飛行旅行

@rona_615

第1話

 ある日、不意に、体がふわりと浮かんだ。

 ピンクのワンピースの裾も、肘くらいまで伸びた薄茶色の髪も、重力に逆らい漂う。

 右へと念じれば右へ、左へと念じれば左へ、体が自由に動くことを確認し、ベッドの横の窓を開いた。

 白い壁の中、木目調の枠に囲まれた、新たな出口。端から端まで並んだぬいぐるみたちは番人か見送りか。迷ったのは少しだけ。

 ……窓の外へ。

 祈りの通り、体は家を飛び出す。

 ……上へ。

 心のままに、体が動く。

 初めての体験。

 思わず歌ってみる。いつもの息苦しさがない。

 翼はないけど、願いが叶った。

 歌詞に重ねて、願いを込める。

 ……空を自由に。

 広げる翼はないけれど。


 眼下に広がる、自分の町。

 病院と小学校と一番近くの公園しか見たことなかったけど。

 地図で発見してから行きたかった本屋さんは、閉店のお知らせが出ている。

 来年から通うはずの中学校では、校庭の隅でお姉さんが泣いていた。

 駅では、おじさん二人が怒鳴り合っている。


 もっと遠くに行ってみても、同じ。

 道端には、痩せ細った身体で横たわる男の子。

 戦場では、脚が千切れたお兄さん。

 ビルの上から飛び降りる、太ったスーツのおばさん。


 ……上へ。上へ。

 少しでも悲しいものから遠ざりたくて、ただただ祈る。

 ……上へ。上へ。上へ。上へ。

 息が詰まり目が霞んでも。

 ……上へ。上へ。上へ。上へ。上へ。上へ。

 体はどこまでも昇っていった。

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