スピッツのインディゴ地平線を好きになってもらう為だけに書いた小説です。

クロネコ太郎(パンドラの玉手箱)

第1話


 

「なあ悠馬、インディゴ地平線って聞いたことあるか?」

「知らないな、何だそれ?」

「ま、スマホで調べてみろよ」

「だから何なんだよ?」

「お前が好きそうな曲だからさ!」

 智也はニヤリと笑みを浮かべ、軽く肩を叩いてきた。


「分かった、分かった、家に帰ったら調べるわ」

「忘れんなよー?」


 全く鬱陶しい。智也はいつも訳の分からない面倒事を増やすんだ。どうせまた下らない曲とかに違いない。


「じゃあ、また明日な」

「曲の感想聞かせろよー!」


 家に帰ると早速、自室に籠った。

ベットに寝転がり、スマホを開く。

 

 今日も随分とキツい練習だった。水泳はただでさえ体に応える。高校の授業終わりとなれば尚更だ。

 

 ボーっとスマホを弄っていると眠気が襲ってきた。先程まで理解できていたはずの動画も、何を言っているのかさっぱり分から無くなる。でもその感覚が心地良い。

 

 しばらく寝落ち直前の状態が続き、あと一歩で眠りこけそうな時だった。

 

ピロン!


不快な携帯の音が鳴り響く。

 

ピロン!ピロン!


通知音は止まらない。

 

ピロン!ピロン!ピロッ


「うるさいわ!」

 携帯を壁に叩けた。


 すっかり目が覚めてしまう。

 スマホを拾い上げ、何事かと思いロックを解除する。

 通知の送り主は智也だった。


 「勘弁してくれよ……」

 

家にいる時ですらだる絡みしやがって……


 

メッセージの内容は

インディゴ地平線どうだった?

の後に既読が着くまで、スタンプを連打していたらしい。

面倒だったので、黙れ!と返信。

これで少しは怒りが伝わったかな。


溜め息をつきながら部屋の椅子に腰掛ける。


「タイミング考えろよなぁ」

眠気は飛んでいってしまった。

特段やることも無いので仕方無くインディゴ地平線を動画サイトで調べることにした。


 そのまま検索するとすぐに見つかった。タイトルにスピッツ/インディゴ地平線と書いている。

 スピッツ――バンドの名前は聞いたことがあるものの、曲は知らない。母が好きだと言っていたので、恐らく聞いたことはあるんだと思う。


 サムネイルで1番最初に目に入ったのは一人の男性だ。真ん中に立ち、ギターを携えている。

 手前にマイクがある事を考えると、彼がボーカルだろう。


 背景は、タイヤ型の物が並んでいて紐で連結されているように見えた。何か意味があるんだろうか。

 画像は荒く、かなり昔の物だということは分かった。


 タップすると同時に、重低音が鳴り響いた。イントロはゆったりとしていて、音の一つ一つが共鳴するような感覚だった。ボーカルが歌い出すと、イントロの印象を崩さ無いまま、言葉で心を打ちつける。ボーカルの歌い方はまるで喋り声のような滑らかさだ。さらに出だしの歌詞が深く耳に刻み込まれた。

 ――君と地平線まで、遠い記憶の場所へ――

それはまるで、今の俺の気持ちを代弁してくれているようだ。

 

 最近、とても窮屈な人生を送って居る。

 毎日のように部活で怒られ、高校二年上ってからはクラスへ馴染めず、辛い、苦しい、心狭い気持ちで一杯だ。そんな今に嫌気がさし、いっそ家からいや、この国から逃げ出したいとすら感じ始めた。

 でも、一人で逃げる勇気は無い。ただ虚しいだけだと分かっているから。

 

もし俺に君と呼べる人がいて、一緒に逃げられるのなら――俺はきっと逃げることに躊躇しないだろう。


 まあ、そんな事、妄想の夢物語だと分かっている。

 もちろん君なんて呼べる人は思い浮かばない。俺を理解してくれそうな人なんて金輪際現れないのかもな。

 でもこの曲は少しの間、妄想の世界へと連れて行ってくれた。

 

 そうして全て聴き終えた。曲の時間を見ると四分半ぐらいらしい。四分半もあるとは思えないぐらいあっという間に時間が過ぎ去った。

 

「あいつの選曲にしては期待以上だったな」

 

 気分はスッキリしていた。心に溜まっていたわだかまりを吐き出せたらしい。

 もしかしたら、なんだかんだ智也は俺の事を分かってくれているのかもしれない。

 荒んだ俺の様子を見て勇気づけようとして居たんだろう。

 だとしたら悪いことをした。礼の一つぐらい言わなければダメだろう。

 

 智也にメッセージで送った黙れ!を取り消す。

既読は付いていたみたいだが、まあ良い。

 俺はメッセージを送る。


☆☆☆☆☆

     

悠馬  インディゴ地平線、結構良かったよ。

    教えてくれてありがと。


智也  だろ?


悠馬  智也はこの曲聞いてどう思った?


智也  俺は聞いてていつも思うんだけどさ、

    更に高みへ、それこそ目に見えないよ

    うな場所までずっと、ずっと昇ってく

    ような感覚がするんだよ。

   

悠馬  確かに、言われてみればそん

    な感じだったな。


智也  誰も届かない場所、高みを目指し続け

    てるっていうか。多分作曲者も、そう

    いう意図込めて作ったんだと思う。

 

悠馬  なんか良いよな。常に高みを目指し続

    けるみたいな生き方、憧れるわ。

    俺、こんな良い曲を今まで知らなかっ

    たんだな。ちょっとスピッツ好きにな

    ったかも。


智也  じゃあ明日、もっとスピッツの曲教え

    てやるよ!


悠馬  うん。頼むわ!色々助かった!


☆☆☆☆☆


 俺はスマホの電源を切り、椅子にもたれ掛かる。

 

「更に高みへ、か……」


 再びインディゴ地平線を再生して、俺は考える。常に高みを目指しつづけるような生き方とはどんなものだろうかと。

 名誉、金、を追い求めるのはどうかと考えたが、それはなんだか違う気がする。

目標を自分で決めて努力し続ける?

うーん、それも違う。

 

智也にも聞いてみたいな、それも明日聞こうか。

どういう経緯でこの曲を知ったんだとか、色々と話すのが楽しみだ。

 

 数回リピートして曲を聴いている内に猛烈な眠気に襲われた。それに加えて頭まで痛くなってくる。ジンジンとした痛みは頭を震わせているようだ。なんとか目を開けていたはずが、視界が揺れ始めている。もしかしたら、夢なのかもしれない。それでもインディゴ地平線の音だけは、はっきりと聞こえていた。

 

――少し苦しいのは、少し苦しいのは、何故か嬉しいのは――


頭が回る。脳が震える。何も分からない。

 でも、曲だけは聞こえる。

 

―― あの、ブルー ――


それを聞いたのを最後に感覚は途絶えた。

 


ハッと、目を覚ました時、俺は何処までも広がる緑の地平線の上に立っていた。

 


 

 

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