第60話バルティール伯爵家のその後

 バルティール伯爵家。

 社交界は愚かな伯爵家に容赦なかったようです。


 領地にいた私は知らなかったあれやこれや。

 元義兄のことがありましたからね。

 ラシードお義兄様のことは兎も角、その実家に関しては特に気にしていません。

 なので、私は何もしませんでしたが……。


 なかなか大変だったようです。







「ミネルヴァ、バルティール伯爵家が爵位を返上した」


「まあ」


「当主は最後まで抵抗したそうだ。だが、爵位返上は覆らなかった。当主夫婦は田舎で余生を過ごすそうだ」


「そうですか……」


「跡取りであった長男は国を出るらしい」


「あら?たしか幼いお子様がいらっしゃったと記憶していますが?」


「長男の妻の実家に身を寄せることにしたそうだ」


「妻の実家……離婚されたのですか?」


「ああ。子供達の将来を考えれば、そうするしかなかったのだろう」


「それもそうですね」


「うむ」


 伯爵家の爵位返上は想定内のこと。

 こうなるだろうとは思っていましたが、まさかこんなに早いとは……。

 もしかすると社交界のお節介な誰かさんが動いたのかもしれません。


 バルティール伯爵家は、ラシードお義兄様の父親の代で終焉をむかえました。


 王都にあるバルティール伯爵家の屋敷は売りに出されているとかいないとか。

 数日後にある子爵家が買い取ったとか。

 社交界は噂話が大好きです。

 子爵家が名前を出さなくてもいつの間にか調べられているもの。


 曰くつきの元伯爵家。

 その屋敷。

 購入者は、マロウ子爵。

 ラシードお義兄様が婿入りした子爵家。


 この話は当然、社交界に瞬く間に広がった。


 社交界に新しい話題を振りまくなんて。


 屋敷を購入したのはマロウ子爵ですが、それを望んだのは娘の方でしょう。

 可愛い一人娘の可愛いワガママに父親が応えた。それだけの話。


 娘の方が愛する夫の生まれた屋敷を他者に渡したくなかった。

 夫にちょっとしたプレゼントのつもりだったのでしょう。

 丁度いいタイミングというべきか。元義兄の誕生日月。誕生日プレゼントにしたかったのかもしれません。


 ただ、ねぇ。


 屋敷を買いたたいたりしなければ美談で済んだものを。


 交渉上手のマロウ子爵は、屋敷を相場よりもかなり安く購入したそうです。

 通常、貴族の屋敷を買いたたくなど、あり得ません。

 たとえそれが元貴族の屋敷だったとしてもです。

 そのことはマロウ子爵も分かっていたはず。

 それでも安く購入した理由とはなんでしょう?



 マロウ子爵の真意が分からない。







「そんなの決まっているでしょう?娘のためよ」


 私の疑問に答えてくれたのは、ロザリンドだった。

 ちょうど遊びに来てくれていた。お喋りに興じている時に、元義兄の話題が出て今に至っている。


「娘のため?」


「そう」


「娘というとナターシャ・マロウ夫人?」


「あそこは娘を溺愛しているから」


「それは知っているけど……」


「娘が愛する夫を手放したくないからよ」


「それで屋敷を?」


「当然でしょ。可愛い一人娘のために」


「……娘のために、バルティール伯爵邸を買いたたいた、と?」


「そうなるわね。流石は商人。強かだこと」


 ロザリンドが呆れたように言った。

 なら普通に購入すればいいのに、と思うものの、ロザリンド曰く「買いたたくことに意味がある」とのことだった。


 商人が買いたたく=価値がないということらしい。


 子爵家にとっては価値のない婿。

 けれど娘にとっては価値のある夫。


 元義兄の未来は思った以上に暗い。

 商売上手なマロウ子爵のこと、ギリギリまで隠居はしないでしょうね。

 婿に爵位を譲り渡しても実権は決して譲らない。

 最悪、孫が成人するまで頑張るんじゃないかしら?

 そうなったら元義兄はどうなるのでしょう?

 そんな環境に果たして元義兄は耐えられるかしら? まあ……私が心配する義理はありません。

 所詮、その程度の男だったということでしょうから。




 数十年後。

 マロウ子爵家に新しい当主が誕生した。

 その当主は、元義兄ではなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る