桃ころがしのハナ

田島絵里子

桃ころがしのハナ

 むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがすんでいました。

ふたりにはこどもがいませんでしたので毎日毎日子どもをお授け下さいと祈ってました。


「どうか、わたしたちに子どもを授けてください」

 その甲斐あってか、ふたりには小さな赤ん坊が産まれました。女の子です。野に咲く花のように可愛かったので、ふたりはその子にハナと名づけました。


 ハナは活発な少女でした。山に登ってサルやイノシシと遊びます。特にサルとは仲が良く、木の実をひろって贈り物にしたり、もみじのかんざしをつけてあげたりしてサルを喜ばせていました。


 ハナのステキな着こなしをマネするサルもいます。地味な着物ではありましたが、身ぎれいにしていたので、サルたちが見本にしたのです。木の葉で着飾った自分たちを、可笑しがって笑い転げるサルたち。


 それをうらやましそうに、ねたましそうに眺めている人物がいました。それは、山の鬼でした。おばあさんはハナがおてんばなのを心配し、

「山の鬼には気をつけるんだよ。山の鬼は、こわいよ」

 と口を酸っぱくするまで言い続けていましたが、ハナは右から左に聞き流していました。


 ある日、ハナが山の中で遊んでおりますと、木々の間から声がしました。

「ハナ、遊ぼう。いっしょに遊ぼう」

 見ると、その声の主は髪はざんばら、ツノが生えていて目はつりあがっていました。

「あなたは、だあれ?」

 ハナが聞くと、相手はフンと笑って答えました。

「山の鬼さ!」



 ハナは思わず笑いました。

「なあんだ、おばあさんが言うほど、怖くないね」

「何を言う」

 山の鬼は、ムッとしました。

「これでもこの山の主なんだぞ」

「ふーん。だから?」

 ハナは、ぜんぜん意に介しませんでした。山の鬼は、いきり立って言いました。

「いっしょに桃の実を取ろう。たくさん取った方が勝ちだぞ」

「いいわね」

 山の鬼との競争が始まりました。


「おまえが先に桃の実を取れ。実を落としてくれたら、それを数える」

 山の鬼が言うので、ハナは桃の木に登って行きました。

 細い木だったので、枝も細くてしなる。枝にしがみつくハナの足元はふらついた。

「ひとつ、手に入れたよ」


 桃の実を落とすと、山の鬼は、

「まだまだ、上の方に実がなってるぞ」

 ハナは、見あげました。たしかに、木の上の方には、たっぷりと実がついています。



「実はまだか。早く落とせ」

 山の鬼の声に見おろすと、地上の彼はまるでマメ粒のよう。


 ハナの心臓は早鐘を打ちました。手からじっとり、汗がにじみます。握っていた枝がツルツルです。それでもハナは上へと登っていきました。つるりと指が滑り、思わず額から玉のような汗が浮かびます。ハナは、自分を叱りました。


 山の鬼に弱みを見せるわけにはいかないわ。おばあちゃんの言いつけを破ってしまったんですもの。自分の力で乗り越えなくちゃ。


 ところが、今度こそ指が枝から滑り落ちました。ハナは自分が木から落ちていくのを感じました。地面がどんどん近づいてきます。山の鬼のニヤニヤ笑いが迫ってきます。


 もう、望みはない。ハナは絶望にかられました。おばあちゃんは、山の鬼に気をつけろと言った。わたしはそれを無視して遊んでしまった。いま、わたしは木から落ちている。助けは来ない。地面が迫る。枝はしなり、滑ってしまった。あ


 このままではわたしは、死ぬかもしれない。いや、きっと死ぬ。


 その時です。


「キーキーキー!」

 たくさんの鳴き声が、耳をつんざきました。すさまじいサルの軍団が、群れをなしてやってくるのです。かれらは手に手を取ってサルの網を作りました。そして、地面に落ちそうなハナに手を伸ばし、サルの網の上に落としてしまいました。そのサルたちは、いつもハナと遊んでいたのとおなじ連中でした。



「チクショウ!」

 山の鬼がそう叫びます。サルたちは、木の上から桃の実をもぎ取りました。それを山の鬼めがけてぶつけます。ハナも地面に転がっていた桃を拾ってぶつけました。山の鬼は、嵐のように桃の実をぶつけられて、悲鳴を上げました。



「覚えてろ!」

 それだけ言うと、山の鬼は駆け去っていきました。

 その後、ハナは桃ころがしのハナと呼ばれるようになりました。しかし、おてんばが治ったかどうかは、伝わっていません。(了)

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桃ころがしのハナ 田島絵里子 @hatoule

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