第7話 強襲

 一方通行の下水道だが、豪邸付近の昇降口は外側に凹むような空洞になっているようだ。薔薇はその中を覗き込み、敵を観察する。


「……」


 この空洞は質素だが休憩室の役目を担っているようだった。

 壁から一定の距離を取って並べられたソファーに、テーブルの上にはトランプ。薔薇側の壁にもたれ掛かり、煙草を吸っているのが一人。席に着きトランプを愉しんでいるのが三人。梯子を挟んで壁にもたれ掛かり話しているのが二人。計六人。

 そのどれもが同じような服装に、拳銃を装備している。それを確認し、薔薇は顔を引っ込める。


「増えてるじゃない……どういうことよ」

「……援軍」

「だとするとかなり不味いわ。バレてるじゃない、私たちのこと」


 唯一勘付かれる可能性があるとすれば、先刻の銃声。

 だが、汚水の流れは激しい音を伴っており銃声と程度気にならない筈である。


「……だが」

「えぇ、バレてるならバレてるで厳戒態勢を敷く筈だわ。つまり、勘付いてはいるけど確証は無いんでしょうね」


 薔薇は顎に手を置き思案にふける。


「どうする? 六人を逃がさないようにするのは結構骨が折れるわよ」


 位置関係で考えると、最も近いのが壁にもたれ掛かってる兵士であり、次がテーブル。少なくとも、四人の兵士の間を潜り抜けなければ梯子の二人までは辿り着けない。

 一人を逃がせば、主たるデルガーは薔薇たちの襲撃に確信を持ち、全兵力を投入するだろう。そうなると、いくら薔薇と巨像の二人であろうと標的を殺しての逃走は至難の業だ。


「あれで行きましょうか。木偶、いいわよね」


 返答の代わりに、巨像が頷いた。

 溜息を吐いた薔薇が、面倒そうに両手を掲げる。巨像はその矮躯の腰元を摘まむようにして、右手の中指と親指で持ち上げた。

 さながら人形で遊ぶ子供のようだ。巨像はそのまま緩慢とした動作で見つかりに行くように、六人の前に躍り出た。


「え」


 兵士の誰かが二人の存在に気付き、声を上げた時には巨像は薔薇を持った手ごと振りかぶった直後だった。

 まるで弩のような速度で、巨像の手から薔薇が射出される。

 空中でナイフを抜き、薔薇は体勢を整えた。そうして着地したのは、見事に梯子の上。それも丁度、梯子を挟んで駄弁っていた見張りの首元。

 膝を大きく曲げ衝撃を殺し、ナイフの刃が二人の首を貫く。

 対する巨像は思い切り腕を振り抜いた勢いで大きく前に踏み込み、左手で近くの壁にいた兵士に肘鉄を振る舞う。


「な、なんだお前ら!」

「てっ敵だ!」

「木偶、上への蓋は閉まってるわ」


 三人が手早く銃を抜き、一人が薔薇へ。もう二人が巨像へ銃口を向ける。

 薔薇は敵の首に刺さったままのナイフを抜かず、這うような低姿勢で狙いを定まらせずに一瞬で間合いを詰めると、走った勢いのまま顎を蹴り抜く。

 頭蓋が揺れ、脳が揺れる。兵士の意識はその一撃で、確実に刈り取られる。

 巨像は銃口を前にしても冷静だ。既に意識を失った兵士の頭を鷲掴みにすると、急な接敵で狙いの定まらない兵士へ投げ付けた。

 避けられず、体勢の崩れた兵士を、二人纏めて既に抜いた斬馬剣で縦に分断する。もう一人は、手の空いていた薔薇が銃のグリップで喉を強打した。


「あぁぁぁぁぁぁ――――――――」


 痛みに泣き叫ぶ最中で、首と胴体が別れを告げる。別離を強制させた張本人は、大きく剣を振るい血糊を振り落としてから背中に担ぎ直す。

 見回しても、これ以上の敵はいない。制圧は完了した。


「ふぅ」


 パンパンと埃を払うように手を叩き、薔薇は転がっていた死体からナイフを抜き取る。


「よいしょ、蓋が閉まってて助かったわ、よいしょ」


 薔薇は気絶している兵士に抜き取ったナイフで止めを刺す。巨像は、再び遺体を細かく分解していた。

 いつものように薔薇はナイフを拭い、巨象はものの数分で解体を終えた。屍を汚物に浸からせ、二人は梯子の前に立つ。


「一応アンタ先に行きなさいよ。上がったら銃を構えた兵士が待ち構えて蜂の巣、なんてことあったら敵わないわ」


 断ることなく、巨象はカツカツと金属音を立てながら梯子を上る。やはり靴底にも金属が入っているんだなと薔薇が他人事のように思っている内に、巨像は既に天井の蓋に手を掛けていた。

