月の影 闇を斬り裂き 光花咲く
「じゃあ、私は普通の人間なの? 死亡届も教団を誤魔化すためでホントに死んだわけじゃないって事?」
花籠が訊ねた。
「死んだわよ。〝魂の器〟じゃないってだけで」
香夜があっさり答える。
「えっ!? どういう事!?」
花籠は確かに一度死んだ。
玉藻は儀式で呼び出されて
ちょうど同じ頃、生まれたばかりの花籠の心臓も止まった。
玉藻はその身体に入り込んだのである。
ただ、その時は
そして香夜は両親の洗脳を
花籠の両親は香夜の死亡届を出した後、教団に見付からないように出生届を出す時、花籠という名前に変えた。
「じゃあ、やっぱり双子じゃなかったの?」
「最初から一人っ子よ」
玉藻は花籠の意識を操作して双子だと思わせていただけなのだ。
闇の世界に魂が戻らなければ遠からず白浪は玉藻が生きていることに気付いて玉藻を探すだろうし、そうなればいずれ教団から逃げ出した夫婦の子供の存在が知られるだろう。
花籠(の身体)がある程度成長するまで白浪に見付からないようにしていて発見されてしまったら逃げるつもりだった。
高校入学直前まで発見されずにすんでいた。
あの日、鵺の鳴き声を聞いて白浪に見付かったことに気付いた香夜が花籠と入れ替わって逃げようとした時、祥顕と出会い、彼が頼政の生まれ変わりだと気付いた。
花籠が祥顕と知り合ったことで香夜は逃げるのを先延ばしにした。
上手くいけば今世こそ頼政と結ばれることが出来るかもしれない。
そう考えて逃げるのを思い留まった。
幸か不幸か花籠は頼政の最愛の女性だった菖蒲の生まれ変わりだ。
逃げるのは振られてからでも間に合う、と。
そして花籠が死を選ぶように仕向けた。
「私が死んだら香夜ちゃんも死んじゃうんじゃないの?」
「死んでほしかったのは意識だけよ。意識が無事だと表に出てこないように抑えてないといけないから」
けれど――。
「あの人は結局またあんたを選んだ」
香夜が遠くを見るような表情を浮かべた。
「で、でも香夜ちゃんは私の中にいるなら元々一人なんだから香夜ちゃんも先輩と両想いって事じゃ……」
「私はあんたじゃない。たとえ身体が同じだったとしても……」
香夜は悲しげに言った。
「あの人が見ているのはあんたよ」
「…………」
香夜ちゃんも分かってたんだ……。
花籠が香夜ではあり得ないように、香夜も花籠ではない。
二人は同じ人間ではない。
たとえ身体が一つであろうと、心は別なのだ。
「……あの人は間違えなかった」
香夜が言った。
「え?」
「あんたの振りして声を掛けたの」
そういえば先輩、香夜ちゃんに会ったって……。
先輩が会った香夜ちゃんって……。
「あんたよ」
香夜が言った。
瓜二つも何も身体は同じなのだから似ていて当然だったのだ。
今までも香夜は花籠の意識を抑え込んで動いたことが何度もあった。
白浪に拉致された時も香夜が花籠と入れ替わってあの場にいた者達に暗示を掛け、花籠の中に香夜がいることがバレないようにしたのである。
病院で祥顕と会った時、花籠の振りをしてそのまま成り代わろうと思っていた。
けれど祥顕はすぐに気付いて騙されなかった。
先輩、間違えなかったんだ……。
他の誰が気付かなくても肝心の祥顕が騙されないのでは意味がない。
祥顕が好きなのは花籠であって香夜ではない。
その事を改めて思い知らされた。
「それで諦めたの」
香夜の言葉に花籠はどう言えばいいか分からなかった。
「……えっと、香夜ちゃん、これからどうするの?」
「別に」
香夜が肩を竦める。
「玉藻に戻る気はないけど……長生き出来るかはあんた次第ね」
「え?」
「あんたが
香夜が言った。
「殺……!?」
「バレたらあんたの身体ごと始末されるわよ。実際、連中は何度もそうしてきたんだし」
「…………」
「ま、あの人は命を張ってあんたを守るだろうけど……そうなったらさぞ見物でしょうね」
健闘を祈るわ……。
香夜はそう言って消えた。
「花籠! 花籠!」
祥顕の声で花籠は目を覚ました。
目を開くと祥顕の顔が眼前にあった。
「せ、先輩!?」
花籠が真っ赤になると祥顕が、
「あ、すまん!」
と言って慌てて顔を離した。
「大丈夫か?」
祥顕が心配そうにそう言いながら花籠の身体を優しく支えている。
「はい、大丈夫です」
花籠は自分で上体を起こした。
「早太」
男が声を掛けてきた。
「我らは玉藻の捜索に行く。ここは頼む」
男の視線が花籠の見張りを頼むと言っていた。
やっぱり疑ってるんだ……。
花籠の身が竦んだ。
香夜のことがバレたら花籠だけではなく祥顕にも危険が及んでしまう。
「具合は?」
祥顕が声を掛けてきた。
「あ、大丈夫です。その……香夜ちゃん――玉藻前がいなくなっただけで身体は別に……」
「玉藻前? 狐の?」
祥顕は花籠が頷いたのを見ると早太の方を振り返った。
「アザラシじゃなかったのか?」
祥顕の言葉に、
