第22話バルティール伯爵side

「断りましょう」


「やっぱりか?」


「どう考えても相手の女性に刺される未来しか思い浮かびませんよ」


「だよなぁ……」


「一方通行の想い程、厄介なものはありません」


「だがな、向こうの令嬢は諦めないかもしれないぞ?」


「理知的な令嬢に見えたんですがね。男を見る目はなかったとは」


「おい」


「本当の事でしょう」


「まぁな」


 良い縁組なのだが致し方ない。私は子爵家に断りの返事を出した。ところが子爵家、正確には子爵令嬢が食い下がってきた。


 と懇願する手紙が届いたのだ。


 それが一番困るのだが。

 なにしろ、それで一度大失敗している。


「どうする?」


「断りましょう」


 サリムが冷ややかに言う。

 少しは悩む素振りくらい見せてくれ。


「令嬢は諦めないかもしれないぞ?」


「しかし仮婚約など出来ませんよ」


「いっそ、魔法契約を交わして様子を見るか?」


「侯爵家と同じパターンになりそうですね、それ。ですが、良い案かもしれません。今回は我々伯爵家に優位な契約を交わしましょう」


「前の時も我々に優位だった。ラシードが馬鹿をやらかさなければな」


「なら、馬鹿をやらかしても良いように契約させましょうか」


「それで仮婚約する者がいるか?」


「普通ならしませんね。ですが、ラシードに執心だとすれば、それでも構わないと思うかもしれませんよ。まあ、ダメもとでやってみましょう」


「そうだな」


 こうして子爵家には全く利益のない仮婚約を魔法契約で結ぶ事になった。

 嘘のような話だが、これでラシードが馬鹿で阿保な行動を起こしても伯爵家としては痛手にはならない。


 もう馬鹿なマネはするなよ、ラシード。


 お前の兄はお前が思っている以上に冷酷だ。

 今度何か仕出かせば、間違いなく伯爵家から除籍されるだろう。

 それをラシードは理解しているのだろうか。

 本当に、心配だ……。

 そしてその頃には恐らく私はもう伯爵ではなくなっている筈だ。


 兄弟仲は悪くなかった。

 ウォーカー侯爵家の養子に行った時も上手くなじめるのか心配していたのに……。

 


 今回の騒動で一族を引き締め束ねたのは私ではなくサリムだ。

 どうやら先代伯爵父上の才覚はラシードではなくサリムに引き継がれたようだ。


 容姿はラシード次男に。

 才能はサリム長男に。


 ラシードはバカな行動はしたが頭は良い。

 だから今までラシードは先代伯爵似だと思われてきた。


 だが、実際は違った。

 サリムの方が先代伯爵に似てる。

 貴族としての才覚はサリムの方が上だ。


 恐らくだが、サリムの容姿が先代伯爵に似ていればウォーカー侯爵家はサリムを養子に迎えていた筈だ。


 先代からの縁がまさかこんな形で終わりを迎えるとはな。


 天国で父上は嘆いているだろうか。

 縁を繋げていく事が出来なかった不甲斐ない息子に悲しんでいるだろうか。それとも身の程知らずの孫息子を嗤っているのだろうか。……いや、両方か。



 先代父上の縁に繋がった関係は呆気なく終わりを告げた。


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