独断のショートショート どくしょ

松本独断

ショートショート「変身」

 この能力に気づいたのは、高校生の時だったんだよ。屋上から飛び降りようとしたとき、ふと校庭にあった石を見て、ああ、こんな風に人生を終えるなら石にでもなりたいなってマジで思ったんだよ。

 そしたら、気づいたんだよ。自分が石になってることに。原理はよく分からなかったし、今までそんなこと無かったから、びっくりしたよ。いや、流石に石はないって、やっぱ人間がいいって思ったら、また元の姿に戻れたんだよ。そこで、自分が自由自在に姿を変えることができるってことを初めて知ったんだよ。ただし、実際に僕がこの目で見た物に限るけどね。

 そこからは、生活がガラッと変わったね。何も怖くないんだもん。ヤバイ奴に絡まれそうになったら、近くのゴミ箱に変身してやり過ごすことができた。仕事での取引で、相手に商品を買わせたいときはトイレに行くふりをして、そこの会社の社長を見た後、そいつに変身して、取引相手のとこに行くんだよ。そんで、うちの会社の商品を買うように言うんだ。もちろん、僕の業績は右肩上がりになったんだ。彼女が浮気していそうと感じたときには、彼女の私物に変身して、そのままついていくんだよ。いやー、ラブホテルでいきなりカバンが僕になったときの2人の驚いた顔は傑作だったなー。まあ僕がカバンになってたんだけどね。

 最近はね、また別の能力にも気づいたんだよ。体の一部だけを変身させることもできるんだ。だから、DIYをしたいときには、ホームセンターに行って、工具を見るんだよ。そしたら買わなくても、自分の手が工具になるんだよ。これはお得だよー。

 だからほら、こうやって手をナイフに変えることもできる。え、それで何をするかって?

 いやー、僕は君がすごい羨ましいんだよ。だって僕を高校時代、自殺しそうになるまでいじめておいて、今じゃそんなこと覚えてないような顔で、とても裕福な暮らしをしてるんだもん。君の生活ってどんなものか過ごしてみたいんだよね。だから、今日僕は君に会いに来たんだよ。ちゃんと君に変身できるようにね。

 え?金はいくらでも出すから、許してくれ?ごめんねえ、姿を変えることはできても、一度決心したことは変えられないんだよ。じゃあ奥さんが帰ってくる前にやっちゃうね。これからは「僕」が「君」だよ。

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