第23話

 年下の女の子からいいように弄ばれ、性の喜びを教え込まれてしまったカトレアは数日部屋に引き籠った。その間、フタバはユウキから大変真面目な説教を受け「ごめんなさい」をさせられた。


「いえ。すみません。あの、別に、私も、嫌な訳じゃないですから」


 挙動不審な世数でカトレアがそんなことをいう物だから、フタバは次を期待しはじめ、ユウキは「勝手に盛って、どうぞ」と半ばやけくそになった。

 そんな数日を過ごしたあと、三人は町で塩漬けになっている依頼や、厄介な案件が無いか各組合を回って確認していく。

 フタバやユウキの立場であれば、各組合の偉い人を宿に呼びつけて話を聞くこともできるが、二人とも権力を笠にあれやこれやすることは避けたいらしく、自らの足で情報を収拾して回った。

 その結果、この町は冒険者等に恵まれ、また対処できないような凶悪な魔物等も現れていない事から、三人がわざわざ手を出すような課題はなかった。となると、三人はまた別の町に向けて旅立つ必要があるが、どうせ移動するならば護衛依頼でも受けていこうと考えた。

 

「それならば、あと2週間ほどお待ちいただきたい。そのころに一件、お願いしたい護衛依頼がございます」


 そう言ったのは探索者組合の組長だった。依頼内容は有力貴族の娘が王都の学院に入学する為、その道中の護衛であった。


「カトレアのことを紹介したい人が王都にいるし、カトレアの中の人のこともあるから、一度王都に戻るのもありだね」


 カトレアの中の人とは彼女に憑依している神か邪神か分からない者のことである。


「私に憑依しているのに、私自身は神様と会話出来ないから、どういう人なのか全然分からないんだけど。フタバは会ってみてどんな人だと思った?」

「お姉さま♡ って感じの人よ」

「全然分からない」


 フタバの役に立たない説明を引継ぎ、ユウキが端的に「絶対喧嘩売っちゃだめな雰囲気を纏う妖艶な女性」と説明してくれた。

 

 探索者組合の組長には依頼を引き受けると伝え、とりあえず二週間はこの町を拠点に動くことにした。となると、カトレアには行ってみたい場所があった。


「あのマギの森に入ってみたい」


 フタバとユウキからマギの森の巨木を刳り貫いて作られた町があることを聞き、是非この目で見てみたいと思ったのだ。何よりも、そのような面白い町は絶対に物語のネタになる。作家(仮)として未知なる世界はしっかりと見て、経験しておきたい。


 特に断る理由も無いため、三人の行先はマギの森奥地に決まった。

 マギの森の拠点までは伐採した木材を運搬するために道も綺麗に整備され、それなりの速度で走れる馬車が常時行き来しているということで、二日ほど馬車に揺られればたどり着けるそうだ。二週間後に町に戻ってこればよいので、かなり余裕のある日程で動ける。

 三人は食料などを更新し、翌日にはマギの森奥地行きの乗合馬車に乗って、町を出立した。

 町から近い場所の森では常に木を伐採する音が鳴り響き、人も大勢行きかって活気に満ちていたが、少し森に入っていくと、大きな木々が空を覆い隠し、鬱蒼とした雰囲気が漂っていた。

 ただ、道の要所要所に簡易的な兵士の詰所や冒険者の休憩場所が設けられており、常時魔物や獣の討伐が行われているのか、道中何かに襲われるようなことはなかった。

 途中で一泊する際にも、森の中にログハウスが点在するそれなりの簡易宿泊街があり、そこで一つ家を借りて三人で泊った。

 そして二日目の夕方。巨木と巨木がひしめき合う中に現れたその町にカトレアは目をキラキラと輝かせるのだった。


「なにこれすごい」


 それは正に、人間が小人になり、巨大な木を住処にしているようにも見えた。

 カトレア達を乗せた馬車に追加の馬が繋がれ、木製の坂道をどんどん登っていく。この木製の道には馬車の車輪がハマる溝が掘ってあり、馬車が道を逸れて高所から転落することが無い様な工夫もされていた。馬車が走る道の先には巨大すぎて全容を把握できないほどおおきなマギに繋がる。刳り貫かれた穴の奥から光が漏れ出ていた。マギの中に入ると、巨大な空洞がまずは三人を出迎える。