 少しの力で持ち上げ、後ろを含め周囲を確認する。

 暖色の灯りに照らされたそこには、待ち伏せにより巨像を取り囲む銃口は勿論兵士の脚らしきものは無い。人気が無く、物音もしない。誰もいないようだ。


「……何もいない」

「じゃあ早く上がりなさいよクソ木偶。私をいつまでこの悪臭漂う空間に閉じ込めるつもり?」


 蓋を横にずらし上にでる。

 暖かな光はガス灯だったようだ。金属と、見事なガラスの意匠は鈴蘭を模しているようで、その再現度も高い。花弁のしわや、雌蕊めしべ雄蕊おしべ。そこには高い技術が窺える。

 壁に飾られた絵画も一級品だ。

 油絵の質感とタッチは、少なくとも近い時代のものではない。恐らくは、数百年は前の著名な画家によるものだろう。見たことは無いが、そう確信に至らせる品がその絵にはあった。

 絵画や灯りなどの、目に見えたものだけだは無い。壁や、絨毯、天井の意匠。全てが豪奢であり、荘厳だ。

 いつの間にやら出て来ていた薔薇も、鈴蘭のランプに見惚れているようだった。


「……凄いわね。とんだ大富豪だわ。あのランプだけで幾らになるのかしら」

「……手が届かん」

「そうね。私たちじゃ手が届かない品ばかりだわ。……折角だから割ってく?」


 巨像が首を横に振ると、薔薇は「冗談よ」とおどけて見せた。

 二人は目標を思い出し、周囲の警戒に移る。

 見たところ、二人がいるのは通路の行き止まりのようだった。向かってすぐで通路は直角に曲がっており、通路全体を見通す事は出来ない。

 薔薇が素早く角の先を覗き込む。


「誰もいないわ」


 薔薇が角を出て、手招きで巨像を呼ぶ。

 遥か遠くまで続く通路には、人の気配一つ無い。不気味な程である。二人は武器に手を掛け、注意深く周囲を警戒しながらゆっくりと歩いて行く。


「取り敢えず上がるわよ。こんな金持ちが一階で会議なんてする訳無いでしょ」


 通路に度々ある窓の先には、外で控える兵士が何人もいた。それらを一瞥しながら、見つからぬように二人は登れる場所を探し歩いて行く。

 ふと、ある窓の前に差し掛かった時、先行していた薔薇が足を止めた。巨像にハンドサインで留まるように指示し、薔薇は念入りに窓の先を確認し始める。


「この窓の前だけ敵がいないわ。出るわよ」


 室内は道が限られている為、警戒する箇所が少ない。その為発見のリスクも大きくなる。このまま室内を進むのは、確実だが危険。そう踏んでのことだ。

 銃を片手に窓を開け、するりと音も無く窓枠を潜り抜け素早く周囲を見回すも、敵はいない。

 奇しくもここは厩舎のようだ。数十頭もの馬と、荷馬車が並べられている。奥の方には豪華な装飾の為された馬車もある。恐らくは、デルガーや衛星サテライトが乗る為のものだろう。

 彼女は窓枠を超えようとする巨像を傍目に、屋敷の壁を舐めるように確認していく。


「計四階ってとこね」

「……手伝ってくれ」

「通れないの? 仕方ないわね……」


 伸ばす両手を掴み、薔薇が思い切り巨像を引っ張り出し、薔薇は再び壁を眺める。


「雨樋があるわ。私は登れるけど、アンタは? 無理よねそうよね知ってたわ」


 巨像が答えるよりも先に否定する。ただ、実際にそう答えようとしていたので巨像は何も強く言えなかった。

 薔薇が雨樋を行くとなると、巨像はここに待機か。なんて相談をしている内に近付く気配に、二人は気付かない。


「どうです、見事でしょううちの壁は」


 そうして思案に耽る二人の後ろから掛かる声に、二人はただ息を呑むしかなかった。

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