愛対する二人

空本 青大

邂好する二人

人間誰しも憧れのシチュエーションというものがある。


人気のない体育館裏で異性から告白を受ける……


そんなみんなが羨む状況の中に、なぜか今自分がいる。


ラブコメ古典でよく見る下駄箱に、『放課後、体育館裏で待っています』とだけ書かれた手紙を受け取り、現場に到着後五分ほど待機していた。


空飛べるんじゃないかっていうぐらい浮かれていたところ、視線の先に人の姿が見えた。


徐々にこちらに近づき、自分の正面二メートル離れた場所に、ピタッと足を止める。


「……もしかして手紙くれた子?」


恐る恐る聞くと、無言でコクンと首を縦に振った。


人違いでないことに安堵し、改めて目の前の女子を確認してみる。


黒髪ロングで目はパッチリ。


身長は俺より十センチほど低いぐらいだろうか。


絵に描いたような美少女っぷりに、心臓の鼓動が二倍ほど早くなった。


質問から数秒ほどたったとき、


「じ、実はあの、その……」


と名前も知らない女子がモジモジと恥ずかしそうに、口を開き始めた。


(く、くるのか⁉)


心の中は期待感で満たされ、手汗をぐっと握りながら言葉を待つ。


「す、す、す……」


消え入りそうな声でひたすら『す』を連呼する女子。


(この場面で、『す』で始まる言葉が出てくるということは……もうこれ『き』で終わる言葉しかないのでは!?)


俺は緊張で呼吸がハァハァと乱れ、うっすらと背中に汗がにじみ出る。


すると女子はジリジリと距離を詰め、手が届くところまで移動してきた。


さっきからずっと繰り返される『す』が、ここにきてスッと止まる。


上目づかいでこちらの目を見つめ、そしてついに―


「す……隙ありーーーーーー‼」


唐突に、自分の腹を目がけて女子の中段突きが放たれる。


ハッ!と浮かれ気分から目を覚ました俺は、とっさに上半身を半身にしギリギリ拳を躱す。


そのまま後ろにバックステップで移動した俺は、女子との距離を作る。


「え?え?ど、どういうこと⁉」


狼狽えながら女子に問いかける俺に、女子は悔しさがにじみ出た表情を見せる。


「完全に入ったと思ったのに……。さすがね、大空太陽おおぞらたいよう。」

「え⁉俺のこと知ってるのか?初めましてだと思ってたんだけど」


ハァと呆れた様子でため息をつく女子は、刺すような眼光を向けてきた。


「小学生のとき、空手クラブでよく組手してたでしょ?あんだけやり合ってたのに忘れるなんて、あなたって人は……」

「もしかして……星月美夜ほしづきみやか⁉あんな男っぽかったのに……ていうか、中学校に上がる前に転校していったのに何でここにいるんだ?」

「一か月前こっちに戻ってきたのよ。で、一週間前にここに転校してきたわけ」


そういえばクラスメイトが数日前、他のクラスに可愛い子が転校してきたと騒いでいたが、美夜のことだったのか……


「ていうか、久しぶりの再会で腹パンってどういうことだよ!」


目の前で仁王立ちする美夜に俺は、至極当然なクレームをぶつける。


「腕が鈍ってないか確かめたのよ。子供の頃はずっと負け越してたから、その借りをこれから返させてもらうわ!」


不敵な笑みを俺に向ける美夜に、困惑と畏怖の感情が混ざり合った顔になった。


「さっきの動きからして空手の腕前は落ちてないようね!これからの高校生活が楽しみだわ!今日はこれぐらいにしてあげる!じゃあね!おーっほっほ♪」


お嬢様のするような高笑いと共に美夜はその場を後にし、俺と静寂だけが取り残される。


「ちくしょう……俺のドキドキ返せよう……つーかこれから先、卒業まで狙われ続けんのかよ……うわぁぁぁぁぁん!!!」


俺の心からの慟哭は、よく晴れた青空に吸い込まれていったのだった――


◇ ◇ ◇


「ハァ……」


太陽が見えなくなったところまできた私は、膝を曲げ、校舎を背に座り込む。


「久々だってのに忘れてるしなんなのよあいつ……せめてなんかこう、可愛くなったとかあるじゃんか、もう……」


口をとがらせブツブツと愚痴をこぼしあと、達観した表情で空に顔を向けた。


「あの様子じゃ約束も忘れてるんだろーなぁ……」



『うぅ、また組手負けた……悔しい~~~』

『へへ、悪いな』

『どうしたらもっと強くなれるんだろ……』

『ビクトリーマンが言ってた!人は愛があれば強くなれるって!』

『ああ、太陽が好きなヒーローの人?じゃあさ太陽、私のカレシになってよ!』

『はぁ⁉やだよ!興味ねぇよ!まぁ、俺に勝つか、引き分けで考えてやるよ!』

『言ったわね!よ~し、がんばるぞ~!!』



小学生のときのやり取りをぼんやりと思い出しながら、頬が熱くなるのを感じる。


勝ちたい気持ちもあったけど、それ以上に太陽に対する気持ちの方が強かった。


転校してから、気持ちが変わるかと思ったけど、そんなことはなかった。


廊下で偶然、太陽を見かけたときは、一目であいつと分かった。


生意気にもカッコよくなってて、すぐに子供の頃の恋心が蘇った。


本当は普通に話しかけて、昔話に花を咲かせて、それでいい感じになって……って考えてたのに、緊張で話しかけられず、こんな妙な形での再会になってしまった。


「なにやってんだか……」


自分の右頬を右拳でペチンと優しく殴り、ふっと晴れやかな笑顔に変わる。


「絶対、約束守らせてやるんだからね♪」
















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愛対する二人 空本 青大 @Soramoto_Aohiro

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