第11話

 盗賊村の襲撃を撃退し、二週間ほどかけて海の見える町にたどり着いた。そこはカトレアの知識からすると、ギリシャの海沿いに立つ白い街並みのように見えた。白い壁に赤い屋根のコントラストがとても印象的で、まさに観光地と思えるような場所であった。

 実際、この町は観光地として有名であり、海から伸びる丘陵地帯には大小様々な邸宅が遠目に見えた。人通りは多く、屋台は無数にあり、宿屋もピンからキリまで取り揃えられている。さらには徒歩圏内にダンジョンが4つ存在するなど、もうここに定住してもいいんじゃないかな、と思えるような環境の良さであった。

 クズとツルツルからすると「暑すぎる」と不評ではあったが、カトレアのように日本の湿度の高い、纏わりつくような暑さに慣れている身としては、カラッとした空気の暑さはそれほど苦にならなかった。

 何よりもカトレアの気を引くのは海産物の数々。料理の美味しさだった。立ち寄る屋台の手ごろな食べ物ですら絶賛できる。町の食堂で食べた料理も、シェフを呼びつけて賞讃するほど美味しかった。

 というわけで、仕事もせずに毎日飲み食いしまくり、風呂付きのそれなりの宿に連泊をした結果、金欠に陥った。

 大喰らいの男が二人に、女性にしてはかなり食べるカトレアの食費は結構な額になる。おまけにご飯が美味しいのがいけない。ついつい食べてしまい、美味しい料理に美味しいお酒まで入ってしまうのがいけなかった。

 さらにカトレアが反省するのは、ちっとも物語を書くネタが集まっていない事だった。せっかく自分自身にチート能力的な身体強化魔法と水魔法が備わっているにも関わらず、精々ネタになったのはイチバンキタ町の組合にて水魔法をぶちかましてしまったことくらいだ。このギルド(組合)での”ひと悶着ネタ”は定番過ぎて、読者からすれば「はいはい」といった印象を与えてしまう。使い古されたネタだ。

 私の物語を見て「面白い」と思ってもらえるような、今までの作品にはない奇抜な展開を書くためには、奇抜なネタが必要になる。だというのに、カトレアは「飯が上手い」と料理店をはしごして食べ歩きをしていた。今ならば異世界冒険譚よりも食レポの方が上手く書けてしまいそうだ。

 これではいけない。私は異世界旅行にネタ探しに来ている。目的を見失ってはいけない。

 カトレアは心を改め、ネタ探しをする決意をした。誰もが成しえない、予想を超える展開となるネタを見つけるために。


「という訳で、ダンジョンにいく事を提案します」

「言われずとも、金がねぇんだからダンジョンに行くしかないんだよ」

「……いや安易にダンジョンいくのも、ネタ的に面白くないかもしれない」

「何を言ってるんだ? 分けわからねぇこと行ってないで早くこい」


 クズに襟首を捕まれカトレアはズルズルと引きずられながら徒歩圏内のダンジョンへと向かった。

 カトレアは自分のような女を連れていると他の冒険者たちに絡まれたりしないだろうかと期待……心配していたのだが、クズとツルツルに絡む冒険者は皆無だ。確かにこの金髪大男とガチムチハゲは強そうだから、イキリ冒険者には手が出しにくいかもしれない。実際、探査者としては銀一等級まで上り詰めた大ベテラン(自称)なので、その実力は確かだと思われる。

 

「私が居たら絡まれたりすると思ったんだけどな」

「奴隷のポーターなんて誰でも使う。女だから荷運び兼性処理係だと思われてるだろうしな」

「武器持ってる相手に絡みにいくなんて余程ないぞ。精々モノ好きなやつらだと見られるくらいだ」


 クズはぽんぽん、と腰の剣を叩く。確かに武器持ってる相手に喧嘩売りに行ったらぶっ殺される可能性もあるし、ある程度おつむが動いていれば、そんな無謀な行動には出ないか。


「相手の力量を把握できない成りたて冒険者が偶に絡んでくるが、そういう奴は数カ月後にはどっかで死体になってる」

「つまり、こうやって普通に冒険者している連中にバカはいないと」

「そういうことだ。まぁ、時折例外はいるがな」


 なんということだ。冒険者がおりこうさんばかりになってしまう。これでは定番ネタすら発生しないではないか。

 少し悩むカトレアであったが、自発的に絡みに行くのは陰キャ気質の彼女の選択肢にはなく、しばらくは地道にダンジョンに潜り続けた。

 