「違うと申し上げたはずですが……思い出されたのではないのですか?」
早太が呆れた表情を浮かべる。
「一部だと言っただろ」
祥顕はそう答えてから、
「あの後どうなった」
と早太に訊ねた。
「
「我が末裔は絶えたか」
祥顕が感慨深い表情で空を見上げた。
「いえ、生き延びられて……御子孫が江戸城を築城されりました」
「えっ!? 道灌!?」
祥顕が驚いたように声を上げた。
「はい」
「我が子孫が〝山吹〟の意味が分からなかったとは情けない」
祥顕が溜息を
「あれは後世の創作です。道灌様は歌道に通じておられましたから」
「やはり『後拾遺和歌集』の話か」
祥顕の問いに早太が頷く。
山吹の話というのは、道灌が急に雨に降られた時、近くの家の娘に「
蓑を貸してもらえなかったと腹を立てて帰城し家臣にその話をしたところ、
七重八重 花は咲けども 山吹の みの一つだに なきぞ悲しき
と言う兼明親王の歌で、「実の」と「蓑」を掛けて『(貧しくて)蓑が一つもない(だから貸すことが出来ない)のが悲しい』と答えたのだと教わった。
――と言う事になっているが実はこれは『後拾遺和歌集』に載っている話なのだ。
『後拾遺和歌集』の
「元は京都の小倉の話ですから」
「新宿じゃなかったのか」
祥顕が意外そうな顔をした。
「新宿には団子の
祥顕が言った。
「殿は道灌様ではないのですから行かれたことはないでしょう。それに新宿に店が移転して来たの道灌様が亡くなられた後です」
「お前は相変わらず突っ込みまくってくるな」
祥顕が言った。
「殿のおふざけが過ぎるからです」
随分仲良くなったんだ……。
というか、話を聞いた感じだと前世ではこんな感じだったのだろう。
「まぁいい。花籠、待たせた。送るから帰ろう」
祥顕はそう言って花籠に手を貸して立たせた。
「はい……あの、先輩、もしかして甘いものが好きなんですか?」
〝大〟が付くほど……。
「今お団子って言ってましたけど……」
「甘くない団子もあるぞ」
祥顕が答えた。
「そ、そうですか……」
食べに行ったことあるんだ……。
花籠の思いを読み取ったように、
「行ったことはない。良かったら今度一緒に行かないか?」
と言った。
「はい!」
花籠が嬉しそうに頷いたのを見た早太は、
「殿、一つ伺ってもよろしいですか?」
と声を掛けた。
「菖蒲様から伺ったのですが……。」
早太が菖蒲の歌の話をした。
「何故菖蒲様のために歌をお詠みになられなかったのでしょうか?」
早太が訊ねた。
「何度も詠んだぞ。菖蒲には言わなかったが」
「では、やはり桜でしたか」
早太が言った。
頼政はよく桜の歌を読んでいた。
「では、今からでも遅くはありませぬので詠まれては。そこにいらっしゃいますから」
早太はそう言って花籠に目を向けた。
「その方は菖蒲様の生まれ変わりです」
「ホントか!?」
「はい」
「さっきも言ったとおり、歌のことはほとんど覚えてないんだがな……」
祥顕が困ったように頭を掻いた。
「あ、別に無理に詠まなくても……」
花籠が慌てて言った。
そもそも花籠には前世の記憶はない。
「そうか。代わりに今度、団子屋に連れていくから。あ、それとチョコレートも食べに行こう。あとアイスとケーキと……」
「……全部先輩が行きたかったところですか?」
「あ、花籠が他の所に行きたいなら……」
祥顕が慌てて言った。
「いえ! そういうわけでは……」
花籠は手を振りかけてから、
「もしかして動物も好きなんですか?」
と訊ねてみた。
アザラシとか言ってたし……。
「それなら動物園とか水族館とかでもいいですよ」
花籠がそう言うと祥顕はさっそく動物園や水族館の名前を挙げ始めた。
やっぱり好きなんだ……。
「殿、願いが叶いましたな」
早太の言葉に祥顕は笑顔で頷いた。
祥顕は花籠と次の休みに行くところを相談しながら歩き始めた。
〝散る花の 岩で
―― 思へただ 岩にわかるる 山水も 又ほどもなく 逢はぬものかは ――
* *
頼政が主人公の短編(「鵺退治」「頼政、歌物語」)も投稿していますので、よろしければそちらもよろしくお願いします(前日譚というわけではありません)。
「鵺退治」https://kakuyomu.jp/works/16817330669230100189
「源頼政、歌物語」https://kakuyomu.jp/works/16818093073913576577
和歌:源頼政『源三位頼政集』『平家物語』、源頼光『拾遺和歌集』、菖蒲前、兼明親王『後拾遺和歌集』
他は私です。
いくつかの点についてサイエンスライターの彩恵りりさんに相談しました。ただし全てについて確認をしたわけではないため、考証に間違いがあればそれは私の責任です。
光、さく 月夜野すみれ @tsukiyonosumire
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