突然、勇者候補クビになりまして(仮)
文月 想(ふみづき そう)
一
まったくだ、まったく、なんて世の中だろう。若い年にして職を失うなど、世知辛い世の中である。
「まじかぁ……」
榛色の瞳を瞬かせ、あちこちに跳ねた栗色の髪を掻きむしる。
イオン・プレリュード十八歳。
先程、国の勇者候補クビになりました。
「……」
なんでも、異世界から屈強な候補者が召喚されたらしい。元しょーぼーかん? とか、人助けに長けた知識と体力、臨機応変力を持った凄いさわやかな好青年なんだとか。
その姿に国の姫様はぞっこん、国民もこれは凄い勇者候補が現れたと、やんややんやと、まだ魔王やらなんやらと戦ってないのにお祝いムードだ。
「やばいなぁ、田舎のばあちゃんやじいちゃんたち……腰を抜かしながらも喜んでくれたのになぁ」
「ゆ、ゆうしゃじゃ、村から、ゆうしゃがぁぁ」
「ごほごほげふぅあっ」
「おいっ、だれだ何言ってるか分からんぞっ!」
「ひょおぉぉひぃ、ゆうひゃいれひゃばがぁ」
「きたなっ! じいさん入れ歯飛ばしてこないでおくれ!」
「ゆうしゃあにばんざぁぁいぃ」
「ごふごほごほおぁぁあ!」
「たから誰じゃ、言ってる言葉が分からんと言っとるだろうが!」
「ひょぉあいれひゃがぁぁ」
「また入れ歯がとんできたぞ、汚ねぇだろじいさんや、あっ?」
など、発狂してわけわからない言葉やら入れ歯が飛び交うくらい喜んでくれたのである。
たぶん。
入れ歯二回目あたりで、イオンの家隣に住むリンばあさんが半ギレどころじゃなかったが。
村には若い人が少なく、年寄りばかり。
これと言った見せ物もなく、人が離れ過疎化進む寂れたところに、え? そんな決め方でいいんですか? と本気かよと疑いたくなる選抜の仕方をした国のダーツで村に当たればキミも今日から勇者だ! で、勇者候補誕生なのだから、その奇跡に村の喜びは半端なかった。
イオンの母親は心配そうに見送ったが、村の人々は村の自慢・誉だと嬉しそうに、それはもう嬉しそうに送り出してくれた。
また入れ歯が飛んで、リンばあさんが「しにてぇらしいなぁ」と物凄い形相でヒヒじいさんを追っかけていったが。その手に斧が握られていて、何コレ、殺人事件起こる前じゃん! こわっとイオンが笑顔の裏、震え上がっていたのは内緒である(ちょっとちびりかけた)。
ちなみに村の人々はいつまでも夫婦仲良いのう、おあついことじゃ、フォフォフォって言ってるくらい平和ボケもいいとこである。
リンばあさん、あれ、マジでやる気の目だったとイオンは思っている。
まあ、そんなこんなな見送りをされ、勇者候補になり。
村を出てまだ一ヶ月足らず。
「クビだもんなぁ」
とは言っても、他にも何人か候補はいたが、みなクビになり肩を落とし帰っていった。
たしかに、召喚された青年に比べ、イオンには特に秀でたものはなかった。しいていうなら、料理だろうか。
特にお菓子作りが得意だ。ほのかに甘く素朴なクッキーやふわふわなマフィン。村の年寄りでも食べやすい食感にしたやさしいやさしいお菓子は、村では大好評だった。
何か秀でてるものを披露せよと言われ、なんとか披露したお菓子はしかし、姫にはお気に召さなかったらしい。
「まあ、なんて地味なのかしら。貴方、これはお菓子なの? 全然味もないじゃない」
そう言って、姫はこれ見よがしに侍女が持ってきたカラフルで甘そうなお菓子を食べて笑ったのだ。後ろに控えた侍女はなんともいえない顔で姫を見ていたが。
砂糖は村ではとても貴重な食料である。
はじめて作って振舞った時、貴重な甘みはみんなに喜びの時間をもたらしたらしく、また作ってほしいと村人たちが僅かな砂糖を集めては、イオンに頼みにきてくれた。
だからイオンは、少しの砂糖でも美味しいと言ってもらえるお菓子を作っては、村の人々に振舞ってきた。
そんな想いがこもったお菓子だった。
「もういいわ、貴方はさがって」
最初見た時は、金髪碧眼のきれいなお姫様だと思った。
けど、あの瞬間にそれは見てくれなだけだなとぼんやりイオンは思ったのである。そしてこんな姫のために、姫のいる国のために戦うなんていやだなと思ってしまった。
村の人たちもいる国だけれど、感情とはままならないものである。
「はあ、どうするかなぁ」
村には勇者候補クビになったこと、もう知れ渡っているだろう。それがまた、足取りを重くさせる。
「あー、そこの冴えない勇者候補さーん」
「……」
「あ、元だった、おーい」
「…………」
「おいおいおい、無視は印象悪いですぜだんなー」
すみません、そちらに振り向きたくないんです。ちらちら視覚に入ってくる目に毒な色合いがヤンキー座りが、怖いんです!
「おいこら、むけや」
「はいはいはい! 向きます、向きますから!」
ソッコーである。
だって、元勇者候補でも、ただの村人で強いわけでもなければ勇敢なわけでもない。
ちらりと意を決して見れば、くちゃくちゃとなにかを口の中で噛みながら、目にハートのフレームメガネ。爆発したようなどぎついピンクの長髪。そして極めつけがヤンキー座りの少女がいた。
背中に黒い羽を生やして。
少女は、メガネをずらしニヤリと笑うと
「ちょっと、恋愛天使にジョブチェンジしやせん?」
なんて言いながら、翼を羽ばたかせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます