第4話 ドーナツ作り。

 さて、と。

 うでまくりしてキッチンに立つ。

 新しいドーナツが作りたい。アランさんにはそう許可をとってある。

 何かを変えないとこのままじゃいけないっていうのはアランさんにもあったみたいで、そこをつついてなんとか了承してもらえた。

 あたしのことを恩人だと思って信用してくれたのもあったのかも。そこのところは本当にうれしいな。

「どんなドーナツだい?」

 っていうから、グレーズでコーティングしたものと粉糖にまぶしたのだよって話したけど、そういう発想は今まで無かったみたい。

 甘いドーナツっていったら生地にあらかじめお砂糖たっぷり入れて甘くするって意識しかなかったそう。今あるものはお砂糖はずいぶんケチって果物とかの甘味を使ってるあっさり目のほんのり甘い程度のドーナツだけど、これ実はお砂糖が高騰してから考えた苦肉の策だったそう。

 本当はもっと甘いドーナツを出したかったんだって、そうもらしてた。

 まあ去年に比べたらお砂糖のお値段も随分とこなれてきて、相変わらずお高くはあるけどそれでも当時に比べ値段は下がってる。

 今ならそこまでケチらなくても大丈夫じゃない? って聞いてみたらなんと返ってきた言葉にびっくり。

 実はお砂糖は去年の高騰してる時に買い溜めして、倉庫に山ほど残っているんだとか。

 お金貸してくれておまけに大量のお砂糖を融通してくれたのもロック商会。

 要は高値で大量のお砂糖をつかまされたわけ。ほんとうにアランさんって人がいいというかなんというか。

 でもってそのあとはそのお砂糖、原価が高くなっちゃうからあんまり使えないってジレンマのままいまだにほとんど残ってて。かといって今売ったって借金返すには程遠い、だなんて話。


 しょうがないなあって思いつつも、

「今使わないでどうするっていうんですか!? お砂糖の山残したまま潰されちゃったら元も子もないじゃないですかー」

 って、納得させ新しいドーナツに使わせてもらうことにしたの。

 まあでも。

 最初のグレーズと粉糖は普通に倉庫のお砂糖から作るけれど、あとはあたしのポーション魔法で補填していくつもり。そうすれば随分と原価を抑えられるから利益もでる。お砂糖の買い足しは避けたいし。

 あ、なら最初からあたしの魔法で良かった? なんてことも考えた。

 けどやっぱりそれじゃダメ。何よりも不自然だし、それにこのやり方なら今回の件がうまく片付いてあたしが居なくなったとしても続けていけるだろうから。


 ドーナツの生地はいつもと同じものを用意してもらった。

 それをシートの上で麺棒で伸ばしてからドーナツの型で抜き揚げていく。

 この辺は前世でも経験あるから問題なくできた。


 そしてグレーズ。

 お砂糖を臼で挽いてキメを細かくしてでんぷん粉を混ぜお湯で溶かす。

 はちみつもあったからそれをちょっとだけ混ぜて味を調整してできあがり。

 熱々のドーナツにまわしかけたらうすーく伸びて自然に固まる。

 半透明なグレーズでコーティングされたドーナツは、甘味も上品でとっても美味しいの。


 粉糖は、これはさっきの臼で挽いたお砂糖にでんぷん粉を混ぜたもの。

 でんぷん粉は穀物粉に混ぜガレットにしたりと庶民の味方の食材としてお安く流通してる。

 お店にも普通に常備されてたからそれを使って。


 人肌にさめたドーナツを粉糖にまぶすと、ふんわりとした甘さのシュガードーナツの出来上がり。

 お砂糖色に白く色づいたドーナツは、すごくおいしそうに見えるし人気も出そうだ。


 見本でできたドーナツをお皿に並べて満足して。

 朝になったら味見をしてもらおう。

 そう思ったら安心したのか眠気が襲ってきた。


 ドーナツができあがった満足感にふふって笑みが溢れ、あたしはそのまま寝袋に潜り込んだのだった。


 ♢ ♢ ♢


 そういえば。

 あたしの特技のポーション魔法、水魔法と聖属性の魔法の組み合わせみたいなものかな。

 ポーションは水薬だから、グレーズの再現は簡単にできた。

 でもここで一つ問題があって。


 実は、あたしの作ったポーションは、お鍋で煮詰めると最後は何も残らず消えてしまうのだ。

 砂糖水を煮詰めるとカラメルができるでしょ?

