第27話エリカside

 

「ちょっと、あんた!大丈夫かい?」


「え?」


「いやだね、この子は。自分が今どんな顔なのか分かってないのかい?真っ青じゃないか!」


 近所に住むパン屋の女将さんが私の顔色に驚いて、「熱でもあるんじゃないかい?今日は仕事、休んじまいな。仕事先にはあたしの方から言っとくよ。大丈夫さ、あそこのオーナーとは顔見知りだからね」と言ってくれた。


 その日は女将さん以外の人も見舞いに来てくれた。皆が皆、私を心配してくれた。

「何があったか分からないけど無理すんじゃないわよ」って。

 優しさが、あたたかった……。



 ラシードの帰りは深夜だった。

 私が寝ているから物音を立てないようにしているのかもしれない。それでも心なしかラシードから甘い香りがした。


 香水……?

 どうして香水の匂いがするの?

 疑問に思いつつも、私は問いただす事が出来なかった。

 きっと仕事が忙しいからだと、そう自分に言い聞かせた。


 言い聞かせるしかなかった。


 本当に仕事なのか。

 仕事なら一体どんな仕事をしているのか。

 真っ当な仕事なのか。



 聞きたいことは山ほどあった。

 だけど、どうしても聞けなかった。聞けば彼を失ってしまう気がしていたから……。


 彼は、私の為に全てを捨ててくれた。

 本当ならこんなところで生活する人じゃない。

 彼には輝かしい未来が約束されていた筈だった。


 だから私は知らない振りをした。

 心の底に芽生えた恐怖から、必死で目を逸らし続けた。


 それから三週間。

 ラシードは帰って来ない日が続いた。

 夜遅くに帰って来て、すぐにまた出て行く。

 でも、朝帰りする事はなくて……だから今まで通り仕事なんだと信じていたの。

 毎日心配だったけれど、私が我儘を言えば彼が困るだけだもの。我儘を言う気は無かった。私は黙って彼を送り出した。

 でも、一度だけ我慢が出来なかった事があったわ。

 その日は朝から嫌な胸騒ぎがしたの。何か嫌な事が起こる気がして仕方なかった。



 夜中の一時を回った頃だった。

 玄関を叩く音で目を覚ました。

 家の鍵は彼も持っているから、今、玄関のドアを叩いているのはラシードじゃない


「どちら様ですか?」


「お休みのところ申し訳ありません。警察のものですが、ご主人を先ほど逮捕しました。奥様にも事情聴取を行いたいので署までご同行願います」


 逮捕?

 ラシードが警察に捕まった?

 どうして……?逮捕って何が起こったの?


 私は急いで着替えると、玄関の前で待機している警察官に連れられ、警察署に向かった。



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