君へのプレゼント

緋月怜

第1話 理想

 君はなぜいじめをするんだ? 自分が楽しいからか? 相手がムカつくからか?

 いや、そもそもいじめている事自体に気づいていないのか。だからこそ、いじめという最低最悪の行為に手を染めることができるのだろう。

 相手がどう思っていて、何を感じているのか。それは誰にもわからない。

 今君は誰かをいじめていないか? 無自覚のうちに誰かの幸せを、人生を奪っていないか? 自分は何も関係ないと、目を背けてはいないか? そのような行為は、すぐにでも辞めてほしい。

 如何なる理由があろうとも、いじめを肯定することはできない。その凶器を振りかざすとき、人の心は無惨に切り裂かれてしまうのだから……。


 今日から高校生になる大寿美おおすみかおるは、キラキラとした高校生活を夢に見つつ、期待と不安で心が一杯になりながら学校に向かっていた。

(今日から俺もモテモテになって、可愛い彼女ができる……!)

……いや、不安など一切感じていなく、期待と欲望が脳の大部分を占めているようだった。

 薫は中学では特に目立った何かがあったわけではなく、ただひっそりと、青春を謳歌しているとは言えないような生活を過ごしてきた。だからこそ、高校生活というのに希望を見出しているし、夢を見ている。

「ここから俺の輝かしい毎日が始まるのか……」

 校門の前で、自分がこれから通う校舎を眺めながら、薫はその希望を口にした。

 夢を抱くのは良いことだが、必ずしもその夢が叶うわけではない。

 幻想を手に入れようとしても、そこに残るのは空虚だけだということを、彼はまだ知らなかった……。


 その後、校門をくぐった薫は、自分のクラスが掲示されている張り紙を見に行っていた。

 その張り紙の近くにはすでに大勢の新入生らしき人がたむろしており、薫もすぐにその一員となった。

「えっと、俺のクラスは……うわっ!」

「きゃっ!」

 自分の名前を探すのに夢中になっていた薫は、同じように夢中になっていた彼女とぶつかってしまった。

「う〜……いったぁ〜い……。ちょっと! ちゃんと周り見なさいよ!」

 ぶつかった頭を擦りながら、彼女は薫を見上げて怒りをぶつけていた。

 薫はそれに平謝りするわけでも、ましてや同じように怒るわけでもなく、ただ彼女のことを見つめていた。

「な、なによ。見つめてきてきもいんですけど……」

 彼女は後退りながら、顔をひきつらせていた。それに気づいたのか、薫はようやく口を開き、その言葉を発した。

「可愛い……」

と、その端的な一言を。

 この学校には制服がなく私服での登校となっているのだが、彼女はピンクを基調としたフリルの付いたオフショルダーに膝上ほどのミニスカートを履き、髪はツーサイドアップでまとめられている客観的に見てとても可愛らしい姿をしていた。

 背は小学生と間違えてしまうほどに低いが、それも相まって薫にはとても可愛らしく映っていた。

「……ゆ、ゆーが可愛いのなんて当たり前のことでしょ! アンタなんかに言われなくてもわかってるわよ!」

 薫が彼女に見惚れていると、彼女はそれだけ告げてこの場を立ち去った。

(あの子と同じクラスだったら良いなぁ……)

 未だ彼女に心を奪われている薫は、夢現状態になりつつも自分の名前を探し、そのクラスへと向かった。

 事前に配布された資料をもとに教室へと向かい、自分の名前が書かれた席に座ると、さっきの彼女が隣に座っているのに気が付いた。

 彼女もそれに気づいたようで、

「あ、アンタなんで!?」

と、自身の腕を抱えるように掴みながら、そのわかりきった問いを投げかけていた。

 薫はそれに答えるわけでもなく、

「俺と同じクラスで、なおかつ隣の席だなんて。もしかしてこれって運命!?」

などと自分の世界に入りきっていた。

「きもいからやめて。鳥肌が立つから……」

 汚物を見るような目をしている彼女だが、薫はそれに気づく様子はなく、

「名前小岩ゆうって言うんだね。俺の名前は大寿美薫だから、これからよろしくね!」

と、彼女、ゆうの机に記されていた名前を見ながら、勝手に自己紹介をしていた。

「なんでアンタなんかとよろしくしなきゃならないのよ……」

 ゆうはスマホを突きつつ、ため息混じりにそう言葉を返した。

 周りの生徒たちは、ほとんどが机に向かってそわそわしているというのに、この二人だけはまた違った感情を抱いているのだった。


 入学から一週間程度が経ち、高校生活にも慣れてきた頃、彼は部活の見学のため色々な部に立ち寄っていた。

(ゆうは部活に入らないらしいし、俺としては可愛い女の子のいる部活がいいけど好みの子は中々いないしなぁ……)

 脳のほとんどを下心で支配されている薫は、部活の内容よりも可愛い女の子の有無で部活を選ぼうとしていた。

 彼にとっては可愛い彼女を作ることが現時点の最優先目的であるため、部活はあくまでその手段に過ぎないらしく、内容はそこまで重視していないようだった。

「部活の見学に来たんですけど……」

 吹奏楽部の部室のドアを開けながら、彼は抑えめにそう声をあげた。

「あ、一年生? どうぞ見ていってくださいね! そして入部してください!」

 彼の声にいち早く反応した彼女は、彼の手を強く握りながらいきなり勧誘をしていた。

 まぁ部員が欲しいのはどの部活も同じなんだろうけれど、それで入る人なんて……

「はい! 入ります!」

……いましたね。

 薫は一切悩むことなく、二つ返事でその勧誘を受けていた。

「ほんと!? もしかして中学でも吹奏楽部だったの?」

「いえ、そういうわけではないんですけど、吹奏楽に興味があって……」

(え、この人めっちゃ可愛い! しかも見るからに優しそうだしめっちゃタイプ……!)

