第15話 この笑顔が、ずっと続いてくれたら。

「いらっしゃいませ!」


「やぁセレナさん、今日も元気だね」


 にっこり微笑みながら来店したのはハントンさん。最近お店に来てくれるようになった常連さんで、商業ギルドの職員さんをしているらしい。

 こうしてお昼のお食事の後で食後のデザートの代わりにドーナツと紅茶で一服していってくれるのだ。

 秋も深まり、じきに冬も訪れるだろう。お外がちょっぴり寒くなって、あったかい紅茶が美味しい季節になっている。

 ミルクをたっぷり入れたホットミルクティーと、生クリームたっぷりのクリームドーナツの組み合わせはこんな肌寒い日にはピッタリで、かなり多くのファンを掴むことに成功していた。

 以前だったらアイスティーなんて飲み物は出していなかったけど、あたしが自前で賄い用に作ってるのを見たアランさんにせがまれあげたら翌日からメニューにちゃんと載っていた。

 まあメニューはあたし考案の文字とイラスト入りのもの。それも黒板を使ってるから簡単に書き変えができるようになっている。

 その影響で温かい紅茶はホットティー。冷たい紅茶はアイスティー。そう呼び分けるようにもなって。


「ハントンさん、今日は何にされますか?」


「そうだね、ホットミルクティーとシナモンリングにするよ。後でアランにも話があるから、仕事が一区切りついたら呼んでくれないかい?」


「わかりました。それではご用意しますのでお席でお待ちくださいませ」


 慣れた手つきでミルクティーを用意し、アランさんにも声をかけなきゃ。


「アランさん、商業ギルドのハントンさんがお話があるそうですよ。お仕事一段落したら来てくださいって」


「おう、ハントンは何飲んでる?」


「ホットミルクティーです」


「ならもう少しはいいか。やつは猫舌だからな。飲むのにも時間がかかる。だが……。おいジャン、いい加減な測り方するなよ。ドーナツの生地は出来上がりの温度が全てなんだ。今は気温も粉の温度も低くなってるんだから、卵液と水温、そいつの温度をしっかり計算してやらないとダメなんだからな。サボるなよ!」


「はい、先輩」


「ああ、いい返事だ。じゃぁ任せたからな。オレはハントンのところに行ってくる」


 キッチンを出てそのまま自分用のアイスティーを持ってイートイン席で待っているハントンさんの所に行くアランさん。

 キッチンに残ったジャンはといえば……。

 えらく真面目な顔をして真摯にドーナツ作りに取り組んでいた。

 変われば変わるもんだなぁなんて思いつつ、それでももしかしたらこれが彼の本当の姿なのかもしれないな、なんてそんなふうにも考えて。


 新メニューだったふわふわリングたちにはシナモンシュガーもラインナップに加わった。

 そして、ジャムに生クリーム、カスタードクリームに、なんとカカオ入りのクリームまでもがラインナップに加わって、順調に利益が出るようになっていた。


 っていうか、新メニューで頑張って利益が出るようになって、おまけにドーナツをジャンに差し出す代わりに借金と相殺、アランさんはそうやって真面目に借金も返して行くつもりだったのだけれど、その前に王都のジャンのお店が潰れてしまったからしょうがない。

 潰れそうだって噂が本当になった形。

 ドーナツを食べた男爵令嬢がお腹を壊したとかいう噂が広まって、貴族の怒りを恐れたジャン、大急ぎでお店を畳んでガウディに逃げ帰ってきていたのだった。

 モーリス・ロックは元々地下社会にも顔の効くやり手の大商人って話だったけれど、ジャンといえばそんな祖父ほどの度量もなかったのだろう。

 元々悪評が立っていたお店、貴族に目をつけられ逃げ道を塞がれる前に、と、自ら畳んでこの街に戻ってきて。


 その後、モーリスさんのカミナリが落ちてアランさんを交えて話し合った結果、このミスターマロンで一から修行する事になったジャン。

 その話し合いでどんな会話があったのかはあたしは知らない。

 アランさんも言わなかったしあたしがしつこく聞くのもちょっと違う気がして。

 でも。

 彼が、心を入れ替える、そんな言葉があったのだろうということだけはわかる。

 ジャンが最初にお店に訪れた時とは表情がぜんぜん違うもの。

 それだけは、信じてあげてもいいのじゃないかってそんな風に思うのだ。


 今でも当時のジャンの振る舞いには怒ってるし、あのショーケースを粉々にした悪いやつらの事も怒ってる。

 それでもね。

 アランさんが許したのだったらそこに口を挟むのは無粋だってそう思う。


 ううん。

 もしかしたらアランさんは最初っからジャンのことを許していたのかもしれない。

 じゃなかったらモックパンのことを「潰れて欲しくないんだ」だなんて言い方しないし、モーリスさんにガツンと言ってもらわなきゃだなんて言わないと思うんだ。


 今でも、その指導はきついけど、その奥には愛情があるんだろうなってそうも思う。

 ジャンもそれがわかってるから、こんなにも真摯に向き合ってるのかも。


 ジャンは子供の頃はアランさんに懐いていたって聞いた。

 ここからはあたしの想像。

 もしかしたらジャンはアランさんのことがずっと好きだったのかな。(家族愛の意味でね? BL的な意味じゃなくて。って、BL的な気持ちがあったかどうかは定かじゃないからここでは言及しないけど)

 で、同時にすごく嫉妬していたのかもしれない。

 商売の後を継がなきゃって思うのと同時に、自分よりも才能があってお祖父さんにもかわいがられているアランさんに。

 嫉妬と、愛情の裏返し。

 アランさんが欲しかったっていうのは、ジャンの本当の気持ちだったのかもってそうも思ったんだ。




「なあ、ちょっと相談があるんだ」


 ハントンさんが帰ったあと、アランさんが神妙な顔をして話しかけてきた。


「なんでしょう? アランさん」


「来週あたりから人を一人雇う事になった。まだ15になったばっかりの女の子だそうだ。悪いけどその子の面倒を見てもらえないか?」


「ええ。それはもちろん。でも、どうしたんですか急に」


 利益は出るようになったはず。あたしにもちゃんとお給料出してもらえるようになってるし。

 たしかに売り子さんの一人や二人増やしても大丈夫そうではあるけど。


「商業ギルドからの斡旋だよ。オレら商売人には儲けに応じて人を雇う義務がある。じゃなきゃあぶれた人間がどんどん地下に流れていっちまうからな。モーリスのじいさんなんかはそっちにも支援の手を伸ばしてたりしてたんだがオレみたいな弱小じゃ人を少し雇うくらいしかできないが」


 そう言って頭を掻くアランさん。


「ええ。任せてください。あたしがその子を一人前に育てて見せます!!」


 あは。後輩ができるって、なんだか嬉しい。

 どんな子だろう。すごく楽しみだ。


 あたしは二つ返事で応える。アランさんの顔もパッと明るくなった。


「ああ、ほんとありがとうな。セレナちゃんには助けて貰ってばっかりだ。感謝してるよ」


 そう、ニカって笑ったアランさん。


 この笑顔がずっと続いてくれたらいいな。

 このお店がずっとこうして明るく優しいお店であってほしい。そう願って。

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