第14話 狩場のきじの -院宣を貰え- 四
《今更の注意喚起》この物語は歴史をベースにした完全フィクションです。歴史の記述に関しても史実と異なる場合が多いことをご了承ください。
荒廃した京の街、その原因は足利軍だけではなかった。足利軍の京入りをきっかけに全国の中小武士団が相次いで蜂起し、特に畿内の武士団が京に侵入してきたのだ。いずれも後醍醐帝の政治の影響で困窮した武士たちであった。その鎮圧に朝廷側の武士たちは駆り出され、また足利に与する赤松一族の抵抗もあり、西国へ渡った足利軍の追討は滞っていた。
「それでは道誉殿、私は新田軍の足止めのため父のもとへ戻ります」と赤松則祐。
「ええ、くれぐれもお気をつけて」
「……」
「何か言い残しでも?」道誉は首をかしげた。
「道誉殿……もう、光厳院の院宣は無理ではありませんか? 公家への足利の印象を上げて光厳院へのつてを作る計画でしたが、足利は京をめちゃくちゃにした上に西国へ落ちていった。それに今京を荒らしている武士たちも足利の手先だと噂が広がっていて、完全に足利が悪者です。貴方が使える町人たちも今は街の建て直しで手いっぱいだし。もはや武を押し通すしかないのかと」
「そうですねぇ……。まあ足利殿たちが遠国に行ったおかげで時間はありますし、のんびり考えます」
「そんな悠長な! ……いや、離脱する身で申し訳ありません。何かあれば播磨にお越しを。いつでもお力添え致します」
「うふふ、心強い」
則祐の坊主頭をなでくり回してくる道誉の手を彼は照れ隠しに払いのけた。主君を喪ってなおヘラヘラしているのに、なぜか嫌いになれない不思議な男だ。
*
ひと月後、戦の合間の播磨白旗城に佐々木道誉が僧をともない訪れた。
「道誉殿!」
「則祐殿もお父君円心殿もご無事そうで、何よりです」
「久しいのう」
茶を飲みながら近況を報告しあう。
「連日の新田軍の猛攻に耐え続けてみな満身創痍よ」と円心が傷だらけの衣を見せる。
「あの豪将を押し留められているとは、頭が下がります」と道誉。
「道誉殿はどのようにお過ごしでしたか?」と則祐。こちらも顔に切り傷を残している。
「私はもっぱら、世話になった町民たちを手伝って京を片付けてましたねぇ」
「な、何やってるんですか!?」
「忙しかったのですよ。商家の再建資金の使い走りで公家のお屋敷やら寺社やらを郎党と訪ね歩いたり。そうそう、そこで意気投合したのがこちらの御仁でして」道誉は供の僧をうながした。
「三宝院賢俊と申します」
「はぁ、どうも」則祐は得心のいかない顔で会釈をした。
「そんなこんなで、明日光厳院へのお目通りが叶いまして」と道誉。
「はぁ。……ん? 待ってください、今光厳院と?」
「ええ。なので、則祐殿をお借りしたく参上しました。明日、三宝院殿と則祐殿と私で院宣をいただきに御所へ参りましょう」
「……えっ!? わ、私もですか? というかどうやって話が進んで? いやそんな大事なことを途中で言わんでください!」
遅れて狼狽する則祐を眺めて道誉はクスクス笑っている。円心もつられてガハハと笑った。
「父上まで!」則祐は目をいからせた。
「すまんすまん。道誉殿、手品のタネを教えてくれぬか」
「よしましょう、明かせばつまらない」
「せがれがおさまらぬのだ」
円心の強い眼光に射すくめられて、道誉は居心地悪そうに咳払いをした。
「ではかいつまんで。佐々木家が京の街に散らばって、町衆の力を借りながら公家や寺社に噂を流し返したのです。
『京になだれ込む暴徒は足利の手先にあらず。後醍醐帝の暴政で生きていけなくなった全国の武士が乱をきっかけに一斉に蜂起したのだ。ゆえにこれを鎮められるのは後醍醐帝ではない』と。
寺社を行脚する中で出会ったこちらの三宝院殿も、公家の名門の出かつ寺僧として各所の有力者を動かしてくださいました。
この噂を流しさえすれば、皆の意識は後醍醐帝でない先の治世者、光厳院へ向く。そして武力を持たざる院の剣となれるのは、後醍醐帝と対立している足利しかないと、公家や寺社は自分たちの言葉でもって院と足利の結び付きを願い始めたのです。
京全体の足利への気分が軟化すれば、二条良基卿から光厳院へ我々の拝謁の話も通りやすくなる。こうして明日、ついにお目見えとなった次第です」
赤松則祐は放心してため息をついた。
「京が荒廃した現状を逆手にとって足利が望まれる流れを作るとは……。道誉殿、感服いたしました」
「ただ一介の僧が院にお会いするのはげに恐ろしく。鋼の精神力を持つ則祐殿についてきていただきたいのですよ」
則祐が疑いの眼差しをむけるが、道誉はヘラリと笑うばかり。
「承知した。道誉殿、よく則祐を役立ててくだされい!」
父に言われては抗うこともできず、則祐は道誉とともに出立した。
京へ馬を歩ませながら則祐がつぶやいた。
「正直驚いています」
「何に?」道誉が面白そうに問うた。
「貴方の尽力に。なぜ足利のためにそこまで尽くすのですか? 亡き主君に顔が向けられぬとは思わないのですか?」
言ってしまってから、則祐はあわてて口をつぐんでいた。目の前の若き入道は、この道誉を鏡と見ているのだ。則祐は護良親王、道誉は高時様、同じ足利に葬られた主君をもつ者として。主君にならって出家したままの己の坊主頭がそう思わせるのだろうか。道誉はしばらく空を見つめていた。
「婆娑羅、が私に似合うと高時様は仰った。だからそれに見合う者になりたい、それだけです。この性急な世では派閥を気にする余裕もなく」
小さな事柄に拘泥していると指摘されて則祐はカッと顔を赤らめたが、しばらくしてから、
「貴方を見誤っていたかもしれません。詫びさせてください」
ペコと会釈すると、それきり何も言わず馬を進めた。
翌日、道誉たちは二条良基のお忍び牛車で連れられて、御所の奥にあるひそやかな離れに通された。
「今はちょうど後醍醐方の者が来ぬ時間じゃ。早めに切り上げるのだぞ。それから……気を引き締めてゆけ!」
「お気遣い、有り難く存じます」
柔らかく礼を言う道誉をあとに、二条良基はそそくさと退出した。則祐がいぶかしげにささやいた。
「光厳院は意外に厳しい方なのでしょうか。二条卿も冷や汗をかかれていました」
「以前お見かけした際は穏やかそうな方だと思いましたねぇ」
しばらく待たされてから、公家の男が物静かに入室してきた。しかし皇族がいるべき御簾の奥は空のままだ。
入ってきた公家は長身痩躯、道誉と同年代ぐらいで整った柔和な顔つきをしていた。だが顔をこわばらせ、こちらを睨めつけている。
異様な緊張感のある沈黙ののち、ようやく公家が口を開いた。
「……光厳院との対面の前に、院の伝奏を務めるこの勧修寺経顕が見極めをいたす。答えよ、足利は光厳院への忠義を証明できるか否か??」
おそらく院宣へ辿り着くための正念場はここであると、勧修寺経顕を前に道誉は座を正した。
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