イン・ザ・ダーク
和泉茉樹
イン・ザ・ダーク
◆
尻もちをついた男が驚愕の顔でガストンを見ている。
地面に投げ出された幾つかの松明からの明かりが周囲をゆらゆらと照らしていた。
ガストンは剣の血を払ってから、もう一度、眼前の光景を確認した。
倒れている人間は全部で七名。一人として動くものはいない。全員が絶命している。
生きているのはガストンと、もう一人の男だけ。
「あ、あんたは……?」
眼前で展開された惨劇の様子から立ち直れない様子だが、ガストンとしてはどうでも良かった。剣を鞘に戻して、男に手を差し出す。彼の仲間には申し訳なかったが、計画の範疇ではある。
「俺の名前はガストン。あんたは?」
恐る恐るガストンの手を取った男は立ち上がりながら名乗った。
「リュカだ。その……どうして僕を助けてくれた?」
「困っていただろう?」
簡潔なガストンの言葉に、リュカが呻くような声を漏らしてから頷く。そしてもう一度、倒れている者たちを見た。七人のうちの四名がリュカの仲間である。
「こんなことになるなんて……」
愕然とした表情で、リュカが仲間の死体から目を逸らした。
リュカとその仲間たちは、今は死体となっている三人に不意に襲われ、そこへガストンが割って入った形だった。三対一だったが不意を討ったこともあり、ガストンはリュカが殺される寸前に、一方的に三人を切り倒したのだった。
「さっさと引き上げた方がいい。ここはベースキャンプから遠すぎる」
親切心というよりこういう時の型どおりの言葉をかけると、リュカは無言で頷いた。
もしここでガストンがポーチから水晶玉を取り出さなければ、リュカは仲間の遺品を回収する余地もあったあろう。
ガストンが取り出した手の中に入るほどの小さな水晶玉が、オレンジ色でなければ。
その色を見た途端、ガストンはもちろんリュカも血相を変えた。
言葉もなく二人はそれぞれに松明を一本ずつすくい上げると、元来た方へ駆け出した。
ガストンが取り出した水晶玉は、大抵の場合は魔水晶と呼ばれる。
それは魔物の存在を感知する特殊なもので、何もないところでは透明かそれに近い青色になる。この水晶の色は魔物の気配が濃くなるにつれて黄色から赤、最終的には黒に変わる。
つまりオレンジとは、黄色と赤の間であり、ダンジョンの中においては極めて危険だった。しかもガストンとリュカの他には誰もいない。
ガストンには余裕があったが、すぐにリュカの呼吸が乱れていく。そのリュカをどうするべきかを考えながら片手に握ったままの水晶を見たガストンは、もはや状況が抜き差しならない状態だと理解するしかなかった。
水晶の色は、赤に変わっている。
松明に照らされているせいだと思いたかったが、間違いない。
松明に照らされた目印が視界の端に見えた。ベースキャンプまでの距離が刻印されている金属板だが、見間違いだと思いたくなる距離だ。
あっ、と声を漏らしてリュカが倒れこんだ。
ガストンは刹那だけ迷って、リュカを抱えあげようといた。
ひたり、と音がしたのはその時である。二人が背中を向けていた方、ダンジョンの奥からだった。
ひたり、ひたりと足音が続く。リュカは呆気にとられ、ガストンは水晶を腰のポーチに突っ込んで片手で剣を抜いた。松明をかざして、自分たちを追ってきたものを照らす。
闇の奥から出てきたのは、人間だった。
リュカの仲間たちである。全身が血まみれだが、歩いてこちらへやってくる。
「ハオ、ガーナ、マルタ! 生きていたのか!」
リュカが勢いよく立ち上がり、駆け出そうとした。
その襟首をガストンが掴み、勢いのままにリュカがまた尻もちをついた。
非難そのものの目つきでリュカがガストンを見たが、ガストンにはその余裕はなかった。
ガストンには誰が誰か、名前を知る術がないが、追ってきた三人は人間のそれとは全く違う体の動きでガストンとリュカに飛びかかっていた。一人を切り捨て、もう一人は蹴り飛ばす。最後の一人は避けるしかない。
唐突な展開にリュカが悲鳴をあげ、次には悲鳴は悲鳴でも別種の悲鳴に変わった。
追ってきた三人がゆらりと立ち上がる。一人は首が半ばちぎれているし、もう一人は腕が逆方向に曲がっていた。
「ネクロマンサーだ」
