第11話 対決、お父様。

「お父さんと話をする?」


「ええ、ギディオン様お願いします。わたくしをこっそり王都のリンデンバーグ家に連れて行って欲しいのです」


「そうか。どういう心境の変化があったのかはわからないけど、君がそうしたいのなら私は協力を惜しまないよ。それに、今、君の父、アドルフ・リンデンバーグ公爵は病気を理由に表社会に顔を出して居ないらしい。君が見舞ってあげるのがいちばんの薬だとも思うしね」


「え? お父様がご病気!?」


「ああ。どんな病なのか病状がどうなのか、一切外に情報が出てこないらしい。王宮でも心配されているそうだ。ああこれは姉さん情報だけど」


 ああ、そっか。

 アデライア姉様は王太子妃だから、王宮の情報も聞けるのね。


 姉様元気かな。シャルル王子ももうだいぶ大きくなったかしら。お会いしたいな。

 それこそミスターマロンのハニーリングを召し上がって貰いたいな。きっとシャルル王子なら、美味しいって気に入ってくれると思うけど。


 に、しても。

 あんなに丈夫で矍鑠としてらしたお父様がご病気だなんて……。


 アランさんがモーリスさんに会いにいくという話を聞いて。

 あたしにも少しだけ心境の変化があった。


 そう。このままじゃ、結局あたしはずっと中途半端だ。

 パトリック様と会いたくない、話もしたくないのは今でもそう、変わらない。だけど。

 ちゃんと離婚しないまま逃げ回るのも無責任にも思えて。

 このままじゃ、もしかしたらギディオン様にもベルクマール家にも迷惑をかけることにもなりかねない。

 だから。


 お父様に直訴しよう。

 わかってもらえないって、そう諦めるんじゃなくって。

 わかってもらえるよう、言葉を尽くしてみよう。

 そう、決めたのだ。


 アランさんに勇気を貰った、のかな。


 家出をして、そのまま離婚をして貰えたのならそれでよかった。

 パトリック様なんてマリアンネにのしをつけてあげたのに。

 どうやらそうならなかったってことは、マリアンネにとっても不幸なことだろう。

 だから。




「よし。それなら私もついていく」


「え? そんな、ギディオンさま」


「君をリンデンバーグ邸まで運ぶだけでは心配だ。そのまま軟禁されたら嫌だろう? だから私も、というか、私がアドルフ公爵の見舞いだと言ってリンデンバーグ家に乗り込むことにする。なあに、姉の王太子妃の名代だといえば玄関先で追い返されたりはしないだろうさ。君は私の付き添いの侍女のふりをして屋敷に入り、こっそりお父さんの部屋に向かえばいい。同じ屋敷にいれば君の魔力紋を私が見失うことはないから安心して」


 ♢ ♢ ♢


「じゃぁわたくしもご一緒に行きますわ」


 と、そうノリノリで話すニーアお姉様。

 ああ、でも?


「そうだね。ニーアならベルクマール侯爵家まで一瞬で跳べるしね」


「ええ、まあギディオンはちょっと邪魔だけど、セリーヌなら軽いしなんてこともないわね」


 そう腕組みするお姉様。


「ねえ、セリーヌ。侯爵家に着いたら御一緒にお風呂入りましょうね。ピカピカに磨いて差し上げますわ」


 え? え?


「そうだね。せっかくお父様にお会いするんだからちゃんと元のセリーヌに戻っておかないとね」


 なんだかセリフに釈然としないものを感じつつ、あたしはお姉様にぎゅっと抱きつかれ。

 そのままグルンと空間が反転するのを感じた。


 駐屯地のギディオン様の執務室から、ベルクマール侯爵邸のロビーまで。

 一瞬で移動したのだった。





「おかえりなさいませ奥様。おかえりなさいませぼっちゃま」


 急に跳ぶと驚かせるからって先に魔具で連絡してあったって言ってたけど……。


 え、え? どういうこと? 奥様? マリサさん、確かにそう言ったよね……。

 と言うことはニーアお姉様って、ギディオン様の奥様、だったの……?