 冒険者、探査者、探索者。これらは所属する組合が違うが、一般人からすれば彼らのやっていることは大体一緒に見える。実際には仕事内容に少しばかり偏りがあり、敢えて言うならば、冒険者は魔物退治を生業とし、探査者はダンジョン攻略を生業とし、探索者は人探しや調べ物、護衛を生業としている。

 冒険者はとにかく戦闘力が重要視され、探査者は戦闘力にプラスして、ダンジョン深部へ潜る為のサバイバル力や継続戦闘能力、罠などの発見、解除能力が必要となる。探索者は少し毛色が違い、どちらかといえば警察や鑑識、探偵のような特殊技能が必要となる。

 ただ、どこに所属しようとダンジョンには潜るし、人探しもするし、誰かの護衛も担う為、周りからみれば皆同じに見えてしまうのは仕方がない話であった。


「だから、冒険者は馬鹿でも上り詰められるが、探査者は馬鹿には務まらない」

「なるほど」


 ツルツルによる探索者贔屓の説明を聞き、カトレアは大きく頷いた。


「冒険者組合によっては、ダンジョンの深層へ潜る時は必ずパーティー内に探査者を一名以上同行させるというルールがあるくらいだ」

「それは罠発見のため?」

「それもあるが、一番は迷子にならないようにするためだ」

「迷子……」

「冒険者だけでダンジョン深層へ潜ると、帰って来れない奴がちらほら出るんだよ」


 あいつら馬鹿だから地図もろくに見れねぇんだ、とツルツルが笑う。


「という訳でだ、カトレア。お前も馬鹿の仲間入りがしたくなければ、地図の作り方と読み方を覚えろ」

 

 カトレアはツルツルとクズからダンジョンの潜り方についてレクチャーを受け徐々に知識を蓄えていった。

 幸いなことに元々方向感覚は優れており、自分がどの方角を向いているかは分かる性質であったこと。またダンジョンのような3次元のマップを頭の中に思い浮かべるのはそれほど苦もなく出来た事から、カトレアはメキメキと探査者としての技能を習得していた。唯一苦手とするのは罠の発見だが、これはカトレアが物理で解決した。

 

「何でもかんでも壊せば良いわけじゃないからな!」

「大丈夫。魔法的な奴以外はほぼ無効化出来るから」

「毒も効かないって、お前の体はどうなってるんだ? 召喚される前は本当に人間だったのか?」

「人間でしたよ!? 性別は男だけどぉ!」


 カトレアは飛び出す矢を顔面に受けても弾き返し、鉄の槍が乱立する落とし穴に落ちても突き刺さらず、毒の霧を思いっきり吸い込んでもくしゃみで済ませた。

 最終的にクズから人外疑惑を掛けられ、カトレアは憤る。


「召喚者でもここまでの奴は早々居ないぞ」

「何度も言うけど、私は召喚者じゃなくて、自発的にこの世界にきた旅行者だからね」

「お前の世界の人間は、弓矢を顔面で弾き返すのか?」


 カトレアはうーん、と首を傾げるしかなった。


「そもそも、クズとツルツルが私を助けてもらった時までは、多分普通だったんだよ。性別は変わってたけど」

「ほう?」


 ツルツルが木の上から襲撃してくる魔物を斬り伏せる。話をしながらでも索敵は完璧な様子で、全く危なげが無い。


「あの兎の部族に捕まった時に縄で縛られたけど、全然千切れなかったし。普通に頭殴られて気絶したし」

「そうだったのか……そうなると、アレかもしれん」


 クズが落ちていた太い枝を思い切り投げる。前方から襲い掛かろうと掛けてきた猿のような魔物の胴体に、太い枝が突き刺さり、そのまま地面に魔物を縫い付けた。魔物は口から血反吐を履いて暫くもがき苦しんだ末に息絶えた。