そう言葉にしたガストンだったが、現状から生きて帰る方策は少しもなかった。
ダンジョンに住む魔物の中でも、人間の死体を操るとされる種族がネクロマンサーだった。この魔物が操る死体を退ける方法はほとんど存在しない。できることは手足を切り落として逃げるくらいである。
だが、操られている死体は人間をはるかに超える身体能力を発揮する。今、ガストンとリュカはその死体、しかも三体とあまりに近い間合いにいる。逃げようにも、困難が過ぎた。
ガストンとしては諦める気はないが、諦めてもいいかもしれない、とは思っていた。
やるべきことはやった、と彼は考えていた。
三体の死体を前に、ガストンはそれでもリュカを引きずり、間合いをとった。リュカはいつの間にか泣いている。泣くくらいなら立て、立って戦え、とは思ったが、ガストンはそれは言わないでおいた。
すぐに二人ともが死体の仲間入りをするのだから、人間でいる時間の最後に説教されたい奴もいないだろう、と思ったのだ。
死体が間合いを詰めてくる。ガストンはリュカを引きずる。間合いは少しずつ狭くなる。
ガストンはリュカを諦め、松明をすぐそばに放った。そして両手で剣を取った。
戦って死んでやろう、と決めていた。
リュカはうずくまり、現実を直視しない姿勢のようだ。
ガストンは極端に集中し、リュカの存在は忘れ、敵と自分の剣のことだけを考えた。
死体が三体、同時に飛びかかった。
剣が翻り、鮮やかに一体を袈裟懸けに切り裂いた。
人間なら即死でも、死体は死ぬことはない。
さっと体を開いて切り捨てたばかりの死体を避け、次の一体を返す一撃で倒す。腕が一本飛んだが、その死体は着地と同時に跳ねてガストンに向かっている。
状況は二対一の上で、ガストンは姿勢が乱れていた。片方は倒せても、もう一方は次の瞬間にガストンに組み付いてくるのは確実だった。
それでもと、ガストンは一体を切り払った。切っ先が死体に肩から入り、胸を引き裂いて脇腹から抜ける。
足の力を一瞬だけ失った死体が、再び飛びかかる予備動作に入っている。
そして三体目は、ガストンの背後に迫っていた。
終わった。
そのガストンの思考はどこまでも間延びしていく。ガストンの感覚もまた間延びし、ゆっくりゆっくりと振り向く自分が、ゆっくりゆっくりと迫ってくる死体になんとか振り返ろうとするように認識された。
それでも間に合うことはない。
終わった、という思考が完結する前に。
不意に銀色の光が閃き、ガストンの中の時間を正常に戻した。
剣で切り払われた死体が一瞬で爆発したように見えた。正確には塵に変化したのだが、刹那で輪郭が全て消える様は火薬が爆ぜるのに似ている。
乱入してきた剣士が、ガストンに迫っていた残り二体を一撃で葬り去った時、まだガストンは自分が置かれた状況がわかっていなかった。リュカも顔を上げて、乱入者を見ている。
二人の命を救った剣士は腰の鞘に剣を戻すと二人に向き直ったが、フード付きのローブを羽織っているので、光の加減もあって二人には顔が見えなかった。
「無事か?」
少年を思わせる声がガストンとリュカに向けられ、ガストンだけが「助かった」と口にした。リュカはまだ屈み込んだまま、立ち上がれずにいた。
「本当に助かった。ありがとう」
改めてガストンが言葉にするのに、謎の剣士は一度だけ頷き、すでに肉体は塵に変わり、死体が身につけていた装備品だけが落ちている方を眺めていた。
「あんた、その剣は……」
言葉を発しようとしない相手に、ガストンの方から声をかけた。
「その剣は、精霊剣じゃないのか?」
謎の剣士は少し顔を上げてガストンの方を見たが、表情までは影の中で読み取れない。
「確かに精霊剣だ」
返答に、そうか、とガストンは半ば放心した思いで応じていた。
ネクロマンサーに操られた死体を破壊する方法の数少ないうちの一つが、精霊剣だった。これは地の精霊が大地の中で練り上げ、風の精霊が研ぎ上げるなどと言われる剣で、ある種の奇跡である。
人間の魔法使いや錬金術師でも再現が不可能とされる武装で、持ち主は限られる。
「あんたは、エルフなのか?」
ガストンの思わずの問いかけに、剣士は答えようとしない。ガストンは勝手に解釈して言った。