「なかなか帰ってこれなくて悪いわね。変わりはない?」


「ええ、奥様。旦那様もギディオン様もお仕事漬けでお忙しいようで、お屋敷には滅多にお顔を出してくださりませんし」


「あの人も? もうしょうがないわね。また研究漬けで魔道士の塔に閉じこもっているのね。まあいいわ。この国じゃあの人以上の魔具の研究家は居ないのだし、せいぜい頑張ってもらわないとね」


 と、しょうがないわねって顔をしてすぐ思い返した様子のお姉様。


「ああでも今度の晩餐会には引っ張ってでも参加させないとだわ。なんてったってお兄様がこられるのに、弟のあの人が顔を出さないわけに行かないでしょう? あなたたちもジョアス様がお帰りになったら念を押しておいてくださいね」




 えええ?


 どういう、こと……。


「さあセリーヌ。さっさとお風呂に入っちゃいましょう。ゆっくり身体をあっためて綺麗にして。あのアドルフと対決するならそれくらい気合を入れないとね」


 そう言いあたしの手を引っ張って。


 勝手知ったる道と言わんばかりに迷わず浴室にまで連れていってくれたニーアお姉様。

 マリサさんも付いてきたからそれこそあっという間に服をひん剥かれ、あたしは浴槽に沈められたのだった。



 寝そべるようにゆったりとお湯に浸かる。

 あたしの隣にはお姉様。

 たゆたゆと揺れるお湯は気持ちがいいしお姉様とお風呂ご一緒するのはとても嬉しいのだけど、さっきの会話が気になってなんだか落ち着かない。


 ついつい隣のお姉様のお顔を覗き込んでしまう。


「あー、いいお湯ねー。生き返るわー」


 気持ちよさそうにそうおっしゃるお姉様が、ちらちら見ているあたしに気がついた。


「ん? セリーヌ。どうしたの?」


 そうこちらを見て微笑む。


 う。このお顔はわかってる? わかってあたしを揶揄ってるのだろうか。


「お姉様、奥様、なのですか?」


「ええ、そうよ。貴女はまだ小さかったしきちんとお会いしたことはなかったかもね」


 ん? 小さかった?


「ギディオン様の、奥様、なのです?」


「え? あははは。そっち?」


「そっち、って……」


 いきなり笑い出したお姉様に、ちょっと膨れてみせる。


「ふふふ、ごめんねぇ。あまりにも貴女の勘違いが可愛くって、ついつい笑ってしまったわ。ほら、もう拗ねるのはやめて。そんなにほっぺた膨らましてるとかわいいお顔が台無しよ」


 そう言ってあたしのほっぺたを指でつつくお姉様。


「もう、やめてくださいお姉様。わたくしそんなに子供じゃありません」


「ほんとごめんねぇ。あまりにもかわいかったものだからつい。わたくしはね、貴女のお母様の姪にあたるの。と言っても貴女よりもお母様の方に歳は近いのよ」


 え? ええー?


「貴女のお祖父様、前皇帝陛下の孫にあたるわ。つまりは貴女とわたくしは従姉妹同士ってわけかしら」


 従姉妹……。お姉様が従姉妹……。


「で、わたくしの旦那はジョアス。ギディオンはわたくしの息子なの」


 え、え、え!!?


「と言っても、ギディオンの生母は別のお方ですけどね。ギディオンを産んでそのままお亡くなりになったキャロライン様。わたくしはその後ジョアス様と結婚した、後妻ですから」


 はう。もう複雑すぎて訳がわからなくなってきた。


「まあそう言うことね。わたくしも聖女のお仕事が忙しくてなかなかこちらには来れなかったし、セラ様とは親しくしていましたけど貴女と直接お顔を合わせたことはほとんどなかったから、覚えてらっしゃらないでしょうけど」


