第17話 王太子殿下のまさかの気持ち

 

「魅了の魔力、ですか」


 聞いたことはある。魅了とは、自分に好意を抱かせる魔法だ。強弱や発動条件には色々あるって聞くけれど……。


「ハッ!それでは、殿下はスカーレット──聖女様に魅了されていたから、アンジェリカ様にあのようなとんでもなく嫌な態度を取られていたんですか!?」


 なるほど!と納得していたのだけれど、殿下は苦々しい顔をしてうめき声をあげた。


「そ、そんなに私は嫌な態度だったか」


「ええ、それはもう」


 だけど、魅了されていたなら仕方ない。

 と、思ったけれど。

 あれ?そう言えばアンジェリカ様は、もう何年も前から殿下はアンジェリカ様をほとんど見ないし、目が合っても嫌そうな顔をされるって言ってなかったっけ?


「アンジェリカへの私の接し方に、魅了の影響は関係ない……」


「ええっ?」


「まあ、聖女様への態度がさらにカフィルス嬢を傷つけたのは間違いないでしょうけどね」


 シルヴァン様がフォローなのか追い打ちなのか分からないことを言うと、王太子殿下はもう1度「うぐっ」とうめいた。


「あれが魅了の影響じゃないだなんて、つまりただの嫌な人って、こと……!?」


 驚きのあまり思わず本音を声に出してしまうと、王太子殿下は自棄を起こしたように頭を抱えて叫んだ。


「自分でもどうにかしたいと思っていたのだ!だからこそステラ嬢、君を私のメイドにしたかったんじゃないか!」


 絶望して嘆くような様子にはちょっと同情するけれど、さっぱり意味は分からない。


「殿下。だから、ステラをメイドにしようとするのは得策ではないと言ったじゃないですか」


 呆れたようにそう言ったシルヴァン様が私に説明をしてくれる。


「殿下はカフィルス嬢を疎んでいたり嫌っているわけじゃないんだ」


「ええっ?でも、今までの態度が魅了と関係ないものなら、どこからどうみても……」


「そうだよね。それは殿下の愚かなところだよ。ねえ、殿下」


 シルヴァン様に残念なものを見るような目を向けられ、殿下は顔を真っ赤にしながら叫んだのだった。


「私はアンジェリカを誰よりも大事に思っているし、あ、愛している!しかし、アンジェリカが可愛すぎていつからか素直に好意を示せなくなってしまった。だから、アンジェリカとの仲を取り持つことに協力してほしくて、彼女のお気に入りである君を私のメイドにしたかったのだ!」


 とんでもないことを言い出した殿下に絶句してしまう。


 で、殿下……!

 まさかの、とんでもないヘタレで不器用なだけだったということなの!?

 嘘でしょ!?おまけに完全に裏目に出て、アンジェリカ様をますます傷つけているし!


 あんぐりと口を開ける私の肩を、シルヴァン様が宥めるようにポンと叩いてくれた。


 ええー、それにしても、どうしよう。

 スカーレットとのことは、魅了の影響もあったし、恋仲だったというのは根も葉もない嘘らしい。

 きっとスカーレットが自分にいいように言いふらしていたんだわ。この前みかけた時にしていたように、決定的なことは言わないけれど、そう匂わすようにして。


「殿下。それはもう、勇気を出して自分の正直な気持ちを告げるしかないと思います。これまでたくさんアンジェリカ様を傷つけてきた分、つべこべ言わずに殿下が頑張らないと。このままではアンジェリカ様を本当に失ってしまいますよ」


「……そうだな」


「もうひとつ。魅了の影響のせいでそう見えただけではなく、聖女様はご自身と殿下が恋仲であるかのように吹聴しています。状況が最悪すぎてアンジェリカ様はきっとそれを信じているので、すぐに誤解だと説明するべきです」


「なに……!?それは本当か!?」


 目を丸くして、顔を真っ青にさせた殿下を見るに、本当に気づいていなかったんだろうと思えた。


「聖女はむしろ、私にアンジェリカが私との婚約を厭っていると言っていたのだ」


「本当にそうであれば、聖女様との関係を理由に、さっさと婚約を解消するように動いていたと思いますけど」


 そう、アンジェリカ様が傷つき、涙を流しながらもそうしなかった理由はひとつ。王太子殿下のことが好きだったからだ。

 どれだけ辛くても、どれだけ酷い態度を取られても、好きだったから。

 正直、王太子殿下に思うところは大いにあるけれど、私にはアンジェリカ様の幸せが一番大事なのである。


「……すまない。本当は魅了の魔力のことについても話さなければならないのだが、今はとにかくすぐにアンジェリカのところへ行かなければ……!」


 顔色を変え、決意に満ちた目をした王太子殿下がドアの方へ駆け出す。

 部屋を出ていく殿下の後ろ姿に慌てて問いかけた。


「アンジェリカ様がどこにいるのか分かるんですか!?」


「ああ、私は不甲斐ない男だが、アンジェリカのことは誰よりも見てきたからな」


 迷いのない返事に、きっとお2人は大丈夫だと思えた。



 シルヴァン様と一緒にその場で大人しく待っていると、間もなく殿下は戻ってきた。

 ──私がアンジェリカ様と初めて出会ったあの生垣の葉っぱを、髪に絡ませたアンジェリカ様と一緒に。

 泣いた後で目元を赤くしているアンジェリカ様が恥ずかしがるのも構わずに、殿下は甘い表情でその葉っぱを取ってあげている。



 アンジェリカ様、良かったですね!

 きっと、もうあの場所でアンジェリカ様が1人ぼっちで泣くことはないはずだ。


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