 だけどあたしの砂糖水っぽいポーションは、煮詰めたら水分が蒸発してしまい、最後は何も残らないの。


 だから、純粋に砂糖のようなものを作りたいと思っても無理だった。お塩もね。


 そこで子供の頃のあたしは考えた。

 あたしの能力は水薬だけなの? 粉薬は作れないの? って。

 試行錯誤した結果、水薬が作れるのは水魔法でお水を精製できるからってことに気がついたあたし、なら粉薬を作るベースがあればいいんじゃないかなって考えた結果、でんぷん粉に薬効をのせることに成功したのだった。


 そう、いろんなお味のでんぷん粉が作れたの。あ、ポーションにちゃんと本物と同じ色がつけられるのと一緒で、粉薬にもいろんな色がついてきた。薬効は少しだけ元気になる程度にいつも抑えてたけど、作ろうと思えば普通にいろんな粉薬も作れたんだけどね。

 んで。お砂糖もどきも、お塩もどきも、胡椒や唐辛子だってこれで作れた。

 今回の粉糖やグレーズの補填にも、このでんぷん粉が大活躍することになったのだ。



 ♢ ♢ ♢


 夢を見ていた。

 まだこうやって前世を思い出す前の夢。


 夢の中で、ああこれは夢だなぁとなんとなく自覚する。


 幼いあたしはパトリック様が主催するお茶会によばれ、妹マリアンネと共に参加していた。

 あたしが10歳、マリアンネが8歳ぐらいだろうか、他にも同じような年代の貴族の子女が多く参加した盛大な催しだった。


 あたしはパトリック様のお隣の席、特別なそんな席に座らせてもらい、幸せな気分で過ごしていた。

 両家の婚約披露パーティはもう済んでいたから、これはあたしがこの春から学園に入学するのにあわせ、歳の近い子供らにもそのことを知らしめるものだったのだろう。今ならよくわかる。

 始終ニコニコと笑顔を崩さないあたしと裏腹に、五つ年上のパトリック様は氷のような表情を崩さずに座っていらした。

 素敵な年上の王子様。

 そんな大好きなパトリック様の隣に座れて嬉しくて。

 そんなセリーヌの感情があたしの中に溢れてくる。

 このころはまだ何も疑っていなかった。この先もずっと幸せでいられるのだと、そう信じていたのだ。


 はっと夢から覚めた。

 ん、身体が痛い……。

 ドーナツ作りに満足して寝袋に収まったあたし。そのままぬくぬくと寝られたのは良かったけれどやっぱりこの身体はふかふかのお布団でしか寝たことが無かったせいか、床の上に寝袋で、では身体中がギシギシと痛くなってしまっている。

 しょうがないから自分の体に回復魔法「キュア」をかける。

 必要にせまられなかったせいかあたしが実際に使ったことのある魔法は少ししかないのだけれど、そんな中でもこのキュアは色々役にたってくれる万能魔法だった。

 なんていったって回復から浄化、少々の怪我ならあっという間に治ってしまう。

 あまり詳しくはないけれど前世の小説なんかでよくあるヒール魔法? みたいなものだ。


 これも。

 あたしの周りに浮かぶ「キュア」たちのチカラを借りている。

 金色に光る粒のように見えるキュア。

 時々、ほんわりと彼女らの感情が聴こえてくる気もして。

(セリーヌ好き)

(セリーヌ、呼んで)

 そう囁きながらあたしの周りを飛び交うキュアはあたしにとっては幼い頃から身近にあったお友達のような存在だったのだけど、お母様におはなししても、あたしのようには見えないのだという。

 ただ、「わたくしのおばあさまはやっぱりちゃんと見えたみたいだから。あなたにもそんな素養があるかもしれないわ」といって微笑んでくれたのだった。



 身体の痛みもすーっと消えた。

 あたしはぎゅーっと背伸びをして寝袋から抜け出すとキッチンで顔を洗う。

 ふふ。こういうのも貴族のセリーヌにはできなかったんだろうなぁ。と感慨にふけりつつ、夢で見たセリーヌの感情を思い出していた。


 に、しても。

 やっぱりどうしても許せない。

 パトリック様は絶対にセリーヌの恋心に気がついていたはずなのだ。


 あの夜も。

「愛していますパトリック様」

 と、うるうるとした瞳で縋ったあたしに。

 それでも言われたあの言葉。

「私は君を愛することができない」

 この言葉はあたしの心にグサリと刺さり。

 それ以降のあたしの顔からは笑顔が消えてしまった。

 おまけにあたしを家の仕事で縛り利用するだけ利用して自分は他の女に手を出しまくるだなんて。


 ああもう、おもいだすと今でも怒りが湧いてくる。


 絶対に許せないんだから!!