「ここが馬車とか人が最初にたどり着くターミナルだよ」


 天井高は十メートルほどあるだろうか。大きなホールのような場所に多くの馬車が駐車し、荷下ろしを行っている。

 カトレア達は馬車から降り、邪魔にならないよう少し端に寄った。カトレアは足元から天井までじっくりとみて、その全てが木を刳り貫いて作られていることに改めて驚く。

 大きなホールのような広場、ターミナルからは複数の穴が別の場所に繋がっているようで、それぞれの穴の上部に文字が掘られていた。職人街、食事処、宿泊街、行政区、商業区といった括りで分けられているようで、これらの穴は大きく、馬車がそのまま通行できるほどだ。それ以外にも無数の穴が開いており、これらは地上部分から壁に刳り貫かれた階段だったり梯子だったり、何ならロッククライミングのようにでっぱりを掴んで登っていき穴に入るという場所まで様々であった。

 

「マギは普通に切ったり加工したりする分には普通の木と変わらないんだけれど、魔法を使っての加工がとてもしやすい性質を持ってるんだ。だから、こういう大きな空間も魔法で刳り貫いて簡単に作れるんだよ」


 ユウキの解説を聞きながら、とりあえずまずは宿を取ろうと宿泊街と書かれた穴に向かう。やはり木の中ということで、火の気配は全く無く、明かりについてもすべて魔法具による明かりであった。


「明かりの魔法具が物凄い数あるね」

「簡単には燃えないけれど、基本的に中で火は使えないからね。火を使うと酸欠で死んじゃうし」

「あまり奥の方行くと空気が無くなるんじゃない?」

「それ対策で風魔法の魔法具も置いてあるみたいだよ」


 そうじゃなきゃこんな木の中に町なんて作れないか。

 カトレアは納得して木の中の宿に向かう。こちらももちろん木をくりぬいて作られていたが、案内された部屋にきて驚いた。


「おお! 外が見える!」

「良い部屋だからね。樹皮近くだから外が見えるし、バルコニーもあるよ」


 扉を開けると、マギの外皮を削り、さらに追加で軒を出してバルコニーが作られていた。下を覗けばかなりの高さが有り、木の根の周りで大勢の人がせかせかと動いている様子が見える。また、木製の通路がまるでジェットコースターのように空中で交差を描き周囲の木々と繋がっているなど、近未来都市を無理やり木製で作ったような歪な様相であった。


「あそこの辺りの道路とか、絶対に木製では支えきれない気がするんだけど」

「あー。マギの特性とかもあるけど、僕たちから見て明らかにおかしいだろ、って感じる部分は大体スペースエルフの技術が使われてるはずだよ」

「あー。宇宙エルフね」


 カトレアの視線の先には数本の木で釣られただけの通路の上を大勢の人と馬車が行き交う姿が見えた。

 

「宇宙エルフでもスペースエルフでもどっちでも良いけれど、彼らはこの星の住人なの?」

「今では定住してる人もいると思うけど、元々は別の星から来たみたいだよ。僕も直接会話した事は数回しかないから、本で読んだり人伝で聞いただけだけどね」

「この木の上に留まってるってことは、マギが欲しいのかな」

「マギの研究をしているって聞いたことあるなぁ。普通に考えて魔法も不思議だけど、一月で10mに伸びる木で、ほぼ実害無しの良質な木材ってすごいと思わない」

「それは思う」


 カトレアとユウキは暫くマギとスペースエルフについてあーだこーだと話し合った。その感にフタバは宿の手続きとこの町で何か困ったことは無いかという依頼の話を聞いているようだった。

 ユウキとカトレアは宿の部屋を一通り見て回り、水道の配管などどうやって木の中に通しているのか気になって話し込んでいた。


「カトレアって割と理系っぽいよね。言っちゃ悪いけど、男友達と話してるみたい」


 ユウキの言葉にカトレアはこれはチャンスだ、と自分の秘密を打ち明けることにした。フタバには何も言わずに致してしまった負い目があり、まずはユウキに相談したかった、という思惑もある。


「実は、異世界旅行に来る前の世界ではかくかくしかじか」

「……それ、フタバは知ってる?」


 カトレアは首を横に振り、ユウキはうーん、と腕を組んで悩まし気に考え込んだ。しかし、割とすぐに「フタバの事だしなぁ」と何やら諦めた様子を見せる。


「たぶん、そんな悪い様なことにはならないと思うけれど、僕も少し探りを入れておくよ。どっちにしろ、フタバにもちゃんと話してあげた方が良いと思うよ」

「そうする。タイミング見計らって話してみるよ。ありがとう」


 とりあえず、少しばかり心の突っかかりが取れたカトレアであった。

 そのタイミングでフタバが戻ってくる。手には一枚のメモが握られていた。


「なんか今日の夕食がトラブって準備出来ないらしいから、外で食べてきて欲しいってさ。ここのお店でタダでご飯が食べられるって」

「ふーん。まぁ時間も良い頃合いだし、込む前に先に食べちゃおうか」


 こうして三人は夕食を提供してくれるお店を探しに向かうのだった。

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