第7話 一番お知り合いになりたい人
今日も今日とて武器庫の方へ向かいながら、私は昨日のことについて考えていた。
(スカーレットが美しいのは間違いないし、聖女様って存在が尊いのも理解できる。だけど……)
微笑みながらも目元を赤くしていたカフィルズ様──アンジェリカ様。私のような下っ端に「お友達になったんだから、どうかアンジェリカと呼んでちょうだい」と小首を傾げたとってもとっても可愛いお人。
そんな高貴で上品で麗しくて、そんでもって可愛くて優しくて素敵な人を婚約者に持ちながら、私みたいのの耳に入るほどスカーレットに夢中になって、彼の方を泣かせるだなんて……!
(見る目のない王子様っ!)
沸々と怒りが湧いてくる。だけど私にはどうしようもないもんね……。
私の立場では王太子殿下と話すことさえできない。むしろ顔を合わせることもなかなかないし、お姿を見るだけでも超絶運がいいレベルだもの。
(罪に問われないならいっぱいいっぱい文句言ってやりたいくらいだわっ!)
そんな風に不敬なことばかり考えるのに一生懸命になっていて、ここ最近の警戒心がちょっと緩んでいたのかもしれない。
後ろから誰かの足音がするなっと思った瞬間、ポンと肩に触れられた。
「やっと見つけた」
「え」
振り返ると、そこにいたのはよりによって避けに避けていたあの黒髪の美しい男の人だった。
不敬なことばっかり考えてたら私の不敬を断罪する(かもしれない)存在がやってきてしまったっ!
「あ、あ……!」
「え、大丈夫かい?」
「ああああぁ、申し訳ございませんんんん!!!!」
「!?」
かくなる上は謝罪しかない!誠心誠意謝罪すればちょっとくらい同情して初犯無罪で許してくださるかも……!いや、今まで謝りもせずに逃げ回っていた時点でちょっと怪しいけど。
だけど本当に心の底から反省してますどうか届いて〜〜!!
飛び上がって地に伏せた私は、半泣きになりながら額を地面に擦り付ける。
すると、そんな私の前に男の人が慌てて膝をついた。
「待って待って、君は何について謝っているのかな」
「それはもちろん、私めがあなた様に働いた不敬についてです……!本当に申し訳ございませんでした!!」
「えーっと?まずは顔をあげようか?」
ん?
さすがに何かおかしいなと気づいた。この方、なんだか怒ってはなさそうな??ひょっとして、私の不敬に気づいてらっしゃらない?
そうよね、だってあの時この方は直前まで眠ってらしたもの。その可能性は大いにある。
うんうん、きっと気づいてい──
「もしかして、君が寝ていた僕の肩に触れていたことを言っている?」
「本当に本当に申し訳ございませんっ」
ないわけがなかった!
生き延びたかと期待させておいて叩き落すなんて神様の意地悪!いや、もはやこの世に神などいないのかもしれない。ようやくようやくスカーレットや義両親から逃れて、魔術師団入団への道の第一歩を踏み出したところだったのに。
……違うわね。人のせいにしちゃいけないわ。家でほとんど口を開くことがなくて、話をするとしたら冒険者ギルドのおおざっぱで気持ちのいい冒険者たちばかりが相手で、貴族としてのたしなみなんて全く身についていなかった。
私は言葉も咄嗟に出ちゃうし、行動もよく考える前に起こしてしまう。この軽率さが全ての元凶だわ……。
「えっと、僕の方こそ申し訳ない。そんな風に怯えさせてしまうとは思わなくて……僕は君を責めたいんじゃなくて、お礼を言いたくて探していたんだよ。不敬を問うなんてとんでもない」
神はいた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
黒髪の男性に少し話をしたいと言われて、私は彼を初めてみたあの人目につかないベンチに並んで座っていた。やっぱりここはこの方のお気に入りの場所なんだとか。そこだけ私の思った通りだった。
「改めて、君にお礼を言いたくて探していたんだ」
「はあ、ええっと」
不敬問われない!クビにならない!国外追放もない!って、安堵でいっぱいで流してしまっていたけど、そういえばさっきもそう言っていたよね。
だけど、はて。私、お礼を言われるようなことがあったかしら?
「最近、ずっと肩が重く、ひどい頭痛がして気分が悪かったんだが、あの日君が寝ている僕の肩に触れた瞬間からすっかり調子が良くなった。本当にありがとう」
「ええっと……?」
どうしよう、なんで私がお礼を言われるのかさっぱりわからない。
どう考えてもそれってたまたまでは?
「それで、質問なんだけれど、君はとても高度な治癒魔法を使えるのかい?」
「いえ、全然全く微塵もそんなことはございません」
「えっ」
なるほど、偶然私が触れたタイミングで調子が良くなったせいで、私が治癒魔法を使ってこの方を癒したんだと思われたのね。
え、どうしよう。気まずすぎない?だって私は高貴な人にあるまじき埃を取ってあげただけなのに……。
私の答えに男の人はちょっと考え込むような様子を見せた。
まさか、治癒魔法を使ったなんてことが勘違いだとわかったらやっぱり不敬で罰せられるなんてことはないよね……!?
「……なるほど、僕の勘違いだったのかな……」
やがてポツリと呟くと、気を取り直したように顔を上げて、私に向かって微笑んだ。
「まあこれも何かの縁だし、またこの場所で会った時には話し相手になってくれると嬉しい」
「えええっと」
そうよ、まだ問題が残っていた!この肩がやっぱり高貴な人で、万が一高位文官様だったりしたら、あんまり気に入られるのもまずいのでは!?
そう考えて咄嗟に返事をためらった私を見て、男の人は何かに気づいたようにハッとした。
「申し訳ない、自己紹介を忘れていたね。僕はシルヴァン・メイウッド。メイウッド公爵家の者であり、この王宮魔術師団の副団長を務めている。怪しいものではないよ」
「どうぞよろしくお願いします私はステラと申します!!!」
まさかの一番お知り合いになりたい人と言っても過言ではない立場の方だった!!!!
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