 そうこちらを見るお姉様。


「ふふ、でもね。貴女がこんなにもかわいらしく育ってくれてわたくしも嬉しいわ。ね? これからも本当の姉妹のように仲良くしましょう?」


「お姉様。こちらこそよろしくお願いします。すごく嬉しいです」


 ♢ ♢ ♢


 お風呂あがってお着替えして。

 綺麗にドレスアップしたお姉様はとても綺麗で。

 こうしてみると髪の色は違うけれどあたしがお姉様にお母様の面影を感じていたのも納得できる。

 それくらい、よく似ていらした。

 いつもの聖女の衣装じゃなくて貴族っぽいドレスだから余計にそう見えるのかも。

 あたしはベルクマール家の侍女のお仕着せを着せてもらった。

 髪も目ももとに戻してあるけど、お父様に会えるまではウイッグをつけていくことに。

 茶色のウイッグとメガネ。これであたしだって気が付かれないかも。


 リンデンバーグ家までは馬車に乗っていくことに。

 前触れなしで押しかける。なんとか中に入れてもらえればこちらの勝ちだ。

 流石に王太子妃の名代と帝国筆頭聖女の二人を断ることなんてできないだろう、から。



 ♢ ♢ ♢



 エントランスまで押しかけたことで根負けした執事に案内され応接室に通されたあたしたち。

 旦那さまに確認して参りますと部屋を出ていく執事セバス。

 に、しても。

 義母さまもマリアンネもいないのかしら?

 屋敷の中はとても静かな状態だった。


「じゃぁちょっとこっそりお父様のお部屋に行ってきます」


「ええ、頑張ってねセリーヌ」


 ここからお父様の寝室はそこまで遠くない。廊下にも今は誰もいない。

 うん。急ごう。

 お父様の寝室の隣にはお母様とあたしの部屋。あたしが結婚するまで使ってた部屋があり婚姻後も里帰り用に残っている。

 あたしの部屋が移動をしたというのは特に聞いていないし、私物も残してあったはずだからまずそのお部屋で着替えよう。

 侍女服はこのお屋敷で目立たないようにって配慮なだけで、お父様に会うのならちゃんと元のあたしの姿でないと怪しまれたりわかってもらえなかったりしたら嫌だ。

 お父様ったら今まであたしの顔なんかいつもしっかり見てはくださらなかったし、侍女服のままだとちゃんとあたしだってわかってくれるかどうかもわからないもの。


 スルッと部屋に潜り込む。

 ああ、これでちょっと安心だ。

 大急ぎでウイッグを外し、侍女服を脱ぐ。

 そのままワードローブを漁ってドレスを見繕う。

 あたし一人でも着られるのを探してシンプルだけど上品に見えるお母様のお古のドレスを見つけた。

 胸から下は花柄の刺繍で埋め尽くされ、腰から下がふんわりと広がるワンピースドレス。

 お母様が好きだったドレス。大きくなったら絶対に着るんだと思ってしまってあったけど、着る機会もなくてワードローブのこやしになってた。


 うん。これにしよう。


 着替えが終わり髪を整えて。

 お父様の寝室へと続く扉を開ける。

 この部屋はお父様のお部屋と続きになっている。廊下に出なくてもお父様に会いに行けたけれど、子供の頃のあたしは拒否されるのが怖くて一度も開けたことがなかった、けれど。


 カチャン。


 扉を開けるとそこは、カーテンも全て閉めてあるのかとても薄暗くて。

 奥にあるベッドには確かに誰かが寝ていらっしゃるのがわかる。

 お父様がご病気って、ほんとだったの?

 ゆっくり、なるべく足音も立てないよう気をつけてベッドの脇まで歩くあたし。


 ああ……。


 なんだかしばらく見ない間に随分と老けてしまったようなお父様の寝顔がそこにあった。


「お父様……」


 胸の前で両手を合わせ。

 祈る。


 お願い、キュア。

 お父様を治して。


 ふわっと金色のキュアの粒子が舞って、お父様の身体に吸い込まれるように入っていく。


 お願い。

 お父様、元気になって……。


 涙がほおを伝って落ちたのがわかった。



「セリーヌ、か?」


 回復魔法が効いたのか、お父様のお顔の色も随分と明るくなって。

 ふわっと目を開けたお父様、すぐにあたしのことに気がついてくれた。


「大丈夫ですか? お父様」


「ああ。これは。お前が祈ってくれたのだね。すっかりと良くなっているようだ……」


 お父様ゆっくりと身体を起こしてあたしをみつめる。


「ありがとう。お前が見舞いに来てくれるとは思わなかった。マリアンネに聞いてくれたのかい?」


 え?