「いや、エルフはダンジョンを好まない。日差しと水と木々をがないところを好むエルフはいないはずだ。しかし、精霊剣を持つ人間もまたいない」
「エルフから奪ったとすれば?」
その言葉にリュカが肩を震わせて、剣士の様子を確認する。ガストンとしても、緊張する発言だった。
精霊剣を持っている以上に、剣士の剣の腕前はガストンよりはるかに高位になる。もしここで斬り合いになればガストンもリュカも命はないだろう。目撃者もないのだから、謎の剣士が咎められることもない。
沈黙がやってきたが、謎の剣士が小さく息を吐いたことで、その張りつめた緊張は一度に緩んだ。
「ここは危険だ。一度、ベースキャンプへ戻ろう。話はそれからだ」
ガストンは肩から力が抜けるのを感じた。少なくとも今、ここで命を奪われることはないのだ。リュカもゆっくりと立ち上がると、恐る恐るという様子で謎の剣士に近づいてきた。
「あんたの名前は? 俺は、リュカ」
「ガストンだ」
二人が名乗るのに、謎の剣士は少しだけ沈黙し、フードをあげないままに名乗った。
「シルフィードだ」
◆
ダンジョンは各地で発見されているが、人間はこの地下迷宮を攻略するにあたり、いくつかの段階を踏むようになっていた。
まずはダンジョンの入り口には大なり小なり、街が構築された。ダンジョンへ入ろうというものたちのために、食事や装備を提供する店が最初にでき、次に宿のようなものもできてくる。人が増えれば、街の規模も大きくなる。
次にダンジョンの中にベースキャンプと呼ばれる中継地点が設けられる。ここはとりあえずは人間たちの領域で魔物の襲撃がないとされるが、絶対ではない。どんなベースキャンプも魔物の大攻勢を受ける可能性がある。ベースキャンプ自体が消滅する場合もあるほどだ。その時は時間をかけ、改めて設置される。
ダンジョンに潜るものたちは、冒険者などと自称することもあるが、世間的にはならず者に近い。まっとうな職に就けないものか、死と血と暴力を好むもの、と解釈されるからだ。
ガストンもまた、そんな一人だった。故郷は辺境の地で、そのままそこで生活していれば家族とともにひたすら農耕に打ち込んだはずだった。
そんな未来が嫌で、ガストンはダンジョンに出入りするようになった。
彼らの収入源は倒した魔物を持ち帰ることでしか成り立たない。魔物の皮や鱗、牙、爪、骨などが取引されるからで、それもあってダンジョンに潜る場合は複数人で集団を作る。そうでなくては、獲物を持って帰る余裕などない。
ガストンも何人かの仲間と組んでいたが、リュカを助けた時はそれもいなくなっていた。
シルフィードを名乗る剣士と一緒にリュカとガストンはベースキャンプへ戻ることができた。ここから地上までは歩いて半日ほどの距離になる。ベースキャンプでは常時、炊き出しが行われていて、いかにもベースキャンプらしく貨幣を使わずに飲み食いができる。支払いは獲物の一部を渡すことで代えるのである。
一息ついたガストンは、リュカにこれからどうするのかを確認しようとしたが、それより先にシルフィードが挨拶もなく離れていくので、慌てて彼の横に並んだ。
「助けてもらったお礼をしたいんだ。待ってくれ」
興味ない、と言わんばかりの視線がフードの奥からガストンを見たようだが、ガストンは挫けなかった。
「一人きりであんなところにいたんだ。何か理由があるんだろう? 手伝うよ」
シルフィードが足を止めたのは、だからガストンとしては願ったり叶ったりだったが、不意に自分が手に余ることに手を出しているのでは、と思った。
しかしもう引き返すことはできなかった。
しばらく黙って突っ立っていたシルフィードが「剣を探している」と口にした。
「剣? どんな剣だ? 誰の持ち物かわかっているのか?」
「友人の剣だ。名前はアルファド」
その言葉に、ガストンはどうとも答えれなかった。
説明されなくても、シルフォードの行動がわかったからだ。アルファドという名前らしい男が持っていた剣を探しているということは、すでにそのアルファドなる人物は死んでいると見ていい。シルフィードがダンジョンの只中にいたのは、その死体を探しているのだ。
それは途方もなく困難だった。ダンジョンのどこにあるのかもわからないのに、ただ探し回るのでは時間がどれだけあっても足りないし、命が何個あっても足りない。
