ひとりぼっちの逃亡者

神原 怜士

エピソードI 「籠城」

 危機一髪だった。警察に追われ逃げ込んだその部屋は、内側から厳重に鍵が掛けられる部屋でした。


(何もない…。)


 その部屋に窓は無く、外の様子が分からない。入り口のドアを閉めて鍵をかけた瞬間、外界からの音が遮断されたかのように静まり返った室内。照明のようなものは無いのに自然と明るいその部屋は、天井も壁も床も全てが白く塗りつぶされていました。


(家具も…白いのか…。)


 普段なら当然と考えるトイレの便器も、全てが白いとその存在を忘れてしまうかのようにひっそりと佇んでいる。冷蔵庫も洗濯機もあるのに、テレビだけは無かった。


(中身は…。)


 冷蔵庫を開けて中を確認する。しっかりと区分けされたスペースに冷蔵保存しなければならない調味料類から肉、野菜、飲み物はアルコール類まで詰め込まれている。


(はぁ…、これが逃亡の身で無ければ…。)


 俺が何故こんな事になっているのかと言うと、俺の趣味はギャンブルだ。馬、船、自転車、バイクからパチンコ、カジノといったものから、株取引のようなギャンブル性の高い取引まで、結果俺は8億と言う借金を抱える事になってしまった。

 この借金を返すため、俺は様々な犯罪に手を染めてきた。横領、詐欺、窃盗。借金はみるみるうちに減っていったが、気づけば警察に追われる身になっていた。


(自業自得…。このまま逃げ切りたいところだが、逃亡中に偶然見つけたこの部屋に籠城していれば、危機を脱するかもしれない…ん?)


 全てが白に塗られた部屋の小さなクローゼットの壁に、ひと際赤く塗られたボタンがあり、その下に同じく赤で文字が書かれている。


「危険:このボタンを押さないでください」


(…。非常ボタンか?)


 興味本心でそのボタンに指が向かってしまうが、もしこれが押され部屋全体にサイレンが鳴り響いたら、きっとこの部屋の住人は不法侵入に気づいてしまうかもしれない…。そう思ったら、一旦落ち着いてクローゼットを閉めました。


 時計の無いこの部屋で、時間を知ることはできませんでした。スマホは足がつくので持っていないし、腕時計は金属アレルギーが出やすいので持っていない。


(まぁ鍵閉めてるし、大丈夫か…。)


 アパートに偶にある内側専用の鍵と外出用の外部連動鍵の2つがあるため、例え内側から鍵を開けられても、すぐに中へ侵入する事は難しいと思う…が、警察が強行突破してくればドアを壊してでも入ってくる可能性もあった。


(そういえば、この部屋少し息苦しいな…ドアが無いせいかな…。)


 密閉空間では一酸化炭素中毒になる恐れがあるためか、キッチンはIC仕様となっている。換気設備もあるため調理中のトラブルは無いはずなのに、換気口を動作させても息苦しさは改善されなかった。


(蛇口も白、シンクも白…。水は…出るか。)


 トイレもあるのだから当然ながら水は使えるようだ。しかし、湯船は無くシャワーのみ使えるようになっている。私は汗だくの衣類を全て洗濯機に投入し、よくわからない白い箱に入った洗剤をぶちこんで洗濯を始めると、そのままシャワーを浴びました。


(なんだろう…何か違和感を感じる…何か忘れている気がする。)


 そう思ってシャワールームから出て辺りを見回す。何度見てもその違和感がはっきりとしない。


(そうか!電気…照明だ。照明のスイッチが無い!)


 私は急いで辺りの壁と言う壁を見て回ったが、照明のスイッチらしきものは見当たらなかった。入ってすぐ照明が無いのに明るいと感じていたのに、証明自体を点けるスイッチすら無い事に驚く。


(お腹が空いたな…2日くらいは食べていないだろうか…)


 逃亡と無一文(借金有り)状態で、食料を摂取できていない事がここに来て自覚した私は、冷蔵庫から適当に食材を引き出して、適当に炒めたり、煮込んだりしておかずを作ると、無心で胃袋の中に詰め込んだ。


(静かだな…。)


 水道も電気も使えるのに、この部屋は娯楽できる機器を置いていなかった。テレビでもあれば、少しは孤独を紛らわすことができるのに、壁や床に耳をあてても物音ひとつ聞こえる事はなかった。


(やっぱりあの赤いスイッチを押して見るべきなのかな…。)


 クローゼットの中にある謎のスイッチが頭から離れません。「押すな」ともっともらしく書かれているあのスイッチは一体なんなのか。逃亡生活の疲れのせいか体が少し重たい感覚がして、思考能力が徐々に失われてくる。

 この部屋の住人には申し訳ないが、今日はここで束の間の睡眠を取ろうと、白いフカフカのラグに置かれた白いテーブルに、腕を枕にして仮眠を取ることにしました。


 どれだけ仮眠しただろうか。目が覚めても相変わらず目がチカチカするほどの白い部屋にいました。住人は帰ってきていないのだろうか。静かすぎて逆に耳が痛くなりそうな雰囲気に、息苦しさと体の怠さは仮眠前と変わらず続いていました。


(いったいこの部屋はなんなんだ…。)


 俺は再びクローゼットのスイッチ前にいました。


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