っているのだから。


「え……」


 何度かバウンドし、転がり、そして止まる。そうなったことで、悪魔は漸く自身の状況を理解したようだった。

 九十度回転した世界で、悪魔は薔薇と巨像の二人を捉える。視界の端が黒ずんでいく、息苦しさが、喉の辺りからせり上がって来る。

 いくら悪魔の力とは言え、首の無い状態で生き永らえることはできない。待っているのは、ただただ昏い、死。


「馬鹿な……馬鹿なァァァァッッ!!!!!」


 悪魔が叫ぶ声に、薔薇は不快そうな表情で耳を塞いだ。


「今際の際くらい静かにしたらどうかしら。主も耳を塞いで天国に通してくれなくなるわよ?」

「我々が……完全に受肉した我々がたかが人の子に祓われるだとォッ!? そんなこと……そんなことはあってはならなァァい!!!!!」


 咆哮。首から下が、徐々に再生していく。

 悪魔という存在は人間とは違う。人間とは異なる世界に住む、超自然的な生命体だ。だからこそ、何が起きてもおかしくはない。

 ゆっくりと、牛歩の如く速度で、しかし着実に失った部位が再生していく。このまま行けば、数分後には元の肉体に戻るだろう。

 それを見た薔薇は呆れを隠さずに大きな溜息を吐く。屈み込み、落ちた悪魔の首に目線を合わせ、冷笑と共に口を開く。


「往生際が悪いわよ?」

「黙れ小娘ッ!! 待っていろッ! 最初に殺してやるのはお前だッ!!」

「はぁ……」


 立ち上がり、首に背を向けて数歩距離を取る。

 そして、巨像の装備の中から金属片を取り出し、思い切り転がっている首の真上に投げた。中空で、顔を覗かせた朝陽を金属片が乱反射し煌めく。

 すかさず銃口をそれらに向ける。聖水弾を装填していない方の、もう二丁の銃で。

 早撃ち。金属片が地面に落ちる前に、彼女は片方六発計十二発の弾丸全てを撃ち切る。

 放たれた弾丸の輝きは、通常の物とは違う。無論、聖水弾とも。


「……――――祓魔の聖堂カセドラル


 甲高い金属音が連続する。

 跳弾に次ぐ跳弾。金属片を壁として、全ての弾丸が幾度も軌道を変化させていく。金属片が半分に割れても、その破片すらも壁として。

 そしてまるで収束するように。全ての弾丸が同じタイミングで。全方位から悪魔の頭を貫いた。

 再生はされない。その弾丸の組成は、古くから退魔の力を有すと扱われてきた、なのだから。


「あのね、そう言われて待つ訳ないでしょ? 忙しいのよこっちは」


 そう吐き捨て、彼女は面倒そうにホルスターに銃を収めた。

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