凪根もかは騙されない

櫻井桜子

第1話 オレオレ詐欺①

その日、凪根なぎねもかは風邪をひいていた。

体温、37.5。

「あ゛あ゛あ゛、やっばのどのねんまぐごろざれだ」

そんなわけで、私はおとなしく布団に収まっていたのだ。

暑いくらいの布団の中でまどろんでいたのだが。

トゥルルルル、と固定電話が鳴った。



※ここから余分な濁点なしでお送りします。



「あ? ったくよぉ、こっちは自宅療養中なんだよ察しろぼけぇ」

よろよろと、低血圧を感じながら騒いでいる固定電話に辿り着き、受話器を取った。

「はい、凪根です」

「もしもし!? 俺だよ!」

誰だよあんた。誰か訊いてないのに『俺だ』って言うな。怪しいだろ。

「はい、尾礼さんですか?」

「はい?」

なんてことだ…。

渾身のボケが通じないなんて、あんた終わってるぜ。

「じゃあ誰ですか」

「ごめん、風邪ひいちゃって、声が分かりにくいかも」

いやあんたの事情とか知らん。はよ名乗れや。

「ほら、おばあちゃん、俺だよ」

そこで私はピンときた。

これはいわゆるオレオレ詐欺ってやつだ。身内のふりをして金をだまし取る、最も有名な詐欺。

それにしてもコイツ失礼だな。いくら風邪ひいてるからってシニアの皆様方と20代を間違えるとはな。

相手は詐欺師なんだ。ちょっとだけからかっても罰は当たらないだろう?

「ああ、なんだ、ユウスケかい。いやあ、てっきり詐欺師かと思ったよ」

「っそ、そそ、そうかな」

こいつ動揺しすぎだろ。なんで掛け子やってんだ?

「わかった、あれだろ? 私の誕生日を祝ってくれるんだろ? 直接来てもよかったのにねえ」

「あっ、あー、そ、そうだね、来年こそ会いにいくよ」

「いや、私の誕生日七か月後だから、半年後においで」

「へ?」

くくく、なかなかいい反応してくれるじゃないか。

「というか、同じ家に住んでるんだから、わざわざ固定電話に掛けてこなくてもいいんじゃないかい?」

「あー、あー、えーと…、何言ってんだよ、今日は出勤日だろ」

「ほおん…。ついこないだまで高校生だったのにねえ。今日は、何で電話したんだい?」

「実は、お金の入ったカバンを落としちゃって。どうしてもお金が、今日、必要なんだ。母さんと父さんは助けてくれなかったし…。おばあちゃんだけが頼みの綱なんだ!」

「ふうん。なんだか、映画みたいな話だねえ」

おお、本題に入ってきたな。

「お電話変わりました、ユウスケの上司で、カイバラです」

なんか、令和のオレオレってこんな感じなのか。上司を出させることで安心感を出すってことだな。

「ほおん。上司さんもいるなら心配いらないね。いくら入用だい?」

「ざっと1000万くらいですね」

「光井銀行の七巻支部でいいかい?」

「もちろんだ! 俺は、相手先の説明に行くから行けないけど、同僚を向かわせるから!」


というわけで、I'm in 光井銀行、である。

一応、最寄りは避けておいた。

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