第3話 承scene1
砂利道に入ってから、二十分は揺られていただろうか。
見えてきたのは空き家の数々。
どうやら廃村というやつらしい。
使われなくなった木造家屋にツタ植物が複雑に絡まり合い、今にも森の中に吸収されそうだ。
自然の力強さと共に、不気味も感じずにはいられない。
「この辺りも昭和の終わりまでは人が住んでいたみたいだけどね。今は立ち寄る者もいない」
「廃墟マニアとかは好きそうですけど」
「ネットにも情報のない場所だから、来るとしたらよほどの好き者だろう」
犯罪者が潜伏するにはもってこいの場所というわけだ。
「
伊乃木さんの指示に、私は異議を唱えた。
「ちょっとちょっとー、こんな山奥で女の子を一人にする気ですかー!」
「君の身体能力なら心配ないだろう? なにせ、俺よりよほど丈夫なんだから」
「そうはいってもー」
確かに私の体は生まれつき頑丈だ。
驚異的と言っても良い。
「どんな大男だって相手にするって言ってなかったか?」
「それはー、そのー、伊乃木さんが一緒ならって意味で……」
実際、怖いものは怖いわけで。
ただの人殺しならともかく、死体をひき肉にして弄ぶような異常者相手に、一人きりというのは不安でしかない。
「村は狭くはない。効率よく見ていかないとすぐに暗くなってしまうぞ。それこそ危ないじゃないか」
確かに効率の面を考えれば、手分けして捜索する方が良いだろう。
だけど、ふつー十代の女の子を廃村で一人きりにさせるかー?
「……ふれんち」
「はれんち?」
「ふーれーんちー! 私、高級フレンチが食べたいです!」
タダで危険に飛び込む私ではない。
口をとがらせ、上目遣いで「絶対奢らせるかんな」と気迫を視線に込める。
「わかったよ」
伊乃木さんは苦笑すると、小さく肩を竦めるのだった。
「ああ、そうそう。ここは携帯の電波も無いから、何かあればこれを使ってくれ」
「わっと」
伊乃木さんが投げてよこした巾着袋には、ホイッスルが一つと防犯ブザーが入っていた。
何かあれば音で知らせろ、ということらしい。
確かに葉の擦れる音や鳥の声しか聞こえないような山奥の村では、人工の音はよく響きそうだ。
「俺は奥の廃屋から見ていくから、君は手前のエリアを頼む」
「らじゃー!」
こうして私は、村の奥へと向かう伊乃木さんを見送る。
彼の足取りは心なしか軽そうに見えた。
「さーて。お邪魔しまーす……と」
一人になって間もなく、目の前の廃屋に足を進めた。
腐って崩れ落ちた土壁の残骸がひどい。
畳もぐちゃぐちゃだ。
廊下なんかシロアリが食んでところどころが抜け落ちている。
「ひっどいな、これ」
土埃の立つ中、奥へと進む。
窓を覆うツタが光を遮り、ペンライトの明かり無しでは隅まで見えない。
私は薄暗い中を歩き回るけれど、見つかるものは大昔の家電やらゴミばかり。
なんてことのない廃墟、という感じだ。
二軒目に移ろう。
入ってきた場所から外に出る。
曇り空。
なんだか来た時よりも雲行きが怪しくなってきたな。
さて、隣の民家はボロのわりにしっかり施錠されていたため、扉を蹴破って中へ侵入することにした。
建屋の中は最初の家よりは劣化具合が少ないように思える。
蜘蛛の巣と埃がひどいものの、わりと物が片付けられていた。
だけど、異様に暗い。
先ほどの家とは段違いだ。
窓という窓は雨戸かカーテンで遮光され、相変わらずペンライトは頼みの綱。
私はそれらを開けながら進み、できるだけ光量を確保できるよう工夫した。
すると、かつん、と私のつま先に何かが触れる。
見ればそれは、透明なビニールにまとめられた空き缶のゴミだった。
「わ。びっくりした」
人間の死体だったらどうしよう、とか一瞬考えてしまった。
何の変哲もないゴミならばひと安心……。
「いや、まって」
私は瞬時に飛びのいた。
できるだけ窓の近くへ、いつでも逃げられるような位置取りへ。
急速に思考が回り始める。
何かがおかしい、おかしいけれど、強烈に察知したこの違和感の正体は何だろう。
「そうだ、昭和のビニールならもっと劣化して……」
ふと、空き缶の底が目に飛び込んでくる。
印字された賞味期限は──間違いない、ごく最近のものだ。
ここだ。
ここなんだ。
何者かが潜伏している可能性がある建物は。
私は拳を握りしめ、ついでに、まだ見ていない部屋の隅、隣の部屋へと続くふすまの奥へとペンライトを差し向けた。
この家屋の中で最も暗いその場所に、ぼうと浮かび上がったのは。
ダークブラウンの長髪だ。
私と同じくらいの背丈をした、何も身に着けていない、
枯れ枝みたいに細くて、
土でも被ったかのように茶色い肌をした、
お腹の中身ががらんどうの、
木炭みたいな、
女の死体だ。
女の、ミイラだ。
「みつけた」
私はホイッスルを吹くのも忘れて、ゆっくりと死体へ歩み寄った。
指先が震える。
ひきつった顔で、胸にこみあげるものを感じながら、彼女のほうへ。
「間違いない。これは、私の」
無意識に自分の脇腹へと手が伸びた。
私の秘密を刻んだ本人が目の前にいる。
私が意を決して彼女のこけた頬に触れようとした、その瞬間。
りりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり!
山間の廃村に響き渡ったのは、防犯ブザーの音だった。
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