父の思い

サイノメ

第1話 父の遺産

 私が彼女と出会ったのは、その日の午後だった。

 たまたま寄ったカフェテラス。

 そこで彼女は話しかけてきた。

大木田おおきだ智則とものりさんですね?」

 突然声を駆けられ(恐らく)怪訝そうに顔を上げた俺の目に入ったのは、若い女性だった。

 無造作とも思える程度に首元で切りそろえた栗色の髪。

 勝ち気な性格を思わせるややつり上がった瞳。

 あまり化粧っ気の無い中、引かれている薄い色のルージュ。

 恐らく男物であるスーツを身に着けているその顔はどこか緊張した面持ちだった。

 一瞬だけどこかで有ったことが有るような気がしたが、多分人違いだろう。

「はい。私が大木田ですが、失礼ですがどちら様でしょう?」

 私は問い返す。

 そうすると女性は、一転し笑顔となる。

「ああっ!良かった~。あ、わたしはですね……。」

 安堵のため息と同時にスーツの胸ポケットへ手を入れる。

 今や治安は回復している。

 いきなり凶器を出してくることは無いと分かっているが、思わず身構えた私に彼女は一枚の名刺を差し出した。

『古物商 回天堂』

 簡潔にそれだけが書かれており、所在地や連絡先、さらには名前すら無い。

 ただこの名刺に私は見覚えがある。

「ああ、回天堂さんですか。」

 思わず私も笑みが溢れる。

 回天堂が来たとうことは依頼したことの結果が出たのであろう。

「以前の方とは別の方が来るとは思っておりませんでしたので、少し警戒しまいましたよ。」

「ええ、専任担当は本日、別件で出ていますが、大木田さんのご依頼が完了しておりましたので、今回はわたしが代わりにお届けに伺いました。」

 話をしながら私は彼女に向かいの席をすすめる。

 女性は遠慮することなく、そこへ座ると脇に抱えたカバンを開いた。

「よくここが分かりましたね?」

 カバンから茶色い封筒を取り出している彼女に私は問いかける。

「始めは事務所に伺ったんですが、そちらでこの時間ならこのカフェに寄っているのではないかと。」

 彼女は答えながらゆっくりと封筒をテーブルへと置いた。

 開いてもいいか目で合図する私に彼女はうなずくことで了承の旨を伝える。

 それを確認し、私は封筒を手に取り封を切る。

「ご依頼いただきました、お父様の残された設計資料。やはり生前お父様がお住いになられていた家の書斎に隠されていました。」

 彼女の簡潔な報告を聞きつつ、私はやはりと得心した。

 何はともあれ、これを確認すれば依頼を完遂できる。

 私は喜びながら、中身を確認すると紙の資料とフロッピーディスクが数枚、さらに別の封筒が1つはいっていた。

 まずは紙の資料を軽く確認する。

 そこにはは私が欲しかった内容が記載されている。

 問題ないと考えた私は彼女へ調査請求を会社へ送るように話した。

「しかし追加調査が必要になる場合もあります。ここで依頼を完了させてしまうとその場合は初期費用がまた発生してしまいますので、中身の精査が終わるまで請求発行はお待ちになったほうがいいのでは?」

 彼女は冷静な回答に私は我に返った。

 確かに父の住んでいた家から資料は見つかったが、これが正しい資料かはより詳しく精査が必要である。

「もっとも待機日数も期間として換算されますので、資料の確認に時間がかかる場合は一旦契約終了にするのも手かと思います。どちらの場合でも社には話を通しておきますので、調査はすぐに始められると思います。」

 私の会社の懐事情を気にしてか、彼女が付け加える。

 こちらの都合のいい方を選んで良いのなら答えは簡単だ。

「では1週間ほどお待ち頂けますか。社で内容を確認させていただきますので。」

 私は頭を下げつつ答える。

「承知いたしました。ではご連絡はいつもの要領にてお願い致します。」

 彼女も頭を軽く下げ去ろうとする彼女に改めて礼を述べた。

「まだ契約完了には至っていませんが、この度はご助力頂き誠にありがとうございます。」

「いいえ。これも仕事ですので必要以上の感謝は無用ですよ。」

 明るく答える彼女に少しだけ気になることを聞いてみることにした。

「元は父が扱っていた物であり、私が欲したものですから聞くのも変ですが、この様な災厄以前の情報を扱って大丈夫でしたか?」

 それに対して彼女は問題ないとばかりに微笑むと軽い会釈を返して去っていた。

 それを見送ると私は携帯端末の通話アプリを起動し、事務所へ連絡を入れた。

 待機中のエンジニアに資料確認の準備と、フロッピーディスクドライブの調達を指示した。

 正直今回の仕事は手詰まりだったが、危機一髪というところで光明が見えてきた。

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