KIKI × IPPATU? ~危機一髪、くぐり抜けたと思っているのは兄だけだった件について【短編賞創作フェス】

尾岡れき@猫部

KIKI × IPPATU?に至るまでのプロローグ


「お、あるじゃん」


 冷凍庫を覗けば、最後の一個。アイスが鎮座していた。チョコミント――正直、俺の好みじゃないが、背に腹は代えられない。俺は今、無性にアイスが食べたくて仕方がないのだ。


(許せ、來々らら――)


 深夜の台所。明らかに、妹が確保していた、チョコミントアイス。しかも、高級品のバーゲンダッズだ。これを食べない理由はない。罪は父さんになすりつけよう。


(うまっ。これはこれで美味い)


 でも王者、バニラには勝てないけれどな。

 一人、悦に入ると――。


「こらっ」


 突然の声に、体が跳ねる。


 ――パチンっ。

 キッチンの電気がついて。

 

 見れば、仁王立ちで、母上マミーが立っていた。









「……おあいこなのは、分かるけどね。いつまで、やりあうの? 少なくとも、あんたがお兄ちゃんでしょ?」

「んぐっ」


 だが、数秒先に生まれたからと言って、兄と言われるのは解せない。


 俺達は、双子だが、まったく似ていなかった。いわゆる二卵性双生児といわれるヤツで。母さんと來々ららはよく似ている。一方の俺――稀来ききは、父さんとも似ていない。來々ららが、そこらのアイドルが霞むような魅力をもっているから、なおさら比べられ続けた。


 ――お前、拾われた子なんじゃねぇーの?

 ――稀来きき、ジャマだって。お前、來々ららから離れろよ。

 ――本当にデキの悪い兄貴だよな。


 うん、泣いていいかな?


 振り返ってみても、ろくなコトを言われていない。それは自覚していた。まぁ、全員、拳でお話合いしたけれどさ。その後、來々ららがブチ切れ、そいつらはゲームオーバー。ザマァと思ったのは内緒だ。


「ちょっと座って」

「……へ?」


 俺は目をパチクリさせる。

 双子の食った食われたの応酬。これは我が家では日常の風景のはず。そこまで、母さんを怒らせるようなこと、していないって思うのだけれど。

 言われるがままに、座る。真剣な母さんの表情を見れば、茶化す雰囲気じゃない。


「初めに言っておくんだけれど、みんな家族だと思っているからね」

「……へ?」


「本当はね、旦那アイツと一緒に、話そうと思ったんだけれど。重く受け止められるのはイヤだって、あの人が言うから」


 意気地なし、そう母さんが呟いたのは――きっと気のせいだよね。


「……えっと?」

「私から、言うことにしたの。ちょうど、アイツも出張だしね」


「ん、ん?」

「あんたのね……本当のお母さんのことについて、ね――」






■■■





 現実感リアリティーがまるでない。

 どう、咀嚼したら良いのだろうか。


 要約するとこうだ。


 産婦人科で、病室が一緒になった兎野うさぎの小梅こうめさん。お袋いわく、通称こーちゃん。出産日が同日になった縁で、すっかり意気投合した二人だった。


 ――子どもが産まれたらね、稀来ききってつけようと思っていたの。この字なら、男の子でも女の子でもいけそうでしょ? 本当はね、もう一人産んで【ララ】にしたいって思っていたんだけれど。流石に、高齢出産だから、難しいなぁって。


 小梅母さんは、当時44歳。俺は、口を挟めず、ただ母さんの話に耳を傾ける。


 ――それなら、うちの子の名前を【らら】にしようか。女の子なのは、確定だし。

 ――調べたんだ?


 ――旦那アイツが気にしてね。女の子って聞いた時の、浮かれようったら。


 ――年頃になって、避けられないと良いね。

 ――その時は、死んじゃうかも。


 陣痛に悩まされながら、そうやって二人で笑い合っていたそうで。当然、小梅母ちゃんの腹の中に俺はいたらしいのだが、俺はまるで憶えていない。


「憶えていたら、むしろ怖いわよ」

 母さんが、渋い顔で言う。


事件は、伏線なく起きた。


 今ならワクチンと特効薬で対処できる、あの感染症。当時は開発したてのワクチンによる対処がせいぜい。それだって、重篤化を防ぐ程度。時代って、変わるモノだなぁってしみじみ思う。


 小梅母さんの旦那さん――つまり、俺の実の父さんが、covid-19に感染していたのだ。知らずに面会し、小梅母さんも感染。出産後、大病院へ転院。二人揃って人工呼吸器が装着されたが、結果は――。


