第12話

 カトレアの冒険者生活は充実していた。

 住む町は海沿いに白亜の建物が立ち並び、水平線に沈む夕日はいつみても美しく感動を覚える。食べる物は美味しく、ダンジョンは徒歩圏内。欠点を述べるとするならば、海岸線から丘陵地帯を駆け上るように建物が連なる為、坂道や階段が多い事だろう。ただ、体力と頑丈さだけが取り柄のカトレアにとってはこれといって苦になることはなかった。

 

 クズ、ツルツル、そしてカトレアの三人が白亜の港町マッシロケーで活動をし始めて半年が経過した。クズとツルツルの冒険者等級は鉄3等級から銅2等級まで上がった。これはかなり早いペースでの上昇だ。そして、カトレアに至っては銅3等級まで上がり、クズ、ツルツルに追いつく勢いだ。奴隷のポーターとして周りから見られていたカトレアが、実はかなりの実力者であると分かり、周りの冒険者のカトレアを見る目が変わった。


「そちらの奴隷を売っていただきたい。金貨100枚をお支払いする」


 冒険者ギルドに併設されたバーカウンターでお酒を飲んでいたら、クズとツルツルに身なりの良い男が近づいてきた。

 カトレアが奴隷で在り、実力も伴うということで、奴隷商などからカトレアを買い取りたいと時折話が持ちかけられている。

 男はカトレアをちらりと見てから、金額を提示する。だが、クズとツルツルは彼の提案を鼻で笑って蹴った。


「その十倍出されても売れねぇな」

「それはいくらなんでも言い過ぎでは? 魔法使いの相場は金貨70枚程度ですよ」

「こいつは魔法だけじゃなくて、普通に剣でも素手でも戦える。おまけにダンジョン深層に潜って帰って来れるだけの技術と知識もある。何より俺たちの仲間だ。売りもんじゃねぇ」


 クズが睨み付けながらそう答えると、交渉は難しいと考えたのか、男は足早に去っていった。ツルツルはその男の背中をじっと見つめ「うーん」と腕を組む。

 カトレアはクズに「仲間だ」と行ってもらえたことが嬉しくて、少しテンションが上がっていた。上機嫌でお酒の入ったボトルをラッパ飲みする。

 

「奴隷扱いしておいたほうが面倒がないと思っていたが、ここまで等級が上がるとこういう事も起きてくるか」


 クズも酒瓶に直接口を付けて飲みつつ、ツルツルの方へ顔を向けた。


「どうする? カトレアを解放するか?」

「私はどっちでもいいよ。逃げる気ないから。このまま奴隷のままでも気にならないし」


 クズの言葉に対し、カトレアはツルツルが何か言うより先に自分の意志を伝えた。

 なんやかんや、クズとツルツルには生贄状態から救出してもらえた恩がある。当初は脅されて奴隷にされたが、この世界について様々なことを教えてくれた。知識はもちろんのこと、戦闘技術もだ。そして2年近くの歳月をほぼ毎日過ごし、仲間意識も芽生えた。

 現実世界においては陰キャで根暗ボッチな物書きであるカトレアにとって、陽キャでちょっとヤンキー入ってそうなクズとツルツルとの付き合いというのは、新鮮で非常に楽しいモノだ。今更さよならバイバイする気など全くない。


 ツルツルはカトレアの意見を聞いて、少し悩んだ末に「今のままにしておこう」と告げた。


「売ってくれ、という提案の方が蹴りやすい。奴隷じゃ無くなった途端に、他の冒険者からパーティー加入の引き抜きが寄せられる方が面倒だ。奴隷なら金でしか所有権を動かせないから、無理やりという手段が取れない」

「まぁそうだな。カトレアはどんくさいから、奴隷解放した途端に、別の奴に奴隷にされる可能性がある」

「それはない! 流石の私も今度は抵抗するよ!」


 奴隷の首輪を外すためには、所有権を持つ者の同意が必要となる。この同意を得るためには金を払って所有権を放棄させるなりしないといけない。もちろん、脅したり、殺したりすれば所有権を奪ったり、フリーにすることも出来るが、クズとツルツルにそれが通用するとは思えない。おまけにカトレアが奴隷解放を望んでいないのだから、クズとツルツルに敵対すると、漏れなくカトレアとも敵対することになる。

 自分の魔法について研鑽を続けた結果、カトレアは半径20m以内ならばどこにでも高温水蒸気や水球を発生させられるようになり、敵対者が間合いに入った瞬間即死させることすら可能となった。さらに常時身体強化状態であり、寝ている状態でも如何なる怪我も負うことが無い。さらには、毒、魅了、麻痺、催眠等の状態異常系がほぼ効かない。

 クズとツルツル曰く「確実に邪神に憑依、もしくはそれに類する能力が宿っている」とのことだ。カトレアとしては全く不便をしていないし、なんなら「わーい。チート能力だ」と喜んでいる。ただ一つ、欠点があるとすれば、無敵状態が通常であるため「くっコロ」展開などにカトレアが陥ることはほぼないということだ。

 ピンチになることが無い為、物語のネタの幅が狭まってしまう。

 それが唯一、カトレアが残念に思っている事であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る