第4話 遺産と形見(Legacy&Legacy)
「はい。大木田です。」
私は端末に入った通話を相手も確かめずに取った。
着信コールは私用回線の物だった。
であれば、家族か比較的親しい人々である。
時間的に家族からの連絡はありえない。
ならば父の知り合いなど知見の有る人である可能性も高い。
私は藁にも縋る気持ちだった。
しかし、私の予想に反して返ってきた声は若い女性の声だった。
「大木田さんの端末でしょうか?お世話になっています回天堂です。」
「っ!? あ、ああ回天堂さん!?」
想定外の声色に一瞬誰か分からなかったが、先日会った女性を思い出す。
しかし何故、連絡が来たのか検討がつかない。
「はい。回天堂です。どうされましたか?」
慌てている様だと心配してくれる彼女。
先日も思ったが彼女は面倒見のいい姉御肌の人間かも知れない。
それはともかく、何故連絡が来たのか確認する。
「期限の1周間を過ぎてもご連絡頂けなかったのでこちらから連絡を差し上げたのですが、もしかして迷惑でしたか?」
そこまで言われて、回天堂への回答期限を既に過ぎていた事に私は気がついた。
慌てて謝罪の言葉を述べたところで、ふと思い立った。
「少々ご相談したのですが、追加で調査していただく事は可能でしょうか。」
もしかしたらまだ何か父の残した物があり、そこから答えが見つかるかも知れない。
そう思うと居ても立ってもいられず、思わず言葉が出ていた。
「もちろん契約は終了していませんので対応は可能ですが、一体何を調査いたしますか?」
少しだけ困惑の色が見えるが彼女が回答する。
対応できるとの話に安堵の気持ちを覚えつつ、追加調査の話をする。
父の元住居の追加調査を行ってもらい、追加で資料が見つかるか確認して欲しいと。
しかし、快諾してもらえると思っていた回答は私を気遣う様であったが厳しい現実を告げていた。
「もちろん、ご希望なら調査は行いますが、先日行いました調査のレポートを確認した限りですと、お父様の元ご自宅から新しい資料が見つかる可能性は低いかと思います。」
その後、当時の調査について彼女は説明してくれていたが、私の耳には入ってこなかった。
父の残した資料がこれだけなら私は自らの判断でどちらかを選ばないと行けないという事か。
その気持が伝わってしまったのか、通話の向こうから申し訳無さそうな声が聞こえてくる。
「あ、あの。差し出がましいのですが、お渡しいたしました物はすべて目を通して頂けましたか?」
念押ししてくる彼女の言葉に私は改めて渡された資料類の事を思い出す。
「そう言えば封筒の中にもう一つ封筒が入っていたような気がしますね?」
「ございました。そちら、ご確認頂けましたか?」
「いえ。まだですね。」
そこまで話して私の中に希望が見えてきた。
その封筒に実はまだ秘密が書かれているかと。
「そちらにはお父様の直筆のメッセージが入っていますのでぜひご確認ください。」
父のメッセージ!!
私は改めて心が踊るような気分となった。
ワザワザ分けた文章なら何かあるはずである。
「こちらなのですが、お渡しする前にわたしが確認した際に、明らかに大木田さん個人に宛てられた内容でしたので、分けさせていただきました。」
そうか、父が分けておいてくれた物では無いのかと、再び暗澹たる気持ちが立ち込めてきたが、喧嘩別れし今わの際にすら立ち会えなかった私宛に父が残したメッセージである。
遺言もしくは形見とも言える文章なら改めて確認して見る必要がある。
どう考えていてもすぐに答えが出なるはずが無いと思い。
私は彼女に礼を述べた後、オフィスのデスクへと戻る。
デスク上に置かれた封筒の中に忘れ去られていた、もう一つの封筒取り出した。
改めて見るとこちらの封筒は明らかに最近用意した物らしいく汚れなどは見当たらなかった。
私は緊張しながら封を切ると封筒の中に指を入れる。
指先に紙が当たる感触が有ったので、それをつまみ引き出す。
指につままれていたのは三折になったレポート用紙。
それを開くと、そこには父が生前に書き表した物である事が分かる文章であった。
「親愛なる息子 智則。
元気にしているだろうか。これは私が完遂できなかった仕事をお前が引き継ぐ事が有れば、その時のアドバイスになるように書き記した物である。」
相変わらず先読みの力に一目置かれていた父はこの事態も予測しており、遺言代わりにこれを残したのであろう。
そう思いつつメッセージを読み続ける。
「お前が目指している新しい物の模索については、私も大いに賛同しよう。
しかし、新しきを考えるにおいては古きも知らないとならない事を忘れないで欲しい。
先達たちの作り上げた物や思想を観察する事で、この先に多くの解決策が見つかるかも知れん。
どんなに時間をかけても『車輪の再発明』になってしまっては意味がないし、完全に新しい物を用意するだけではいくら時間や費用が有っても足らんだろう。」
いちいち自分の痛いところを突いてくる。
猪突猛進に新しい技術を追求していても過去を知らないのであれば意味をなさない場合も有る。
それは私も肝に銘じて入る。
「それに解析し新しい環境や言語で近いシステムを作るのも一つの手では有るが、手間も時間も、そして資金も食い尽くしてしまう。
それが故に私は敢えて古い技術の発掘をしていた。
古い技術を最新の現場で使用する事。それだけが最適解でもない。
一つの可能性として古いシステムと最新の環境に適応させる。
それだけでも大きく発展したと言える。」
太くしっかりした文字で書かれる父からのアドバイス。
これを読んだ事が天啓なのか、一つの案が浮かんだ。
私は慌ててスタッフを呼び集め私の案を検討するように指示した。
このメッセージは父からの遺言だろう。
死に目にも葬式にも姿を表さなかった私へのせめてもの気遣いだったのかも知れない。
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