「……」


「救いは、ね。二人とも同じ病院に入院したってことかな」

「母さんは感染しなかったの?」


「……幸いね」

「やっぱり最強か」

「ぶん殴るわよ」


 殴ってから言うなよ。それはさておき――。


「駆け落ち同然で、故郷を飛び出してきたらしくてね。なんとか親御さんに連絡をしたんだけれど……」


 ――とうに絶縁した子だ。そっちで勝手に処分してくれ。

 そう言って、電話を切られたそうな。


 本来なら、無縁仏。


 でも、ウチの両家――爺ちゃん達が計らって葬儀を。そして、ささやかながら墓を建ててくれたのだった。


「ほら、墓参りの時さ。いつも、もう一カ所行くでしょ?」

「あ、うん。母ちゃんの友達のって――」

「あそこが、そう」


 思い出す。どうしてウチは墓参りが二カ所なんだろうと、ずっと思っていたのだ。特に二カ所目はしっかり拝まないと、母ちゃんにしこたま怒られた。


(そういうことなんだね)

 妙に納得がいった。


「それで、俺も引き取ってくれたの?」

「それがね、最初は施設に預けるつもりだったんだけれど――」

「なに、それ?」


 美しい話かと思ったら、台無しだ。感動と尊敬を返せ。


「包み隠さず、言うわ。子ども二人を育てるって。安易に言えることじゃないから」

「……まぁ、そうだよね」


「でもね、夜泣きしなかった來々ららが、その話をしていたら、途端に火がついたように泣いてね。あの時は本当に手がつけられなくて……」


「それは流石に、ウソでしょ?」

「どうかな?」


 母さんが、ニッと笑う。想像に任せるよと誤魔化すの――それ、ちょっとズルくない?


「まぁ、來々ららが兄ちゃん大好きっ子なのは、今さらだけどね。旦那アイツがヤキモチ妬くくらいには、さ」


 まぁ、普通の兄妹で考えれば、いささか仲が良すぎるとは、自分でも思うけれど……なんか、父さん、ごめん?


「……でも、あれか。これからは、沙里さりさんって呼んだ方が良いのかな――」


 母さんの名前を呼んだ瞬間、問答無用で殴られた。


稀来きき、怒るよ」

「もう怒ってるじゃん」


「そりゃ、怒るよ。最初に言ったでしょ。稀来きき、みんな家族なの。稀来ききは私たちの息子。それ以上も、それ以下も無いから――」

「ん、うん……」


 分かっている。それは、分かっていた。普段、気恥ずかしくて言えないけれど。自分がどれだけ愛情をこめて育てられたのか。その実感はある。もっと早く聞きたかったという想いと。18歳まで待ってくれた、という感情が相反する。


「ここからは、稀来ききにお願いがあるの」

「え?」


來々ららには、このことを言うつもりはないの。少なくとも、卒業するまではね」

「へ?」

「……分かってないか。だって、稀来ききだもんねぇ」


 なんだか残念そうな目で視線を送られるの、解せない。


「は?」

「まぁ、良いわ。卒業するまで、兄妹として変わらず接して。來々ららには、このことは触れない。オッケー?」

「お、おっけー」


 コクコク、頷く。

 こうして深夜のキッチンでの告解は終わりを告げたのだった。





■■■





「ねぇ、お兄ちゃん?」


 俺のベッドの上。妹御が、いつものようにマンガを読みながら寝そべっていた。


 相変わらず、警戒心がない。兄に対して警戒心があっても困るけれど。部屋着として愛用しているショートパンツ。そこからスラリとのびた足、そしてユルユルのTシャツから時折のぞく谷間。つい俺は、目が奪われてしまって。


 ――コイツは妹、コイツは妹、コイツは妹……。


 いつも使っていた呪文。その効力が失われたことに気付く。


 もう、俺は兄じゃない――。

 先程まで妹だった、女子高生の胸元。嫌が応でも目が届いてしまう。


 上目遣いに見る、來々ららの眼差し。それすら、もう目に毒。理性で耐え続ける俺、本当にお気の毒と自分を慰める。


「お兄ちゃん?」


 ずいっと、來々ららが距離をつめる。


來々らら……?」

 


 ――卒業するまで、兄妹として変わらず接して。來々ららには、このことは触れない。オッケー?


 母さんの声が、このタイミングで脳内に反響リフレインした。


「……何か、私に隠し事してない?」


 ずりずりっと這うように、俺へとの距離を詰める。


 あとちょと寄れば、鼻頭と鼻頭が触れる――。

 それぐらい、二人の距離は近かった。



(……これ絶体絶命ピンチじゃねぇ?)



ちゅっづく】







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