第19話バルティール伯爵side

 ラシードがウォーカー侯爵家と養子縁組を解消された話は瞬く間に社交界に広がり、それによって被害を被る親族が少なからず出た。

 バルティール伯爵家は信用に値しない家だと見放されたのだ。宮廷貴族としての仕事も減り、生活が苦しくなったとこまである。


 私は妻と長男と共に社交界に出て、信用回復に励んでいる。

 けれど、何処かの誰かが噂をばら撒いているらしく、未だにラシードは嘲笑を受けている。

 哀れと思う者もいれば「いい気味だ」と笑う者もいる。


 当事者であるラシードはそれをまだ知らない。

 私の命令で屋敷で謹慎しているからだ。


 何時までも閉じ込めておく訳にはいかない。それでもこの騒ぎがマシになるまでは謹慎を解くつもりはない。

 遠縁の者が首を括りかける事態にまで発展した。

 娘を老人の後妻に据えて急場を凌いだ者もいる。

 夜逃げ同然で逃げた先で息絶えた者も出始めた。

 

 本家の次男といえど、ラシードに恨みを持つ者は少なくない。


 私自身の見通しも甘かったのだ。まさか此処まで影響が出るとは想像もしなかった。

 侯爵家の影響力の大きさを甘く見ていた。

 先代の頃から何かと融通を利かしてくれた侯爵家の力を私達はいつの間にか軽んじていたのだ。


 彼等の持つ権力を。財力を。影響力を。


 たった数日で思い知らされた。

 同時に、取り返しのつかない事態を招いてしまったことに心の底から後悔した。

 悔やんでも悔やみきれない。

 自業自得だとは分かっている。


 接触禁止。

 見掛けても以前のように挨拶をする事はできない。それ以前に侯爵様に対して声を掛けるなどあってはならない事だ。

 流石にその一線を越えたことは無い。

 だが、目が合えば必ず声をかけてくださった。

 それだけだが、それがどれだけ伯爵家に有利に働いてくれていたか。

 当たり前だと思っていた事がどれ程有り難かったのか。

 失って初めて気づく愚かしさ。


 私達が信頼を取り戻すのには数十年単位の覚悟が必要だろう。いや、数十年では効かないかもしれない。


 どれだけの代償を払っても、バルティール伯爵家の未来は明るくない。


 分かっている。

 

 だからこそ、私達はその未来を少しでも明るくする為に足掻くしかなかった。幸い、長男の嫁は我が家の状態を知っても離縁を望まなかった。「共に戦う」とまで言ってくれた。気丈な嫁だ。出来た嫁だ。長男夫婦には2歳になる男の子がいる。この孫のためにも、家を潰される訳にはいかない。


 そのためには先ず、ラシードを家から出す。


 元凶の次男が我が家に居続ければ何時まで経っても悪評は消えない。

 かといって、王宮文官や近衛騎士は無理だろう。侯爵家の目がある。何処かの貴族家に働きに出す事も出来ない。そもそも雇って貰えないだろうしな。


 ここは結婚しかないか。


 婿入りと言う名目で家から出す。

 それが一番穏便なやり方だ。

 だが、ラシードを選ぶ家があるか?

 不良債権だぞ?

 私が娘を持つ父親なら絶対に婿にはしない。


 はぁ……。


 伯爵家が領地持ちの貴族ならば問題行動を起こした息子を蟄居として押し込めておくことも出来たのだがな。こういう時、宮廷貴族はままならないものだ。


 はぁ……。

 

 溜息が増えた。

 ラシードをどうするかで私は頭を悩ましている。


 この三日、ずっと考えているが妙案は浮かばない。

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