第33話 イルドラ兵

 左脚を持ち上げられ仰向けに倒れ込んだトーエン中尉の股間を目掛けて、入鹿の蹴りが入る。


「・・・ぉぉお」


 内臓を抉るような激痛に、声にならない呻き声が漏れる。

 軍服には股間をガードするプロテクターがある。そのおかげで、致命の打撃には至らなかったが、激痛でトーエン中尉は動けなくなった。


「・・・!」


 入鹿の右手がトーエン中尉の胸座むなぐらを掴むと、その巨体を高々と持ち上げた。そのまま背負い投げのように床に叩き付ける。

 ・・・グシャ。

 顔面から床に落ちるかに見えたが、何とか身体を捻って右肩から落ちた。

 脱臼か?骨折か?トーエン中尉の右腕がダラリと下がったまま動かなくなる。


「てめえ・・・!」


 何とか上半身だけを起こすと、入鹿は眼前に立って見下ろしていた。その、入鹿の背後からジュエン大尉とグエン中尉が近づいて来るのが見えた。


「・・・ま、まいった」


 入鹿を油断させるために言ったつもりだった。だが直後、顔面を入鹿に蹴り上げられていた。再び巨体が宙に舞い、翻筋斗もんどり打って床に叩き付けられる。


「おい!まいった、と言ったのが聞こえなかったかよ!」


 入鹿の背中で、ジュエン大尉が抗議の声をあげた。

 背後から二人がかりで襲うつもりだったのに、よく言う・・・口には出さなかったが、それが入鹿の怒りを余計に煽る。


「好きにしていい・・・この方は、そう言ったはずですよ?」


 仰向けに倒れている、トーエン中尉の負傷している右肩を軍靴で踏みつける。


「がはあぁぁ・・・」


 悲鳴にならない悲鳴がトーエン中尉の口から泡と共に溢れ出す。


「男の一言とは、そう言うものです」


 入鹿の左手が、ほとんど動けなくなったトーエン中尉の胸座むなぐらを掴んで引き起こした。


「あなたが代わりに、僕の相手をしますか?」


 入鹿がジュエン大尉をチラリと見る。虚ろな目をしていたトーエン中尉も、入鹿の言葉に目を見開いてジュエン大尉を見た。口の中から白いものが落ちた。先ほど顔面に受けた蹴りで、口の中の歯が折れたのだ。顔の形も左右で歪んでいる。頬骨や鼻骨、顎骨も骨折しているかも知れない。


「・・・」


 ジュエン大尉は返事に詰まった。懇願する眼差しでジュエン大尉を見ていたトーエン中尉の目に涙と共に絶望が浮かぶ。

 その隣でグエン中尉も、トーエン中尉の視線から目を逸らした。


「あたしが相手をしてあげる!」


 ジュエン大尉とグエン中尉の後方から声をあげたのは御堂だ。


「殴るなり蹴るなり自由にしてよ。代わりに、その人を許してあげて!」

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