「アレってなに?」

「俺たちは兎の部族、バニバニ族の邪神召喚の儀式を阻止するためにあそこに居た。カトレアは既に生贄として蛇に飲まれており、途中まで生贄としての責務を果たしていた」

「つまり?」

「どの程度か分からんが、邪神が入り込んでる可能性がある」


 クズからそう言われ、カトレアはキョトンと目を開く。邪神が入り込むというパワーワードに脳が理解することを拒否していた。


「え? 何それ。神降臨というか、憑依しているってこと?」

「いや、俺たちも邪神召喚の儀式が成功した場合にどういうことになるのかは分からないが、良くある降臨術だと生贄の人格を乗っ取るっていうのが良くある」

「カトレアは生贄で蛇に食われたから、多分乗っ取りタイプの降臨術じゃなくて、本当に邪神を召喚する気だったんだろうけどな」

「えぇ……じゃあこの私の能力は私本来の力じゃなくて、その邪神某さんの能力ってこと?」

「能力どころか、もしかしたら本当に人外認定されてるかもしれんぞ」

「えっ!?」

「邪神をその身に纏ったとしたら、人の括りに囚われるとは思えない」


クズとツルツルが真面目そうな顔で頷く。片手間に振った剣でまた魔物が消し飛んでいた。


「召喚者の中には”鑑定”というスキル持ちがいる。もしそいつに鑑定されたら何か分かるかもしれないな」

「それは例えば、種族が人類じゃなくて邪神になっていたりとか?」

「人外かもしれんぞ」


 冗談っぽくツルツルがそう良い、クズがつられて笑う。


「やっぱり人外じゃねーか。奴隷契約しといて良かったぜ」

「だな。邪神が生身のまま歩いてたら、周りに呪いが降りかかって死んでたところだ」

「だがな、奴隷契約で邪神の呪いが封じられるってどう思う? あると思うか?」

「中途半端に能力だけ得たなら、あるんじゃないか? 存在がまるっと邪神になっちまってたら、そもそも会話自体成立しない」


 クズとツルツルが二人で会話しながらサクサクと魔物を狩っていく。このダンジョンは魔物が好戦的過ぎて、索敵する必要が無い。あちらから勝手に寄ってきてくれる。おかげで私は魔物の死体がダンジョンに食われる前に魔石を回収する為、大忙しで死体を切り刻む必要がある。忙しい。


「そういうことか。だから他の召喚者とどこか違うわけだな」

「ただ、あまり召喚者に見られないようにした方がいいかもな。もし鑑定でもされて、種族が邪神になってたら、討伐対象になるかもしれん」

「はぁっ!? どういうこと?」


 猿の魔物の腹を掻っ捌いて、心臓の横にある魔石を取り出していたら、突然自分が討伐対象になると言われた。何それ怖いんだけど。困る。


「召喚者は魔王討伐とその国の信仰対象以外の神の討伐を命じられているのは知ってるだろ」

「初耳だ!」


 ツルツルが「言わなかったか?」と恍けていたが、カトレアはとんでもない、と首を横に振った。


「魔王以外に神様も討伐するの? というか、神様が実在する!?」

「おう。神は存在するぞ。俺もツルツルも見た事があるし、直感スキルはその神様に貰ったものだ」

「はぁっ!?」


 クズとツルツルとカトレアの前任者の3人でパーティーを組み、ダンジョンの最深部に潜ったとき、そこで神様に出会ったという。その時、クズとツルツルはスキルを貰い、仲間だったもう一人はその神様と一緒にどこかへ行ってしまったそうだ。

 

「あいつは面食いだったからな。神様が好みのタイプだったようで、足にしがみついたままどっか消えちまった」

「おかげで、帰ってくるのが大変だった。あいつの荷物にマップが入ってたからな。地上に戻るまでに半年かかったぞ」


 懐かしいな、と笑いあう二人にカトレアは引きつった笑みを浮かべる。

 魔王も存在する。神様も存在する。ならば邪神も存在するし、なんなら討伐対象でもある。


「ねぇ、私のステータスとかどこかで見れないかな? 種族が邪神だったら困るんだけど」

「無理だな。鑑定スキル持ちは召喚者しか居ないはずだ。見られた瞬間、殺し合いになるぞ」

「うへぇ……」


 カトレアは少しうつむいて、直に顔を上げた。


「召喚者の見分け方を教えて」

「お前の方が良く知ってるだろ」


 それからカトレアは魔物をすぱすぱ倒していく二人の後ろを付いて歩きながら、召喚者についての知識も吸収していくのだった。

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