 薫は彼女の後ろにある楽器には一切目もくれず、彼女だけを見つめていた。

 彼の興味の矛先は吹奏楽などではなく、目の前にいる彼女だけだった。

「そうなんだ! ちなみにやってみたい楽器とかってある?」

「うーん、先輩はなんの楽器をやってるんですか?」

「私? 私はドラムとか打楽器系全般のパーカッションだよ」

「そうなんですか!? 実は俺もドラムに興味があって」

 流れるように嘘をつく彼は、濁りきった綺麗な瞳をしていた。

「やった〜!! じゃあ私と一緒だね! あ、折角だし今から私が教えよっか?」

「え! いいんですか!? 是非お願いします!」

「おっけ〜! それじゃあこっち来てね〜」

 そうして、彼女は手招きをしながらドラムが置いてあるエリアへと薫を連れて行くのだった。


 それから数日が経ったある日の昼休憩にて、薫はゆうの机の正面にしゃがむような形で座りながら問答をしていた。

「ねぇねぇ、ゆうちゃんって休みの日とか何してるの?」

「はぁ……なんでアンタなんかにゆーのことを言わないといけないのよ」

 この数日間毎日のように話しかけてくる薫にため息をつきつつ、ゆうもいつもと変わらない上から目線の言葉で接しているが、薫はそれを気に留めていなかった。

「だって気になるじゃん! やっぱり色んな服を買ったりするの? いつも可愛い服着てるし」

「……そりゃあゆーは可愛いけどさぁ。はぁ……じゃあ聞きたいんだったら購買のパン奢って〜。今日お昼持ってくるの忘れちゃったのよね」

 ゆうはお腹を軽く擦りながら、その取り引きを持ちかけた。

「わかった! ゆうちゃんが好きそうなやつ買ってくるね!」

「あ、え。冗談のつもりだったんだけど……」

 すでに薫のいなくなった教室で、ゆうはそう呟いた。ただで言うのも面白くないと思ったから特に何も考えず適当に言った訳だが、薫はそれを真に受けて本当に買いに行ってしまった。

 特にすることもないためスマホを弄りながら待っていると、薫は本当に何種類かの菓子パンを手に戻ってきた。

「ゆうちゃんが何が好きかわかんなかったからとりあえず色々買ってみた。食べたいのを食べてね!」

「あ、う、うん。ありがとう……」

 まさかこんなにたくさん買ってくるとは思わなかったため、ゆうは明らかに困惑しきった顔をしていた。でも、実際お昼ご飯をどうするか困っていたので、ゆうとしてはとてもありがたかった。

「どういたしまして〜。じゃあ食べながらでいいから教えてね〜」

「うっ……わかったわよ……」

 そうして、ゆうは渋々といった感じで薫の質問に答え始めた。

「休みの日は基本的にショピングに行ってるわよ。今着てるみたいな可愛い服好きだからそういう服を探しに行ったりね」

 なんだかんだ真面目に答えているあたり、本当に彼の行動をありがたく思っているのだろう。

 ゆうは改めて自分の服を眺めながら、薫とは一切目を合わせることなく質問に答えた。

「いいね楽しそう。俺は普段部活に行ったり、家でゲームしたりしてるからなぁ」

「いやアンタのことなんて聞いてないんだけど……。ってか過ごし方が寂し過ぎて笑っちゃうんだけど! まぁアンタ友だちいなさそうだし一人で過ごしてるのがお似合いね」

 彼の発言を聞くなり、ゆうの眉は曲線を描き広角を上げた。

「失礼な。部活の先輩と仲良いし一人じゃないから」

「……先輩、ねぇ」

 先輩という言葉に引っかかったのか、ゆうは無意識のうちにそう口にしていた。

「そう先輩。その先輩礼奈れな先輩って言うんだけどめっちゃ可愛いし優しいんだよな。しかもなんか俺に気があるみたいだし、もうすぐ誕生日らしいからそのときに何かプレゼントを渡したら喜んでくれるだろうな」

「うわきっも……。何夢見ちゃってんの?」

「いや夢見てねぇし! 彼女絶対俺に気があるはず」

「ハハハ……きもすぎてなんも言えないんですけど……」

 予測から確定に変わった自信満々の薫の言葉に対し、ゆうはまるで汚物を見るような目と乾ききった声を薫に向けていた。

「きもいきもいって言うけどさ、俺のどこがきもいんだよ」

「……え? そういうところだけど? 叶いもしない夢を見てるとことか」

「叶わない夢じゃねぇし!」

「アッハハハ! うっわ何ムキになっちゃてんの? ウケるんですけどぉ」

 薫のことを嘲笑っているゆうは、ここ数日で一番楽しそうな笑みを浮かべていた。

「……」

 だが、そんなゆうとは対象的に、薫は不貞腐れたようにさっき買ったパンのうちのひとつを頬張っていた。

「んもう、何か言いなさいよ。つまんないわね」

 ゆうがそう言った直後昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、二人は急いでパンを食べながら次の授業の準備をするのだった。

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