 お父様、もしかして何も聞かされていない?


「あ、いえ。お父様、でも、どうして……」


 たとえご病気だったとしても、今は良いポーションも多い。

 万病に効くポーションがあるわけではないけれど、それでも体力を回復させるだけならよく効くお薬もあるはずだ。

 お母様が亡くなってから今までに、国内のお薬の状況もかなり進歩しているはずなのに。


 それに。

 お父様のお身体にはもう病巣は残っていない。

 ポーション魔法の権能のおかげか、あたしには病気の人の症状も、お薬の効能も、鑑定することができるから。


 さっきまでのお父様は確かに全身が疲弊し内臓にもダメージが蓄積されていた。

 でも。

 それに対応する病巣を見つけることはあたしにはできなくて。

 今こうして改めて鑑定してみても、「健康体」としかいえない状態になっている。


「お父様! もしかしてお父様、何かお薬とか飲んでいましたか?」


「ああ。体調がすぐれなくなってすぐマリアンネが持ってきてくれたこれだ。お前が用意してくれたのだと聞いたが……」


「マリアンネ、は、今どこに?」


「ん? どう言うことだ? マリアンネはお前の仕事を手伝うのだと、アルシェード公爵邸に入り浸りではないか?」


「義母様も、ですか?」


「ああ。マリアンネの世話は他の人間には任せられないと言ってついていったさ。まあ、わしは一人でも大丈夫だからと許可を出したが」


「どうして……」


「お前がパトリックのもとで頑張っている、領地の仕事も任され大変なので手伝ってあげたい。お前にも頼まれた。そうマリアンネは言っておったが……。違うの、か?」


 あああああ。

 なんてこと。なんてことを……。



 見せて貰った薬は毒だ。

 即死するわけでもなくすぐに効果が出るわけでもない、遅効性の、毒物。

 前世の日本で言ったらヒ素みたいなそんな毒。


 まさか、パトリック様の指示だろうか?

 だとしたら、どうして?

 お父様はパトリック様にとっても恩人なはず。

 どうして……。



 それと。

 今日はいつにもなく饒舌にあたしに色々お話をしてくださるお父様。

 気が弱っていらっしゃるのかな。

 以前のような問答無用な圧力は感じない。

 病み上がりのせい?


 どちらにしても。


 今日、ここにあたしが来ることができて、よかった。

 お父様の命を救うことができて、本当によかった。


「ごめんなさい、お父様……」


「どうした……、セリーヌ?」


「わたくしのせいかもしれません……。わたくしがパトリック様の元から逃げ出してしまったから、あの人……、でも、なんで……」


「逃げた、だと?」


「ごめんなさい、お父様。お父様に逆らう形になってしまいましたが、わたくしパトリック様の浮気にもう耐えられなくなってしまって、自分の名前だけ書いた離婚届を置いて家を出ていたのです……。もう、ひと月近くになりますわ……」


 怒る、ような、驚いた、ような。そんな複雑な表情でこちらを見つめるお父様。


「わたくしが……、わたくしが家を出てさえいなければ、お父様をこんな目に遭わせるような真似、絶対にさせなかったのに……。もっと早く気がついていれば、お父様をこんなにも苦しめることなく治して差し上げることができたのに……。ごめんなさいお父様……」


 涙がこぼれてきてもうはっきりお父様の姿を見ることができなかった。


「そうか。よくわかった。だいたいの事情は飲み込めた。奴め、恩を仇で返すとは許せん……。お前はベルクマール家で匿われていたのだな。先ほどセバスからベルクマール家からの見舞いが来たと報告があった。体調がすぐれず帰っていただくようセバスには言ったのだが、お前も一緒だったというわけか。辛い思いをさせてすまなかった。もっとわしが気をつけていれば……本当にすまない……」


 もう、お父様がどんなお顔でそうおっしゃっているのかはわからなかったけれど……。


 そのお声が、とても優しいお声だったのは、わかった。

 嫌われてると思っていたのがもしかしたらあたしの勘違いだったのかもしれない。

 そう思いなおして。

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