11 デウス・エクス・マキナ

 私は、学生時代のある友人と会うようになっていた。SNSを通じてだった。

 彼は、Kといった。

 Kは学生時代、私にはまるで野生児のように見えた。

 体育の時間には、ひっきりなしにバク宙をしていた。私が女の子たちと教室で話しているとき、Kは扉を思い切り閉めて、どこかへ行ってしまった。

 Kの家に遊びに行ったことが何度かあった。彼の自室の壁には大穴が空いていた。

 彼の母親に、一度だけ会ったことがあった。彼女は庭で、草花の手入れをしていた。

 私には、彼女がどことなく神経症的だと感じられた。


 私は、地元の駅前の飲み屋でKと再会した。

 私には、彼が大分落ち着いているように見えた。

 それは表面を取り繕っているわけではなさそうだった。つまり、ペルソナではなさそうだった。

 彼の中で、明らかに何かが変化したように、私には思えた。

 しかし、私はそれほどそのことに対し驚きはしなかった。かつての悪友の一人も、Kと同じように、変化していたからだ。

 つまり「人は変わる」ということを、私はそのとき経験上、知っていたのだ。

 ちなみに、その悪友から話を聞くと、どうやら、ある家庭教師の先生との出会いが、彼に変化をもたらしたようだった。その悪友の家庭も、いわゆる機能不全家庭だった。私やKの家と同じように。

 その後も私とKは、ネットやリアルで交流を重ねた。

 話を聞いていると、Kは心理学を勉強しているようだった。

 彼は、本やネットでそれを独学で学んでいるようだった。彼はカウンセリングを受けていたらしく、それがきっかけだったのかもしれない。

 私は彼の話に、とても興味を惹かれた。食い入るようにその話を聞いた。私は小説を書いていたからだ。

 小説や物語を書くということは、人間を書くということだ。人間を書くということは、人の心を書くということ。だからいつか、心理学の勉強もしなくてはいけないと思っていたのだ。彼との再会は、まさに渡りに船だった。

 私は飲み屋や喫茶店で、Kの講義を——彼にしてみれば、ただの雑談に過ぎなかったのだろうが——興味深く聞いた。

 彼の話は面白かった。その話は、彼の体験に根づいていたからだ。取ってつけたような——まるでAIチャットのような——薄っぺらい道徳論ではなかった (余談だが、当時の私の周囲には、そういう常識から一歩もはみ出さないような道徳論を得意げに語る人たちが多く、その話が私をいつも苛つかせていた) 。



 週末になると、私は度々Kの家に遊びにでかけた。

 Kは実家暮らしだったが、母親が病気で亡くなり、父親は蒸発していたので (しかし、そこのローンは、彼が払い続けているようだった) 、その家は実質、彼のものだった。

 私とKは、彼の家の庭で、よくバーベキューをした。私は、彼の家の近所のスーパーで、よく肉と酒を買っていった。

 私はKに度々、心理的な問題で相談をしていた。SNSでもリアルでも。端的に言えば、「俺は発狂しそうで困っている」という話だった。

 その相談は、ただ愚痴を言うための口実ではなく、本当の相談だった。私は本気でそれを解決したがっていた。

 彼は、自身の身の上話を私にした。要約すると、こんな話だった (話のディティールは、もう忘れてしまった。仮に覚えていたとしても、その話は詳細にするべきではないだろう) 。


 俺は、両親から愛されなかった。

 母親からは虐待 (モラル・ハラスメントも含め) をされ、父親は家を出ていった。

 俺は、淋しかった。

 俺が小学生の頃、ある先生がいた。

 その先生は、俺を愛してくれた。生徒たちのうちの一人だったとしても。

 俺には、そういう記憶がある。

 「俺はもう大人だから、淋しさなんて感情はない」と俺はそれを認めなかった。

 しかし、俺の心の底に——底の底には——、「子供のように誰かに甘えたい」という感情が確かにあった。

 つまり、俺の心の中には、依存心が確かに残っていた。

 それはまだ、解消されていなかった。俺はそれを、ずっと見て見ぬ振りをしていた。それを、心の奥深くに抑圧していた。

 そして、俺はそれを認めた。抑圧されていた、その感情・欲求を意識化した。

 俺は、先生のことを思い出した。先生に愛された記憶を。

 俺はその記憶に浸り、そこで子供の頃の自分に戻った。つまり、俺はそのとき、退行をした。

 俺はその世界で、先生に甘えたんだ。


 私はその話を聞いても、特に不快感を催さなかった。

 私はKに対して、抑圧された自身の側面 (欲求、感情、そして記憶) を投影していなかったのだろう。

 しかし、私の中にも、依存心は確かにあった。

 私はそのとき、それらの感情、欲求、そして記憶を、抑圧ではなく、解離、分離していたのだろう。

 無意識下に押しやるのではなく、自我から切り離していたのだろう。だからそれらを、私は意識していなかったが、一方で、他者に投影もされていなかったのだろう。


 ある夜、KはSNSで、私にこう言った。

 「お前にも、そういう人がいなかったか?」

 私は「いない」と答えた。

 「よく思い出してみろ」と彼は続けた。

 私は少しのあいだ、考えた。

 これまでの記憶を思い返してみたのだ。

 そして、私の脳裏に浮かんだのは、おばだった。

 おばとの記憶だった。

 「恥ずかしいか?」とKは私に言った。

 私には、自分の中の淋しさを——子供のように誰かに甘えたいという感情があることを認めることに、強い抵抗があった。

 彼が言うように、私は恥ずかしかったのだ。

 曲がりなりにも、大人としてのプライドがあったのだ。

 しかし、私は彼の言うことを信じ、それを実行してみようと考えた。

 藁にも縋る思いだったからだ。この苦しみから解放されるのなら、何だって試してやろうと思った。

 私はそのとき、どん底にいた。深海のような場所に。これ以上、落ちることはあり得ないと思った。

 私はここまで落ちなくては、変わろうとする意志を持ち得なかったのだろう。


 余談だが、人はちゃんと絶望しないといけないのかもしれない。中途半端な絶望は、何も変えはしないだろう。

 「ちゃんと絶望する」とは、「それを直視する」ということだ。

 例えば、三島由紀夫がボディビルを始めたのは、自身のひ弱な肉体を直視したからだ。「アオジロ」と呼ばれた自身の身体を。言い換えるなら、それを認めたからだ。

 それを認めなければ、それを変えようとする発想すら、その人の中では生じないだろう (あるいは、それを肯定しようとする発想すら) 。「それ」を認めないということは、その人の中で、「それ」はないことになっているのだから。

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