少なくとも、ガストンが容易に手伝える内容ではなかった。
手のひらを返して話を打ち切るか、と思ったところで、シルフィードが言葉を続けた。
「親友なのだ。すでに骸となっているだろうが、剣だけでも故郷へ送りたい」
その言葉にガストンは返す言葉がなかった。
言葉に滲む感情に心を打たれるものがあった。シルフィードのうちにある悲しみと、親友を悼む気持ちがはっきりと伝わってきた。
手伝えるだけ手伝おう、とガストンは決めていた。ひとりきりだし、これといって予定もなかった。手元にある硬貨を集めれば、半月は自由に生活できるはずだった。
手伝うよ、と言おうとした時、「あの」と背後から声がした。ガストンとシルフィードはそちらを見て、まだどこか腰が引けているリュカを発見したのだった。いつの間にかそこまで来ていて、二人の話を聞いていたらしい。
「ぼ、僕もあんたたちの手伝いをするよ。命を助けてもらったから……。ダメかな」
どこか弱々しいその声に、ガストンはシルフィードの方を見た。剣士はフードを被ったまま、しかし確かに頷いた。
「人手があるのは助かる。一週間で構わない。それでいいか?」
ああ、とガストンが頷き、リュカも頷いた。
こうして奇妙な三人組は翌日から、ダンジョンの奥へ向かうことになった。
◆
捜索は全く手探りで、何の手がかりもないままに五日が過ぎた。
ガストンはこのダンジョンに比較的、長く滞在していたから地図も持っていたし、地図に載っていない経路の幾つかを経験的に理解していた。それはリュカも同じようだったが、シルフィードはといえば、全く土地勘がない。
ダンジョンでは頻繁にネクロマンサーに操られる死体が出没するので、シルフィードの持つ精霊剣は役に立った。一撃必殺なのである。
リュカは戦力にならないが、補給を担当すると言って食料と飲み物、松明などを安く調達してきた。ベースキャンプに知り合いがいるという。
こうして自然と役割分担がされたが、収穫がないのは問題である。
いくつかの質問をガストンはシルフィードに向けたが、シルフィードも多くを知っているようではない。アルファドという名前、彼が身につけているものに刻まれた菱形の紋章、それくらいしか手がかりがない。
六日目も何も手に入らないまま、三人はベースキャンプへの帰途に着いた。
途中でリュカが疲労を訴え、休憩することになった。リュカが水筒を回していく。シルフィードは身軽でいるために荷物は最低限した持たず、彼の分の装備の大半はリュカが運んでいた。疲れるのも当たり前だとガストンは思っていた。ガストン自身は一般的な装備を自分の分だけ自分で背負っていた。
水筒の水を一口飲み、それをガストンはシルフィードに渡した。彼は少し口をつけ、眉をひそめたようだった。
「どうした?」
いつの間にか親しくなっている相手に、ガストンは何気なく声をかけた。シルフィードは何も言わないで水筒を見ている。
「あまり深く考えるなよ、シルフィード。時間が足りないだけさ」
「いや……、リュカ、ちょっと良いか」
シルフィードがそう言ってリュカの方を見たが、リュカは何も言わない。
ガストンは胡乱気にそちらを見た。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。最初は松明の光が不自然に揺れでもしたのかと思ったが、違う。体が傾いていく感覚があり、姿勢を取り直そうとすると、今度は逆に倒れてしまう。
ガストン! と声がしたが、シルフィードの声か。
どうなっているのか、ガストンは何もわからなかった。彼は気付くと地面に倒れ込み、頬にじっとりとした湿気と土臭さを感じていた。
シルフィードが剣を抜いたのがガストンからは見えたが、リュカが何をしているのかは見えない。二人が何か言い合い、次には足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
前触れもなくガストンの体が持ち上げられたので、まるで宙に浮いたように錯覚された。
持ち上げたのはシルフィードで、リュカはそばにいないようだった。
「ガストン、水に毒が入っていたようだ。ベースキャンプまで耐えてくれ」
毒? 誰が?