 ♢ ♢ ♢



「いらっしゃい!」

「お召し上がりですか? お持ち帰りですか?」


 威勢のいい店長さんの掛け声に振り向くと、ショーケースの前に立っているお客さん。

 あたしはニコニコと笑顔を振りまき声をかける。


「これとこれは食べていきます。残りは持ち帰りで」


「ご一緒にお飲み物はいかがですか? 今日のおすすめは甘々なアップルティーです。とっても美味しいんですよ」


「じゃぁそれにしようかな。あ、あたたかい方でお願いしますね」


「はい。それでは合計で6オンスになりますね。ありがとうございます。ご用意しますのでお席で少々お待ちくださいませ」


 笑顔をふりまき接客してお客さんが選んだドーナツを袋に詰めて。

 トレイにアップルティーを用意して店内で飲食するドーナツをお皿に載せお客さんの席まで運んだ。


「お待たせいたしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」


 にっこり笑顔でそう商品の載ったトレイをお客さんの席のテーブルに置くと、


「ありがとう」


 そう笑顔で返してくれた。


 ふふふ。なんだかとっても嬉しい。



 ハニーグレイズとシュガードーナツも好評だ。

 ここのところあの悪い人たちも現れなくて、お客さんも戻ってきたみたい。少しずつだけど売り上げもあがってきた。

 口コミでおいしいドーナツの噂を聞きつけたのだろう。とくに若い女性のお客様が多い。

 あきらかにメイドさん風で、ご主人のためのお使いに来たついでに自分も少しだけ食べて帰るって、そんな人もいた。

 壊れたショーケースはガラス部分をとっぱらい、お客さんが自由に好きなドーナツを取れるようにした。

 入り口にトレイとトングを置いて、それを持って並んでもらう。

 レジの所で他の注文も一緒にお伺いする形?

 前世の日本だと割とそういうセルフ形式も増えてたけど、この世界でもすでにモックパンさんが同じような販売方法を行っているらしいからお客さんには違和感なく受け入れられた。

 今までのようにお客さんがこれだのあれだの言うのを店員が取ってトレイに載せる方式だと、ドーナツに名前の表示がないこのお店では効率が悪すぎた。

 文字が読めなくても、今ならお客さんが自由に好きなものを取っててくれるから、あとはそれを袋に詰めたりお皿に載せたりするだけだから楽だしね。


 お値段も簡単。

 ドーナツもマフィンも一個1オンス。

 ドリンクも一杯1オンス。

 ドーナツ5個にドリンク一杯で6オンス。

 銅貨6枚になる。ね? 簡単でしょ?


「オンス」とはこの世界のお金の単位。前世の世界の重さの単位に響きが似てるけどまったく別物だ。1オンスがだいたい日本の物価で300円くらいの価格で流通している。その下の単位が「オン」で、100オンで1オンスとなる。銅貨一枚が1オンス。10オンスが銀貨。100オンスで金貨一枚になるかな。金貨一枚で3万円くらいと思えばわかりやすい?

 その下の単位は1オンが黄銅貨、10オンが青銅貨、50オンが白銅貨。

 これらは全て帝国の金融局で作られて帝国内の各国で統一されたものが使われている。

 まあそれもこの100年くらいな話らしいけど。それまではギルとかゴールドとかいろんな地方でいろんなお金があったって習ったかな。

 それが統一されたのは、商人がけっこう力をつけてきたおかげだというの。

 各国をまたぐ商人ギルド。あっちの国でもこっちの国でも同じブランドを展開する大商会。

 そういった経済活動がスムーズにできるように考えられたのがこうした貨幣の統一なのだそう。


 この硬貨、金銀などをまったく同じ含有量で作るには微妙に製造原価の方が高くなる事から偽造をするような国家等は基本出ない仕組みになっている。

 もちろんそれでも含有量を減らした偽硬貨を作るやからはどこの世界にもいるもので、そういうものが流通しないような工夫も実はある。

 全ての硬貨には特殊な魔法印が押してあり、判別用の魔法具を翳せばすぐにわかるのだ。

 両替商などや商人ギルドでは常にそういった検査を行っている。

 やっぱり硬貨の価値が毀損したら困るものね。


 あたしという店番がいることで、アランさんはドーナツ作りに精を出すことができた。

 以前よりたくさんつくってもそれがどんどん捌けていくので本当に嬉しい。

 もともとマロンさんが店番を手伝っていたんだけど、マロンさんにも夜の食材の買い出しとかドリンク作ったりとかお仕事いっぱいあって大変だったみたい。


 役にたててるならほんと嬉しいなぁ。


 マロンさんがせめてと言って、毎食の賄いと部屋代は出してくれることになったからお店の床で眠らなくてもよくはなった。なかなか熟睡もできなくて困ってたから素直に受けて。

