第2話
司が就職したのは、それなりの大企業らしい。
最初の三か月は部署が正式配属になる前のお試し期間にあたるとかで、ひとまず総務課で女性上司の下について仕事を学んでいるとのことだった。
この女性が、五年先輩ということだったが、とにかくできる女。そして鉄の女。
美人にして、愛想絶無。
「ひとの噂だけどね。子どもの頃から可愛い可愛いって言われたのがトラウマになっているらしい。何をしても評価に『可愛い』がついてくる。うちの会社に入っている時点でかなりシビアな就職戦線切り抜けているはずなのに、『君は可愛いから人生楽勝でいいねえ』ってひとに言われたとか。入社以降も、どれだけそつなく仕事をこなしても『可愛いのはいいねえ』って仕事と関係ないこと言われ続けて、入社半年の飲み会でブチ切れたんだって。『誰も彼も私が顔で仕事しているみたいなこと言うし、聞きようによっては“枕”すら辞さないみたいに思っているみたいですけど!! ふざけんじゃないですよ!! 今度“可愛い”って言ったら全員ブチ殺しますよ?』って」
「にゃあ(ほえー……)」
ブチ殺す、とは。さすがに反応に困る。
司、その女大丈夫か? とよほど言いたい。包丁持って襲ってくる可能性は?
「それ以来ほとんど笑うこともなくなったって。四年以上だよ。すごい気合入っている。俺なんか笑わないように頑張っていても、やっぱり笑いそうになるし。それで女性社員に『一ノ瀬くんって笑顔が素敵』なんて思われたら命の危機だからね。我慢して、ひとがいないところでひとりで笑っている」
その光景、客観的に見て大丈夫なのか。絶対ひとに見られないようにしとけよ。
「にゃあ(お前も難儀なトラウマ背負ってるよなあ)」
楽しそうに一人で缶チューハイを傾けている姿に、にゃあにゃあと呼び掛けてみた。
そんなに酒には強くない司は、色白の頬を染めている。ほろ酔い。
髪は艶やかな黒髪で、顔はくっきりと彫りが深くパーツの一つ一つが端整で涼やかだ。細身で手足は長く背が高い。人間基準で言えば絶世のイケメンらしいが、猫から見ても文句なくイイ男。
「俺、あの人が先輩で良かった。生きることに対する警戒心と敵対心が半端なくて、絶対に恋愛なんかしなさそうだもん。仕事はできるし。一緒にいると滅茶苦茶、楽。こっちも仕事だけに集中できるから。さすがにね、楽させてもらうだけじゃ申し訳ない気持ちはあるよ。早くあの人の力になりたい」
「にゃあ(結構なことで。その調子で昇進しろよ)」
笑わない鉄の女(※可愛い)と、人を寄せ付けない冷たいイケメン(※女嫌い)。
おそらくその会話は、誰が聞いても冷ややかで事務的なのだろう。
だけど、本音の司は上司をこんなに尊敬していて、その力になりたいとすら思っている。
(さてさて相手はどうなんかね。この
鉄は、生半可な熱では溶けないから鉄なんだとは思うけれど。
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