当たり前の答えに、ガストンは鈍い思考でもすぐに思い至った。
水筒の水を用意したのは、リュカだ。
リュカが毒を盛ったのだ。しかし、何故?
「彼は私の精霊剣が目当てなのだろう。ガストンには迷惑をかけた」
言いながら、シルフィードはガストンを器用に背負うと、歩き出した。
置いて行け、と言おうとしたが、ガストンは毒のせいで舌が回らなかった。
ダンジョンでは仲間を助けるか見捨てるかの選択が日常茶飯事だ。助けられることもあれば、大勢を生かすために少数を犠牲にすることもある。
現状では、シルフィード一人でガストンを背負ってベースキャンプへ戻るのは無謀に思えた。シルフォードだけなら安全に帰還できるのに、ガストンのせいでそれがままならなくなってしまうのは、ダンジョンに潜るものとしては忸怩たるものがあった。
水筒の水を疑いもせずに飲んだのはガストンの落ち度だ。信頼できるものを見極めるのも必要なセンスなのだから。
シルフィードは軽い足取りで、ガストンを運んでいく。ガストンは揺られながら、今にも生きた死体が追ってくることを想像していた。自分が死ぬ時、シルフィードを巻き込みたくはない。
「私はエルフではない」
不意にシルフィードが語り出した。ガストンは相槌も打てずに、ただ聞いた。
「しかし母親だけがエルフだった。父親が何者で、どこで何をしているかは知らない。ハーフエルフである私を生んだ母はエルフの里を追放され、流浪の旅を続けながら私を育てたが人の手によって殺された。それから私は、流れ者のエルフたちに拾われた」
そんな話をしてどうする、とガストンはなんとか声にした。
珍しく、シルフィードは笑ったようだった。
「退屈しのぎだ。時間は流れるのが遅すぎる」
ガストンは衝動的に自分のことを話していた。
「俺は、元は盗人だ」
ほう、とシルフィードが応じる。
「盗人がここで魔物狩りか?」
「まさか。人間狩りさ」
そうか、とシルフィードは何でもないように応じる。
「驚けよ。俺は人殺しの犯罪者だ」
「しかしリュカを、お前は助けた」
「偶然だ」
ガストンは六日前の場面を思いだした。
「俺は仲間と組んで、護衛をすると見せかけて、ダンジョンの奥で暗殺することで生きてきたんだ。何人も殺したよ。しかし俺は、仲間に裏切られて、捨てられた」
「盗人に捨てられたのか? 不運だな」
シルフィードの軽口に、ガストンはどうとも答えなかった。
「それで、盗人仲間に捨てられて、どうした?」
「元の仲間の後をつけて逆に殺してやったのさ。つまり、リュカの仲間を襲ってご満悦だった奴らを、不意打ちで斬った」
「復讐だな」
「やってはみたが、最悪な上に最悪だったよ」
足を進める剣士の歩調は乱れることがない。
「ガストン、これからどうする?」
シルフィードの言葉の意味を、ガストンはすぐには汲み取れなかった。そんな様子に気づいたのか、言葉が足される。
「リュカを放っておくか? それとも復讐するか?」
「お前が決めろよ、シルフィード。目当てはお前の精霊剣で、俺はおまけだっただろうし」
「私が復讐すると言えば、お前もついてくるか?」
ガストンは笑いたかったが、毒のせいで喉が不自然に引きつっただけだった。
「どうした?」
「エルフも復讐するんだな」
私はハーフエルフだ、とシルフィードは憮然といった様子で答えた。
◆
リュカはダンジョンの奥へ進みながら後ろをついてくる三人組を意識した。
ガストンに危機一髪で救われた時は生きた心地がしなかった。自分たちと組んでいたはずの集団が不意に襲ってきて、その場にいた仲間は全滅してしまった。リュカもまた死ぬはずだった。
そこへ救いの手が差し伸べられるとは、奇跡だった。
ついでに精霊剣を持つ剣士も現れ、命の危機は一転、大儲けのチャンスにもなった。
毒を盛るのに失敗して獲物は逃したが、少なくとも命は拾った。
生き残っていた仲間と合流し、少し様子を見てから以前と同じ仕事に戻った。
ダンジョンに潜る連中を誘導して暗殺し、装備一式を奪う仕事。罠に嵌める相手は完全に油断しているので失敗することは少ない。
