死にたがりに捧げる約束

相上おかき

曖昧センセーショナル

「レイ、あのさ、話聞いて欲しいんだけど」

「だいじょーぶ。聞いてるから」

 そう言ってレイはスマホから顔を上げようとしない。彼女はいつもそうだ。時間さえあればスマホを開き、SNSか何かを確認している。スマホと親友かっていうくらいに手放さない。そんなに触りたいなら私と一緒にいないで、さっさと家に帰れば良いのに。

 放課後の静かな教室にSNSの更新音が響く。

「私さ、死のうと思うんだ」

「へー、いつ?」

 レイの問いかけに、「え?」と腑抜けた声を出した。

「き、決めてないけど」

 私がそう言うと、レイはスマホの画面を指差した。指の先には最近駅近にできたお洒落なカフェのデカ盛りパンケーキの写真があった。ごろごろと宝石のように輝くベリーや艶やかなシロップが、これでもかと載せられている。

「次の日曜、パンケーキ一段増しキャンペーンらしいから行こうよ」

 今日は何曜日だ? と思い、確認すると、まだ火曜日だった。あと五日もある。

「それって一人じゃ行けないの?」

「アタシに一人で行けって? ルミ様はそんな薄情な人間なんですなぁ」

 レイは目を合わせて、わざとらしく笑った。私が断れないのを知っての顔だ。

「わかったって、一緒に行くから」

「わーい、ありがとー」

 

 日曜日、カフェに行ったあと、レイが本屋に寄りたいと言い出したので着いていくと、私に一冊の本を渡してきた。来月映画化するから先に原作を読んで欲しい、と。夕陽色の小さな花が描かれた可愛らしい表紙の本で、少女と狩人が互いの孤独を埋めていく異世界ファンタジーだそうだ。特に興味は湧かなかったが、支払いまで済ませてから持ってきたので、読んだ感想くらいは伝えようと思っていた。しかし、溺れるように世界に魅入ってしまった。それを伝えると、レイは嬉しそうに「やっぱりね」と言って、映画の予約までしてくれた。

 そして今、私は机の上に置いている薬瓶をどうしようかと考えている。

 死ぬつもりだった。たとえ衝動的なものであったとしても、生を捨てることを一度心に決めてしまった。そのために薬を用意した。でも今は、こんなもの捨ててしまいたい。

 楽しい気持ちでいるけれど、もしまた死にたくなったら?

 いや、本当に死にはしない。きっと私は、いつでも死ねる安心感に縋りたいだけだ。逃げる道があるんだと、自分に言い聞かせたいだけなんだ。

 薬瓶を掴んで、過去の私を振り払うように、そのまま鞄に押し込んだ。

 

 学校に行くと、レイはスマホを触っていた。私が声をかけると、待っていましたと言わんばかりに顔を上げて、画面を見せてきた。

「ルミ、見てよ。前に渡した本の作家さんが明日新作出すって、だから買いに」

 その言葉を遮って、レイに薬瓶を手渡した。

「え、何? どうしたのさ? プレゼント?」

「これ、預かってて」

「中身は?」

「言えない」

「どうしてアタシに?」

「わからない。でも、レイに持っていて欲しい」

「はは、なんじゃそりゃ」

「また私が死にたいとか言ったら、その瓶を捨てて」

「……」

「お願い」

 レイは薬瓶をじっと見つめてから私に突き返した。

「アタシじゃダメだよ。他の人にしな」

「なんで?」

「明日、学校来ないかもよ?」

 いつも見せない寂しげな表情で微笑んだ。レイは薬瓶の中身に気付いている。私が何をしようとしていたのかも全部。きっと、レイも私と同じ感情を背負っている。

 

 私たちは放課後、公園のブランコに身を任せていた。ブランコが軋む音に掻き消されるほど小さな声で、順番にぽつぽつと独り言のように自分のことを話した。

 私にレイの苦しみは理解できないし、解ろうとも思っていない。甘い理解で同情なんてしたら、余計に彼女を苦しめるだけだ。

 話の終始、レイがスマホを触ることはなかった。彼女曰く、SNSを確認するのは、現実逃避をするためだったり、私と何かをする予定を立てたりするためだそうだ。

「アタシ、ルミを理由に生きようとしてた。わざと遠くの予定立ててさ」

「私もだよ」

「迷惑じゃなかった?」

「全然。むしろ、私より私の好きなもの知ってるなって」

「はは、何年親友してると思ってんの?」

「それもそうだね」

「ねぇ、ルミ。明日、もし時間あったら」

「わかってるって、本の新作出るんでしょ? 一緒に行くに決まってるよ」

 私たちは見つめ合って笑った。

 死ぬのなんていつでもいい。ただ今だけは、二人で笑っていたい。

 本当に死ぬのを決める日まで、もう少しだけレイと一緒にいよう。

 ブランコを漕ぎながら、紫と群青に染まった曖昧な空を吸った。

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死にたがりに捧げる約束 相上おかき @AiueOkaki018

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