 今度はトッピングドーナツも提案しようかな。もっともっと繁盛してくれるといいな。

 そんなふうににまにま考えていた時だった。


「やぁセレナ。楽しそうだね」


 そう、ふんわりと笑みを浮かべながら金色の騎士様がお店に入ってきた。


 イケメンな騎士様は顔にかかる髪をさっと右手ではらい、目の前のいっぱいなドーナツを眺めて。



「ギディオン様、今日もドーナツを買いに来てくださったのです?」


「はは、このハニーグレーズは美味しいよね。すっかり虜になっちゃったよ」


「甘いのがお好きなんですね」


「なんでかな。すごく元気が出るんだよねこれ食べると。うちの隊員たちにも好評でさ。まあ全員分とまではいかないけど30個ほどお土産にもらって行こうかな」


「ありがとうございます。ではご用意いたしますのでお座りになってお待ちくださいな」


 すごく元気がでるんだよ、の所でちょっとだけドキッとした。

 薬効はほんと、ほんのちょっとだけ体力が回復する程度、だけど。

 まあ、甘いもの食べたら普通に元気出るし、そこまでの意味はないかな? なんて気にしないことにして。


 アランさんがすっと奥の厨房に戻って行った。

 まだそれくらいだったら在庫、あったかなぁ。

 ショーケースのを詰めちゃうと結局また出してこないといけないから、キッチンにあるのから30個袋詰めにするのだろう。

 そこまで一度に大量に買ってってくださるお客さんもほかには流石にいないけど、騎士団の人はみんな甘いものが好きなのかな? ギディオンさんはしょっちゅうこうしてドーナツをお土産に買っていってくださる。

 昨日はシュガードーナツで、一昨日はやっぱりハニーグレーズ。

 やっぱりもっとバリエーションを増やすべきかな。

 ココナツトッピングとか、ナッツを砕いてローストしたローストナッツトッピングも美味しいから。

 グレーズをもっと水で薄めたものにさっと冷めたドーナツをくぐらせて、乾ききる前にココナツとかローストナッツにまぶすの。

 いい感じに表面にくっついてくれるから、これもお勧めなんだよね。


 アランさん作るドーナツには他にもハーブを混ぜた生地とか、干し果物を細かく刻んで混ぜたものとかもある。

 ハニーグレーズとかには今までベーシックなドーナツを使ってきたけど、他のものでも試してみてもいいかも。

 味が邪魔しちゃってたらダメだけど、もしかしたらもっと美味しそうなドーナツができるかも。

 特に、りんご果肉入りのドーナツをグレーズでコーティングしたら美味しそう。

 まぁ果肉入りはそれだけでも充分おいしいんだけどね。


 イートイン席に座りニコニコとこちらを眺めているギディオン様。

 すっかり常連さんになってるけどお暇なのかしら?

 まあ偉い人らしいし?

 っていうか爵位持ちの貴族さまだったりして。

 どことなくそんな雰囲気を撒き散らしている。


 何処かでお会いしたことあったのかなぁ?

 覚えてないけどそんなふうにも思う。

 まああちらさんにはまさかあたしが公爵家の者だとは思われていないだろうけどね。

 そうそう、自分の事「あたし」だなんて言う赤毛の女が高位貴族だなんて絶対に信じられないだろうしね?


 そういえば。


 日本名の芹那って発音はやっぱりこの世界では馴染みがなかったせいか、マロンさんにも「セレナ」って聞き間違えられた。

 しょうがないなぁと思いつつ、あたしもそれで通してる。

 名前で下手に目立っても嫌だし。

「セレナ」の方が通りがいいなら、あたしの名前はセレナでいいや。

 流石に「セリーヌ」とは名のれない。万が一でも身元がバレるようなそんな危険はおかしたくないからね。


 準備ができたのかアランさんが大きな紙袋を抱えて厨房から出てきた。

 ギディオン様にドーナツをお渡ししてお会計も済んで……。

 なんだけど、まだ椅子に座ったままこちらを眺めている彼。

 相変わらずな笑顔でふんわりとした雰囲気で、決してあたしの事を探ってるとかいう風ではないんだけど、それでも。


 なんだかね。


 イケメンの人に見つめられて自意識過剰になってるのかなぁ。あたし。

 落ち着かないの。



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