今、リュカは三人の仲間とともに、三人組を誘導しているところだった。三人組はダンジョンの奥ということもあり、緊張している。だがリュカたちに対する警戒は少しもない。
舌なめずりをしたいところだが、リュカも緊張していた。ガストンに救われた時のことが思い出される。どうして殺すはずの相手が逆に自分たちに剣を向け、少しの躊躇もなく攻撃してきたのか、リュカにはわからない。
そのことは仲間にも詰問されたが、わからないことはわからない。
あの時、リュカたちを切りたて、最後にはガストンに切られた連中は不自然なほどに行動に無駄がなかったような気もしたが、錯覚か。
しかし、まるで慣れきっていたような……。
「どうやらここまでのようですね」
思考に没頭していたリュカは、仲間の一人がそう言ったのを聞いて現実に復帰した。
合図だ。仕掛ける、という合図である。
リュカは唾を飲み、しかし気取られないように注意した。
これから三人は惨殺され、身ぐるみを剥がされる。
明日は美味い酒が飲めそうだ。
「お、おい、なんだ、お前たちは!」
先頭を進んでいたリュカは、誰かがそう声にするまで事態に気づかなかった。
振り返った時には悲鳴と怒号が飛び交い、足音と風切音、湿った音が重なり合っている。
「こんなものだな」
リュカが松明を掲げた時、そこには仲間を含めて六人がいたはずが、立っているのは二人だった。仲間が仕事を終えた、わけではない。
地面には誰も倒れていない。足音が、遠くから聞こえてくる。
松明の光の奥、闇から声の主が進み出てくる。
ひっ、とリュカの口から声が漏れた。
そこにいるのはガストンで、その後ろに控えるのは、シルフィードだった。
なんで、こいつらがここにいる? 獲物のはずの三人組も、仲間の三人も、どこへ消えた?
まさか……。
リュカは事実をやっと飲み込めた。仲間も獲物も、六人が六人とも逃げてしまったのだ。
リュカ一人を残して。しかもダンジョンの奥に。
「あ、あ、あんたたち、その、何が目的だ……」
やっと言葉にしたリュカだったが、ガストンは苦笑いしていて、もう一人の剣士、シルフィードは無反応だった。
「ちょっとした復讐だよ。まぁ、過剰な復讐のような気もするが」
「ぼ、僕が、毒を盛ったんじゃない!」
とっさにリュカは叫んでいたが、言い訳にもならな言い訳、弁明にもならない弁明を、ガストンは一言で切って捨てた。
「どうでもいいさ。この魔水晶の色、見えるか?」
その言葉で、ガストンが片手で弄んでいる小さな球体にリュカの視線が吸い寄せられた。
水晶は、赤く染まっている。
「じゃ、そちらはそちらで頑張れよ」
そう言うなり、ガストンとシルフィードは背中を向けて駆け出している。
リュカも走り出そうとした。
だがこの時も彼は、背後に無防備だった。
何かが足首をつかみ、リュカは一歩も行かないうちに転倒した。
背後を見ると、腐った人のようなものが数え切れないほど見えた。
「お、おい! 助けてくれ、助けて……!」
ガストンも剣士も、すでに姿は見えない。
リュカは正真正銘の絶望の中で声の限りに叫んだ。
誰も聞くものがいないとしても。
◆
走りながらガストンはシルフィードに問いかけた。
「これからどうする?」
「剣を探す。あんたは?」
ガストンは短く思案した。
「どうせまた、同じだな。ここで殺したり、殺されたりするのさ」
「救いがないな」
ハーフエルフの言葉に、ガストンは笑うしかなかった。
救いがない。その通りだ。
しかしもう、道を選び、進んでしまったのだ。
「あんたは陽の下を歩くといい、シルフィード」
その言葉に、シルフィードは無言だった。
ダンジョンの闇は松明によって払われても、すぐにまた全てを塗り潰す。
ガストンは闇の中にある悪意を思った。
あるいはそれは、弱い人間を思ったのかもしれない。
自分自身を含む人間を。
(仮)
イン・ザ・ダーク 和泉茉樹 @idumimaki
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