えらぶーと、ななつの夜の夢
舟津 湊
序章「真夏の昼の夢」
お空真っ青。トンボがすいすい。
カラスが一羽、二羽、ぼくの真上の木の枝にとまった。
もうすぐ、オオカミもやってくるかな。
でも、立ちあがれない。逃げられない。
ぼくは、あんまり風が気持ちよくて、おひさまがまぶしくて、嬉しくて。つい、はしゃぎすぎちゃった。
ママから、木の切り株には、気をつけなさいと言われていたのに。後足がひっかかって、すってんころりん。
おうちに帰りたい。でも、こうやってひっくりかえったまま、動けない。もうママにもパパにも会えないのかな。
もう一度、起き上がろうとしたけど、だめ。
痛い。力が入らない。お空を見上げる。涙で青色が滲む。こんな空なんか、もう見たくない。ぼくは目を閉じる。
「どうしたのかな。」
急に影がさして、声が聞こえた。目をあけると、顔がほとんど隠れそうな黒ぶちのメガネをかけた男の子が見えた。人間の子だ。
「きみは、ぶたさんだね。」
男の子は、しゃがんで顔を近づけ、ぼくを見つめる。
「ごめん、ボクはあまり目がよくないんだ。けがをしているの?」
「うん、走ってトンボを追いかけていたら、切り株にひっかかって、ころんじゃった。」
一瞬、その子の顔が消えた。でもすぐに、また現れた。
「ほんとだ。これは痛そう。歩くのは難しそうだね。これで血は止まるかな。」
けがをした足が、ぎゅっとなってちょっと痛かった。
「ハンカチを巻いてみたよ。痛いかな。」
「うん、ちょっとだけ。ありがとう。」
男の子は立ちあがって、まわりをキョロキョロ見まわす。
「おうちは近いの?」
「あっちのほうに歩いて、五分くらい。」
メガネの子は、そっとぼくの背中をおこし、それからぼくに背を向け、「肩につかまって」と言った。
ぼくは精一杯力をこめて、しがみついた。
「よし、立ちあがるよ。うううううん!」
少しよろっとしたけど、男の子はぼくをおんぶして立った。
「だいじょうぶ? ぼくは、子ぶただけど、ぶただから重いでしょ?」
「だいじょうぶ。何とかなりそう。」
男の子は、ゆっくりと歩きはじめる。
「おうちまでの道案内してくれる? あとボク、目がわるいから、何かにぶつかりそうになったら教えてね。」
その子は、ふんふんとふんばって、野原の道を歩く。背負ったぼくのことを気にしながら。
メガネの子は一人言みたいにぼくに話しかける。
「ぼくの目は、どんどん悪くなってるんだ。だから手術をしようかってお父さんとお母さんが言ってる。でも、失敗して目が見えなくなることもあるって。どうしようか迷ってるんだ。」
ぼくは、その子の首筋に汗が流れるのを見ながら、ふうんと聞いてるしかなかった。
「着いたよ。ここ、ぼくのおうち。」
ぼくたちは、木にぶつかることもなく、石につまづいて転ぶこともなく、無事に着いた。
「ふー、ここか。よかった。」
男の子は、ぼくをおぶったまま、ごめんください、とドアにむかってよびかける。
パパとママが出てきた。ぼくたちを見て、パパがあわてて駆けよってくる。パパは、男の子の背中からぼくを受けとめ、何度も何度も、ありがとうと言った。
「じゃ、帰るね。」
「うん。ほんとうに、ありがとう。」
男の子は大きいメガネをきちんとかけ直してボクを見つめる。
「またキミに会えるといいな。」
「うん、会えるといいね。」
メガネの子はバイバイと、手をふると、くるっと背中をむけて走りだし、あっというまに見えなくなった。
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